鑪ら場

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鑪ら場

名古屋の吹上に〈鑪ら場〉というライブハウスがある。2014年に鈴木実貴子ズがバンド活動と並行しながらスタートしたこの場所は「誰もが居心地のいいと思える空間を提供する」ことをモットーにしている。そのため、お客さんがくつろいでライブを観られるよう椅子やメゾネットスペースが完備され、フードも充実しているだけでなく、棚には漫画が並んでいる。

 

毎日、お客でにぎわっている〈鑪ら場〉であるが、この5年間は常に悩み続けていたと鈴木実貴子ズの2人は語る。話し合いは時にけんかにまで発展。それでもひとつずつ模索をしながら〈鑪ら場〉を今の形へと作り上げてきた。その結果、今ではお客さんやミュージシャンから愛され、信頼される場所になった。今のお店について「店は私の所有物でなく、みんなのものであって欲しい。だから店の顔が私であってはいけない」と鈴木実貴子は語る。このSPOT記事はライブハウスを支えてきた鈴木実貴子ズというバンドの話であり、〈鑪ら場〉が自分たちの場所からみんなの居場所へ変わるに至った、5年間の軌跡をまとめたものである。

住所

〒464-0858
名古屋市千種区千種3丁目29-8ライフステージ吹上B1階
名古屋市市営地下鉄桜通線 吹上駅より徒歩5分

お問合せ

お問合せホーム

080-3919-5789(鈴木)

※ライブ営業中は電話に出られない場合がございます。

僕たちは誰とでも一緒になにかをできるようなタイプじゃない

──

2014年に〈鑪ら場〉を作られたわけですが、なぜライブスペースを作られたのか改めてお伺いしてもよろしいでしょうか?

イサミ(以下、ズ)

鈴木実貴子ズで日本各地のライブハウスへツアーへ行く中で、良いなと思うライブハウスが沢山あったんです。京都のLive House nanoや、大阪の扇町para-diceなど、小ぢんまりとしていて癖はあるけど、自分たちが馴染める、ホームと呼べる場所がありました。でも自分たちが住む名古屋には、そういう場所がなくて。だから自分たちでこの場所を作りました。

──

場所を選ぶときに、今池ではなくあえて吹上を選んだ理由はありますか。

鈴木実貴子(以下、鈴木)

うちは最初、大須観音でやりたかったんです。商店街からは少し離れていて、人通りの多い場所を最初は狙っていましたが、ちょうどいい物件がなくて。ただ「吹上にちょうどいい物件がある」と聞いて、下見に来たのがここです。ライブハウスのスペースとしてはギリギリいけるサイズと判断して、ここに決めました。

鈴木実貴子
──

なぜ当初は大須観音でやりたかったのですか?

鈴木

それは大須が好きだったからです。よく遊んでいましたし、うちの中では「ちょっと洒落ている、憧れの街」だったので(笑)。人通りも多いから「大須なら、上手くいく」という漠然とした思い描いていた部分もありました。

──

吹上という場所で良かったポイントはありますか。

鈴木

自転車でどこでも行けることくらいかな(笑)。今池とか、栄とか。

あとは周りにライブハウスがないので「サーキットイベントをやろう」みたいな話が来ないのは、逆に助かったなと。どうしてもお付き合いの中で、合わせてやらないといけないことって出てくると思うんです。僕たちは誰とでも一緒になにかをできるタイプの人間ではないので……(笑)。それに5年間ここで続けられたということは、この場所が性に合っていたんでしょうね。

「ライブは安ければいい」というものではないというのが5年間でよくわかった

──

お店を始めた当初、チケット代金は1000円でしたが、今は値段が変わっています。随分と悩まれて決断されたんじゃないですか?

すごく悩みました。お店をスタートさせた時に「1000円なら、お客さんも来やすくなる」と考えていたんです。鈴木実貴子ズはアンダーグラウンドなバンドシーンにいます。自分たちのようなシーンの人がライブをするときに、「チケットとドリンク代を合わせて3000円」という値段を設定するのは、お客さんにとってハードルが高いように感じていて。だけど、このお店で演奏するバンドマンたちも生活がかかっているし、バックは少しでも多く渡したかった。チケット代が1000円だと、そこまで沢山のバック渡せることができなかったんです。

 

それで悩んだ末に「使い分けをしないといけない」と考えて、今に至ります。そもそも僕らが勝手に「料金が安い方が、お客さんはライブハウスに来やすい」と決めつけるのはおかしな話であって。チケットの値段は「観客やバンドが何を求めているのか」で変わるし、それをお店が上手くコントロールしないといけないというのはこの5年で学びました。

