ここ数年、京都で自家焙煎珈琲店が激増している。もはや珈琲を推すカフェは自家焙煎であることが普通になっていると言っても過言ではない。
しかし京都は、自家焙煎珈琲店を開業するには基本的に不向きな場所だ。
業務用の珈琲焙煎機は大きくて高さもあるので、それが収まる大きな建物と広い土地が必要となる。それに珈琲の焙煎は周囲との煙害トラブルがつきものなので、比較的家々の間隔が広く空いている場所で行うものである。ブルーボトルコーヒーの日本進出の起点となったことで一躍有名になった珈琲の聖地、東京の清澄白河を例にとると、元々そこは木材加工と貯蔵が主軸の場所であった。木材運搬用の小川が多く、家々との間隔が広いうえに、高さのある木材倉庫の居抜き物件が大型の珈琲焙煎機の設置にぴったりであったため、木材業が下火になった後は「珈琲の町」に様変わりしたのである。この点で見ると、狭い長屋が密集している京都は自家焙煎に不向きな場所だと言えるし、現に京都の多くの喫茶店は、問屋から卸した珈琲豆を使用していた。
そんな京都でいま、なぜ自家焙煎珈琲店が増えているのだろうか。それは、これらすべての悪条件を解決する救世主が現れたからである。
大阪の今福に『煎りたて ハマ珈琲』という珈琲店がある。豆売り兼カフェとして有名なお店だが、珈琲の器具にも熱心で、それが高じてオリジナルの焙煎機を製作している。そしてそれがどんどん京都に進出してきているのである。ハマ珈琲の焙煎機は1kg焙煎可能で、自家焙煎珈琲店として営業可能な焙煎量を確保しつつも非常にコンパクトな造りとなっている。また、焙煎機は本来数百万円するのに対し、ハマ珈琲の焙煎機は50万円強と、非常にリーズナブルなのも魅力の一つだ。しかもオリジナルの焙煎機ゆえ、煙突の設置方法なども柔軟に相談してもらえるそうで、店主からの評判も非常に高い。
ここで、そんなハマ珈琲の焙煎機を使用している京都の喫茶店をいくつか紹介したいと思う。
ハマ珈琲は珈琲豆を「煎りたて」「新鮮なうち」に消費することをモットーとしている。この教えを忠実に守っているのが『鳥ノ木珈琲』(第1回参照)であり、煎りたての珈琲を楽しみたい方は是非訪れるべきであろう。他にも四条河原町の『MonoArt Coffee Roasters』、七条河原町の『HIBI COFFEE』(第4回参照)は、ドリップコーヒーのほか、カプチーノでもその焙煎の豊かさを楽しむことができる。
深煎りに一番徹しているのが、北大路にある『WIFE&HUSBAND』だ。ブラジルを中心とし、酸味なしでコクを追求したブレンド・daughterは、ブルーチーズの塩気と蜂蜜の自然な甘さが絶妙に織り合ったチーズトーストとの相性も抜群だ。アンティークに囲まれた8畳ほどの小さな空間でゆったりと流れる時間を、私はいつも楽しんでいる。
一番多種多様な種類があり、焼き方も幅広いのが河原町今出川の『NuCup COFFEE』であろう。珈琲豆のコレクターともいえる店主が、多種多様な豆をその時に合う焼き方で提供している。アイスコーヒー用の焙煎はもちろん、カフェオレ用にも豆の焙煎をしているこだわりぶりだ。珈琲は店主の師匠である『喫茶どんぐり』(第1回参照)を継承する中庸なペーパードリップ。豆の違い、焼き方の違いを楽しむには最高な場所だと言えよう。
個人的に最近感動したのが、千本今出川の『ヱントツコーヒー舎』だ。住宅街の真ん中にひっそりと佇む扉をくぐり、そこから更に細いトンネルを抜けると、そこは吹き抜けの小さな木造空間が待っている。屋根裏部屋で自家焙煎する珈琲は、中深煎りのマンデリンを中心に据え、ブラジル、コロンビアを織り交ぜた、コク(マンデリン)と甘味(ブラジル、コロンビア)がしっかりしたブレンドだ。NYチーズケーキもかなり大きくしっかりしていて、珈琲自体のコクの強さは甘味に非常によく合う。不思議の国のアリスのような感覚が味わえるこのお店は、自分だけのとっておきの場所にしておきたい。
京都では「こぢんまりさはあるけれど本格的な自家焙煎」という新しいカフェのカタチが、京都の雅な雰囲気に歓迎されて今や完全定着しつつある。焙煎機も比較的簡単に手に入るようになり、焙煎方法の知識についても、昔に比べたら苦せずに得ることができるようになった。この新しいカタチは今後どれだけ増えて、それらが切磋琢磨して一体どのように進化していくのだろうか。京都の今後のカフェ事情に、私はますます目を離すことができない。
今回ご紹介したお店
WIFE&HUSBAND
NuCup COFFEE
Monoart Coffee Roasters
京都市下京区真町90-8
月・水・木・金:13:00 – 22:00
土:11:00 – 20:00
日・祝:11:00 – 19:00