修美社

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時間とお金がかかるということは、手間と情熱が込められているということ。印刷は単なる「手段」なのでしょうか?紙を選び、インキを選び、発色を確認して、それを何百部も何千部も仕上げていく……。きっとそれは、情報を媒介する紙自体にも価値があるから。 印刷はその行為自体がクリエイティブな目的に十分なりえるのです。

 

今回はユニークな美術印刷を数多く手掛ける修美社にインタビュー。作家と職人の間をとりもつ山下昌毅さんにお話を伺いました。

住所

〒604-8492 京都市中京区西ノ京右馬寮町2-7

公式サイト

商業印刷も、美術印刷も。修美社のこれまで。

――

まずは修美社の歴史を簡単に教えてください。

山下昌毅さん(以下、山下)

1961年に祖父が創業して以来、京都でずっと印刷を続けています。僕が三代目。京都でいえば創業100年を超えるような印刷会社はたくさんありますが、それでも長い方だと思います。

――

印刷の技術も随分と進化したと思うのですが、やっていることは大きく変わりましたか?

山下

祖父の代は活字を拾いながら版組をして、名刺やはがきや年賀状を刷る、といった活版印刷からスタートしました。時代が活版印刷からオフセット印刷[*]に移り変わり、さらにMacが出てきて現場のデジタル化が進み……というように業界の変化とともに修美社もそれに合わせて変わっています。

 

僕自身が入社したのは14年前の2005年、その頃にはある程度の設備や人は揃っていました。

[*]オフセット印刷:商業印刷物の方法では最も一般的なもの。

――

ずっと京都で続けているのですか?

山下

長くこの場所でやっているうちに、お金ではなく人間関係で成り立っているような仕事のやり方がウチには根付いて、今も社風のようなものになっています。複雑な印刷物をやっていたりしますが、町の付き合いも大切にしたい。

 

創業当初は会社ではなかったこともあり、急ぎの仕事が多かったんですよ。みんな「なんとか今日中に!」と持ってくる、しかも日曜日に(笑)。それを「やったるわ!」という体育会系の精神で全部請けて印刷していました。そういう関係の積み重ねで今の修美社があります。

――

最初から今のように凝ったクリエイティブな印刷を手がけていたわけではないのですか?

山下

いわゆる「美術印刷」を始めるようになったのはここ7,8年です。

 

伝票とか、カタログとか、毎日そういった商業的な印刷をこなしながら、傍らで作家さんの作品や手の込んだフライヤーなどの複雑な印刷物もやっています。美術印刷が増えてきた理由は、デザイナーさんに現場に来てもらい、印刷や紙のことを話しはじめたことが口コミで広まってくれたからだと思います。それをきっかけにデザイナーさんの依頼を中心とした美術印刷の仕事が少しづつ入るようになってきました。

 

時には「そんなん本当に出来るのかな!?」と完成が予測できないような発注もあります。それを現場スタッフと一生懸命に作り方を考えて、完成させるとすごく達成感があるんですよね。デザイナーさんや作家さんも喜んでくれますし、その姿をみて僕もまた嬉しくなる。

 

フラットな関係でものづくりをして、協業して達成感を得られる経験が心地良くて、お客さんが本当に求めているモノを納めたいと思うようになりました。デザイナーさんや作家さんの話を丁寧に伺いながら時間をかけてやっています。

「印刷っておもしろい!」を世界へ発信するPrinting Lab

2016年に、「いんさつ実験室」と題して開設された修美社のPrinting Lab 。一歩足を踏み入れると、温もりのある見た目と整理整頓されて身の引き締まる空気感が特徴的です。そんなPrinting Lab で一体何が起こっているのでしょうか?ラボができた経緯から順を追って伺います。

――

なぜPrinting Labを作ろうと思われたのでしょうか?

山下

もっと印刷のことを色んな人に知って欲しいと感じていて、発信するための場所が欲しかったからです。業界内からは苦しくなってきた、というような声も聞こえてきますが、自分は好きだから印刷を続けているんですよ。もっとポジティブな意見を発信していかないと駄目だと思っていて。「あほちゃうか」、「なんでそんなに好きなん?」と呆れられてしまうほどの自分の情熱をもっと伝えるための場所が必要だったんですよ。

 

きっかけは新しい機械の導入でした。それに伴い社屋を新しくしたタイミングでラボをつくりました。最初は、以前の木造鉄筋の古い工場に新しい機械が入らなかったので、京都のもっと南の方の広い工業地帯へ移ろうと考えていたんです。仮契約までしていたのですが、その日の晩になって「やっぱりあかんわ!」と思い立って留まりました。

──

仮契約を蹴ってまで引っ越さなかった理由は何でしょうか?

山下

「ずっとここでやっているのに」、という迷いも心のどこかであったのだとは思います。なにより、工場に人が集まってきて欲しかったんです。業界自体は上向きではないかもしれませんが、ネガティブなことばかりは言いたくなくて、僕は「おもしろいから印刷やってます」と言いたい。自分が面白いと思っていることをみんなに知ってもらいたいんです。でもそれは、京都の南の方に工場を建てたらやりにくくなってしまうなと思って。だから京都の街中にPrinting Labというショールームを作りました。

――

ラボでは具体的にどのようなことをするのでしょうか?