イサミ(ズ)
鈴木

私も「値段を下げることで、ライブへの敷居を下げ過ぎるのも良くない」と感じていて。チケット代が1000円の時に「俺はライブができればいいから」と言って、お客さんが0人でもいいという演者さんがいたんです。ちゃんとやる気があってクオリティもあればいいんだけど、そうではないこともあって……、「音楽を侮辱されている」と感じてしまい、本当に腹立たしくて心がモタなかったです。チケットの値段を上げることで、演者さんも覚悟のある方が増えたように思っています。

もし1000円でやりたいならホールレンタル※という手もありますけどね。

※平日(月〜木): 15,000円 / 金: 20,000円 / 土・日・祝: 25,000円

──

ノルマなしで、このレンタル料は安いですね。ただ〈鑪ら場〉のオリジナル企画である『無条件フェスタ!』というイベントはチケット代を1000円でやっていますね。

『無条件フェスタ!』はエントリー方式で、参加費の代わりに3000円(1000円×3人分のチケット)のノルマ制にしています。少額でもノルマがあるだけで、先程鈴木さんが言ったようなことは起きにくくなる。

 

またこのイベントはどんな人でも来てくれてもいいと思っているんです。例えばお客さんが0人でもいい、クオリティが低くても、もちろんいい。そういう条件をみんなが共有したイベントを月に1回ぐらいやらないと、ライブハウスで演奏したいのにできない人とか、新しいことを試して何かを生み出せる人を遠ざけてしまう。敷居をただ上げるだけじゃなくて、その幅をどう作るのか、使いわけが大切だと思っています。

鈴木

今とてもいい感じで、毎回4~5組の演者さんが来て、お客さんも集まってます。

──

そこも敷居を上げるのではなく、幅を広げるのはいい発想ですね。

それでも参加される方には「お客さんの前でライブをする」という意識だけは持って欲しいんですよ。。正直、参加費3000円だけでも良かったんですが「ノルマを払えば、何してもいい」とは思っていなくて。もし4,5組の演者が全員で3,4人ずつお客さんを呼べば、このライブスペースはいい感じに埋まります。それができなかったら0人の中で全員がライブをすることになる。そういう意識を演者には持って欲しい。それにノルマの3人を呼べばお金を払わなくて済むし、5人呼べばお金がちょっと戻ってきます。「ライブハウスでライブをする意義」みたいなものを『無条件フェスタ!』では体験できるようにしたかったんです。

私はアンダーグラウンド。〈鑪ら場〉はメジャーなんです

──

そのほか、5年間で変わったことはありますか?

増税にともない、ドリンク代が100円上がりました。それと実貴子さんが模様替えが好きで、内装も昔とは変わっています。

鈴木

あとPA卓を変えたり、音響機材も買い替えました。最近、ズさんと「他所のライブハウス行って、ちょっとでも気になる点が自分の店にもあれば、すぐ変えよう」と相談していて。例えば他のライブハウスに行くと、ドリンクサーバーがすごく汚れていたりするんです。それでお客さんにドリンクを作るのは「おもてなしの心がなさすぎる」と思います。

「ライブハウスは汚くてそれがカッコいい」というのもわかります。でも、ライブハウスに対して「水回りは綺麗であって欲しい」とか、「ドリンクがこの量で600円って何なの?」と感じるお客さんもいますよね。別にお客さんの声が絶対だとは思わないですが、改善ができそうな意見は取り入れたい。

鈴木

自分がお客さんの立場だとして、喜べる環境を〈鑪ら場〉では作りたいんです。私は初めてライブハウスに来た人がちゃんとくつろげる環境を作りたいし、ライブハウスに慣れていない人を引き込みたい。

 

世間的にはまだ「ライブハウスは怖い」というイメージが強いと感じます。。自分も初めて行った時はすごく怖かったですし、親も心配して「怖いところに、入っちゃダメ」みたいなことを言ってました。ただ、当時は反抗期だったので「じゃあ、逆に行ってやるわ!」という気持ちで行きましたけど(笑)。でもそういう「ライブハウスは怖い」というイメージをみんんが持ち続けるのは嫌なので、「そうじゃない場所もあるよ」というのを〈鑪ら場〉では証明したいんです。

今では「このお店だから来る」というお客さんもいますし、「このお店でライブがしたい」というバンドマンもいるのはとても嬉しいことですよね。

──

すごいですね。5年かけそこまでの信頼を得られるとは。

鈴木

私たちがというより、この場所に来てくれる人たちがすごいんです。もはや〈鑪ら場〉は自分でのホームではなく、みんなが愛してくれているお店だと思います。それに正直、お客さんには私たちがバンドやっていることはバレたくなくて。

──

それはなぜですか?

