京都という地域は、全体的に深煎りの珈琲が好まれる傾向にある。
そもそも、珈琲を浅煎りでもごく普通に愛飲されるようになったのはここ数年のこと。俗にいう『サードウェーブ』『スペシャルティコーヒー』(※注)が普及してからだ。昔の珈琲の生豆は品質が非常に悪く、火の入りが中途半端なものは雑味が強く出るため、とても飲めたものではなかった。つまり当時珈琲豆というのは、焙煎を深めることで雑味を消し、それと同時にそのロースト感を味わうものであった、といっても過言ではない。焙煎が深まる途中の段階の豆で果実感や酸味を楽しめるというのは、それだけ珈琲豆の品質自体が上がったのだ、と私は解釈している。
※注『サードウェーブ』『スペシャルティコーヒー』
米国での珈琲ムーブメントを示す言葉。
1970年頃、大量生産・大量消費の時代に珈琲が一般家庭に普及したのが『ファーストウェーブ』。1990年頃、大量生産・大量消費の影響で薄く不味かった珈琲の味を見直し、スターバックスをはじめ、深煎りで強い味を打ち出したのが『セカンドウェーブ』。そして2000年代に入り、舌が肥えてきた消費者に向けて、珈琲豆の生産地への配慮や価値、抽出までの過程などが注目されるようになり、厳格に品評された高品質の豆『スペシャルティコーヒー』をもとに、多種多様なニーズに合わせて提供されるようになったのが『サードウェーブ』。
京都珈琲案内 第1回でも述べた通り、京都は古くから喫茶店がかなり多く、またそのような喫茶店ではコクが濃い目に抽出されるネルドリップが主流だった。その結果として、以前から飲まれていた深煎り傾向でコクの強い珈琲が今でも全体的に好まれているようである。最近七条河原町にオープンし、カプチーノとカレーが抜群に美味しい『HIBI COFFEE』というお店があるのだが、店主に話を伺うと、自家焙煎しているオリジナルブレンドについて、京都のお客さんの味覚に合わせて、焙煎度を当初からだんだん深く変えていっているとのことだった。
私もドリップコーヒーに関して言えば深煎り党の一人であるが、中でも特にこだわりたいのはその豆が『手回し焙煎機』で焙煎されたものである、ということだ。
手回し焙煎機は、「金属でできている『福引のガラガラ』のようなもので、中に珈琲豆が入っている」というと想像がつきやすい。底部分をガス火で熱しながら、ハンドルをぐるぐる回し続け、全体をまんべんなく焼き上げる、という非常にシンプルな構造である。自動で何十kgも焼ける大型焙煎機とは違い、人力でやるものなので、通常は1回500g、大きなサイズのものでも1kg程度しか焙煎できない。また、中がよく見えなくて全体の焼き具合の進捗状況が分からないため、基本的には深く焼き切る豆しか焼けない。加えて、焙煎機の排気口が非常に小さく、焼いた煙が焙煎機の中にこもり、結果として豆がスモーキーな仕上がりとなる。スペシャルティコーヒーは味・香りなどの味わい的判断がかなり細分化されているが、それは焼いている時に充分に煙が排気され、煙の匂いなどが豆にまとわりつかないことが条件だ。手回し焙煎機で焼いた豆は、味を細分化して楽しむのは少し難しい。
ただし、手回し焙煎機で焼いた珈琲豆だからこそ出る独特の香ばしさ、甘さ、コクの素晴らしさは筆舌に尽くしがたいものがある。また、生豆の品質自体が上がっているので、単純に深煎り珈琲豆の質も同時に格段と上がっている。京都で手回し焙煎機を使用している自家焙煎珈琲店で、ざっと思い浮かぶあたりだと、『かもがわカフェ』『ナイショCOFFEE』『SWISS coffee&plants』『miepump coffee(現在、店舗は鳥取に移転)』『王田珈琲店(第2回参照)』あたりになるだろう。これらの店で、手回し深煎り豆の素晴らしい世界をぜひ堪能していただきたい。珈琲のコクと甘味が濃厚になっていく順にお店を挙げているので、深煎り珈琲の奥ゆかしさをさっぱりと楽しむか、ゆっくりと濃厚に楽しむのか、気分によって選ぶのもまた面白い。
最近行ったお店で感動したのは、今年4月にオープンしたばかりの『ナイショCOFFEE』だ。小さな小さな手回し焙煎機で黒々と焼いた東ティモールの豆をその場で急冷抽出し、キンキンに冷やした銅製のマグで出されるアイスコーヒーは、手回し深煎り豆独特の目の覚めるようなコクで、うだるような夏には本当に喉を喜ばせる。自転車屋さんの奥にひっそりとある小さなこのお店は、本当に「ナイショ」の場所だ。喉をカラカラにして是非訪れてみてほしい。
また、私は自宅で焙煎をするのだが、使用するのはもちろん手回し焙煎機である。深く焼くとオレンジのようなしっかりとした甘味と仄かな酸味が出るタンザニア、チョコレートのようなコクがでるブラジルを半々にブレンドする。深く深く焼いた豆からは、ベタベタしたオイルのようなものが滲み出てくる。これは珈琲の「旨味」であり、それを逃さないよう、油分を吸うペーパーではなく、ネルドリップでゆっくりと抽出するのが私のやり方だ。
前述の通り、現在は珈琲の味・香りなどの味わい的な判断がかなり細分化された。これはそれだけ珈琲を好きになる要素が増えたということなので、確かに素晴らしいことと言える。しかし細かい部分をあまりに見すぎると、全体が見えなくなってしまうのではないだろうか。手回し深煎り豆は、煙に巻いて細かなところまでは分かりにくい。でも美味しければそれで良いではないか、思わしめてしまう。細かいことは抜きにして、流れ流れる京都の風景をぼんやり眺めながら珈琲を口にする。何事も「ちょっとわからない」くらいラフなのが実は丁度良いのかもしれない。そんな禅問答へ想いを巡らすかのように、手回し焙煎機は今日もぐるぐると回り続けるのである。
今回ご紹介したお店
※2016年公開時の情報です。
HIBI COFFEE
かもがわカフェ
ナイショCOFFEE
京都市中京区三条通大宮西入ル上瓦町50-1 WOOD-INN 1F
11:00 – 21:00
SWISS coffee&plants
miepump coffee
※ウェブショップで珈琲豆の購入が可能