山下

いままでに修美社で手掛けた本や、他社製品でも僕たちが面白いと思った本を展示しています。製本屋さんに本づくりやノートづくりの製法を学んだり、特色印刷を体験したり、紙の製品や印刷にまつわる様々なことを知ってもらえるワークワークショップも不定期で開催していますね。

 

制作物とか紙や色のサンプルも自由に見れるようにしていて、それだけで2時間くらい過ごす人もいらっしゃいます。それだけ珍しがってもらえるのも、今までこうした場所があまりなかったからでしょう。これからも、紙の制作の裏側を知れる場所をもっと増やしていけたらなと思っています。

――

作ってよかったと思うことはありますか?

山下

ここにあるモノを参考にして打ち合わせすることもありますね。やっぱり実際のモノを見てもらったほうが話は早いですから。

――

なるほど、紙の印刷物の打ち合わせは対面の方が効率が良いですよね。

山下

印刷は、デザイナーが頭の中でイメージしている微妙なニュアンスを印刷屋と事前に共有することが大切です。デザイン性の強い印刷物は作家さんとの密なコミュニケーションが不可欠です。

 

素敵な作品を作る方でも、紙やインキについては詳しくないケースもあるので「イメージ通りにはならないです」と説明してあげる必要があります。単に「出来ない!」と付き返すのではなく「実現するためには、この紙とこの色で印刷すれば、こういった仕上がりになります」という提案をするのが僕たちの仕事です。

――

要望通りにはならないことがあるということですか?

山下

たとえば、紙とインキの組み合わせ。デジタルでは表現できても、実際の紙とインキだと「上手く色がのらない」ことがあります。それぞれの色が互いに影響しあってしまうので。例えば白のインキは透明度が高いので、紙の色に影響されてしまいます。

 

思ったような白を出すために、3回とか4回刷ることもありますよ。

――

3回刷る?

山下

同じ個所に、同じ色を乗せるために、3回印刷機を通すということです。通して、紙を積んで、また通して……

――

そんなに大変なんですね。これは言われないと分からないです。普通の感覚だと「簡単にできるのかな」と思っていました。

山下

そうしないと出ない色があるんですよ。

 

専門の方でないと一瞬で印刷の工程を見極めるのは難しいでしょうね。ただ、僕らでも「これどうやって刷ったんだろう?!」と目を丸くするような印刷物に出会うことはしょっちゅうです。僕も同業者にそう言わせるような印刷物を作りたいですね。

――

なるほど。でもそのためには手間もかかってしまうのではないでしょうか。

山下

そうですね。まあ、でも作品のためなら仕方ないですよね。デザイナーさんも僕も、好きでやっているので。手間やお金が掛かってでもそれを作りたい。

 

たとえば “特色印刷” は、手間のかかる方法の代表ですね。金や銀、蛍光色や、白などの “特色” と呼ばれる色はCMYKの4色の組み合わせでは表現することができないんですよ。それでも「どうしてもこの色にしたい!」という要望に合わせて特色に対応するためのシステムを導入していたり。

 

色を混ぜること自体は昔からある技法ですが、うちでは「この色はこの色とこの色を何グラムずつ混ぜる」といったデータを電子的に保存できるようにしています。

――

デジタルで色を作って手作業で色を再現する?

山下

そうはいっても、すごいアナログですよ。秤があって、インキのカンカンがあって、画面に指定されたグラム数を加えていって……。

――

コミュニケーションを重ねて、さらにそこから複雑な工程を経て印刷するのはかなり手間がかかるのでは?

山下

でもみんな、手間のかかるような面白いものづくりをしたいんじゃないかな?(笑)

 

「時間のかかる印刷の仕事は受けない!」という会社もたくさんありますが、「やりましょう!」と前のめりで受けるのがウチです。デザイナーさんが居なければ僕たちは商売できないけれど反対に印刷屋がいなければ作品を作ることも出来ない同じ目的を持ったパートナー同士が一緒に作品を作り上げるイメージですね。

――

「一緒に」ということは修美社さんから提案することもあるのでしょうか?

山下

印刷の工程を決めていくのを、印刷設計というのですが、その際に「その紙でやるなら、こっちの紙で印刷するのはどう?」という提案をするようなこともあります。

 

あまり詳しくない人にも丁寧に接し続けることで、紙モノを作ってくれる人が今後もっと増えてくれることを期待しています。そうやって裾野が広がっていけば、新しいパートナーも増えていく。これを続けていけば紙や印刷の未来も明るくなっていくのかなと。印刷の仕組みとかももっと知ってもらいたいし、ワークショップなどもやって誰にでも気軽に制作しやすくなるようにハードルを下げようと努力しています。

 

もし将来的に印刷屋さんが不要になるほど技術が発達しても、こうしたコミュニケーションは価値になって武器になっていくのかなと信じています。

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EDITOR

堤 大樹
堤 大樹

26歳で自我が芽生え、なんだかんだで8歳になった。「関西にこんなメディアがあればいいのに」でANTENNAをスタート。2021年からはPORTLA/OUT OF SIGHT!!!の編集長を務める。最近ようやく自分が興味を持てる幅を自覚した。自身のバンドAmia CalvaではGt/Voを担当。

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岡安 いつ美
岡安 いつ美

昭和最後の大晦日生まれのAB型。大学卒業後に茨城から上洛、京都在住。フォトグラファーをメインに、ライター、編集等アンテナではいろんなことをしています。いつかオースティンに住みたい。

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