鈴木

よくお客さんから「店とバンドをもっと絡めたほうがいい」と言われますが、店は私の所有物でなく、〈鑪ら場〉に来てくれるみんなのものであって欲しいんです。だから店の顔が私であってはいけない。鈴木実貴子ズの鈴木実貴子であってはいけないと思っています。私はアンダーグラウンドの住人で、〈鑪ら場〉は誰にでもオープンなメジャーな場所であって欲しいから。

──

楽曲は自分から生まれてくる感情を伝えるのを武器にしているが〈鑪ら場〉はいろんな人が参加できて、それがメジャーな香りがしてもいいと?

鈴木

そうです。そして今そうなっているのを端から見て、すごく素敵だと思っています。

これが「鈴木実貴子が好きな人だけが集まる店」だったら、多分5年は続いていないよね(笑)。

──

飛躍した話になるかもしれませんが、自分の店であってはいけないのなら、他の人にお店を譲り、自分たちがオーナーになろうとは考えませんでしたか。

それは「10年とか経って、可能ならやりたい」という気持ちはあります。しかし〈鑪ら場〉は「鈴木実貴子ズと言う音楽は関連していない店」ではありますが、「鈴木実貴子と言う人間は関連している店」であって欲しいと思うんです。

──

それは鈴木さんの楽曲では表現できない「自分の明るい部分」を〈鑪ら場〉という場所では表現したい、ということですか?

そうですね。バンドの曲は鈴木実貴子の一部であって、全てではないので。〈鑪ら場〉は実貴子さんの人間性そのものが反映している店であって欲しい。

「いつでも辞めてやる!」という気持ちでやっていました

──

敷居を下げる部分と新しい人が飛び込める部分がしっかりさせたのは、オープンをした5年前から考えていたことでしょうか。

鈴木

全くなかったです。少しずつ、歩むごとに2人で話をしました。他にスタッフもいなかったので、ズさんとお互い意見をぶつけ合って、なんとか2人の結論を出して前に進んできました。正直、バンドよりも〈鑪ら場〉を経営する方がシビアでしたね。

この5年間はすごく辛かったですね。思い出すと、俺、泣きそうだもん。

鈴木

けんかした直後のリハとか、ずっとピリピリしていたよね(笑)。

みんなは「上手くいってるね」「順調だね」とか言ってはくれましたけど、本当に紙一重でしたし「いつでも辞めてやる!」という気持ちで、この5年間はやっていましたね。

──

〈鑪ら場〉を経営していくうえで、特に大変だったことはなんですか?

鈴木

意見をすり合わせるのが一番大変でした。〈鑪ら場〉を良くしていく方向性が、2人とも少し違っていたりするから。

──

5年やってきて、今はまとまった感じでしょうか。

すごく、まとまりましたね。今はスタッフも手伝ってくれるので、精神的にも楽ですし、第三者がいることのありがたみを感じています。

──

鈴木実貴子ズは昨年、RISING SUN ROCK FESTIVALの新人発掘オーディションであるRISING☆STARに選ばれました。これから更に忙しくなると思いますが、お2人は今後も〈鑪ら場〉をやり続けようと考えていますか。

鈴木

もちろん。金銭的な意味で「出来ない、無理」となるまでは、絶対やり続けます。

僕はまだ何の計画もありませんが「〈鑪ら場〉以外のライブスペースを作りたい」と思っていて。全然資金もないんですが〈鑪ら場〉を5年やり、見えてきた部分もあるし、物理的に足りないものも分かってきました。だから今度はそれを補えるような場所を作りたいと考えています。

鈴木

でも、うちは「それは違う」と思っていて。今の問題がこれ(笑)。

そうだね。また揉めるのが目に見える(笑)。

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EDITOR/PHOTOGRAPHER

堤 大樹
堤 大樹

26歳で自我が芽生え、なんだかんだで8歳になった。「関西にこんなメディアがあればいいのに」でANTENNAをスタート。2021年からはPORTLA/OUT OF SIGHT!!!の編集長を務める。最近ようやく自分が興味を持てる幅を自覚した。自身のバンドAmia CalvaではGt/Voを担当。

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