連載「亀岡探訪誌」によせて

連載「亀岡探訪誌」によせて

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多くの人々が手触りある生を求めている。情報の渦に飲み込まれ、漂流する根無草なぼくたちは、確からしさと圧倒的リアリティに触れたい。「ローカル」の盛り上がりは、きっとその願いの反映だ。

 

ローカルに暮らすとは、土地の歴史や自然との関係性に生きる、風土の実感を取り戻すことではないか。本連載「亀岡探訪誌」はその手がかりを得るため、京都に作られている新たな村とその村を取り巻く亀岡・並河エリアを、多様な視点で紐解いていく、ローカル探訪誌である。


筆者は、京都の嵯峨嵐山に住んでいる。実はこの地は、かの有名な渡月橋を中心とする観光地から外れ、すこし北に行くとすぐに田園風景が広がるのだ。畑をやりたいと思い、西陣から引っ越して1年ほど。毎度、自転車で四条まで出るのはいまだに大変だが、帰ってくる度に、山に迎えられる気がして不思議と落ち着く。

 

とはいえ、自分の暮らしがどこか宙ぶらりんな感覚もある。これは筆者だけの話に閉じず、今の時代、とりわけ都市生活者に共有しうる感覚ではないだろうか。都市に立ち並ぶビル群の合間を行き交い、コンビニでおにぎりを買い、ユニクロで服をみて、NetflixにTiktokなどの情報に飲み込まれ、1日は過ぎゆく。それは僕自身、嵯峨嵐山に居を移しても変わらなかった。

 

「地に足をつける」とは、現実から浮遊した人を諌めるだけの言葉ではなく、手触りのある生を生き切るために必要な感覚なのだ。昨今盛り上がりを見せる「ローカル」への回帰は、このリアリティを求める人々の願いの結露なのかもしれない。

生きものである人間の棲家を目指す、村づくりプロジェクトA HAMLETとの出逢い

「村、興味ある?」

 

ある日、本メディアの編集者である堤さんに、銭湯に入りながら雑談している中で突如そう聞かれた。村?と思いつつもピンとくるものがあった。そこで、伺ったのがA HAMLETという亀岡・並河地域で進行中の村づくりプロジェクトだ。嵐山からJR山陰本線に乗り、4駅先にある並河駅から歩いて10分弱、大井町にある山本住宅に並ぶ30棟のうち、13棟を3年かけて3棟ずつリノベーションする構想だという。

 

それは単なるリノベーションではない。目指すは、生きものである人間の棲家として「新しい村・集落をつくること」だそうだ。今、現場では建築家、アーティスト、地元住民、クリエイターが混淆して、新たな場と関係が日々刻々と生み出されている。

「村」なんてローカルの極みのような単語だし、人間の棲家とは大層な響きだ。しかしA HAMLETについて聞けば聞くほど、ここに、上滑りする浮遊感に対峙する希望がありそうだと感じた。プロジェクトの施主でもある山本家は、代々、瓦屋を営んでおり、集合住宅の屋根瓦は職人がそのエリアの土を掘り、火で焼きつくられてきた。A HAMLETの舞台である大井町は太古の昔、湖だった。ゆえにこの辺りの土はとても粘土質で、それが瓦業を可能にしたという。

 

このように、村に歴史には湖・土・瓦、自然の名残や職人の手触りを見て取れる。哲学者の内山節が言うには、「村」的な共同体における構成員は生きている人間だけではない。土や昆虫といった自然・生きものも、田畑を耕し水を引いてくれた祖先=死者も、構成員と見なされていた*1。暮らしの文化は、先人たちが生身の体で自然や歴史と向き合い、知恵を絞り、手をかけ、つくってきたのだ。

※1 荒廃した世界と向き合う 内山 節(哲学者)
https://www.jacom.or.jp/nousei/tokusyu/2020/12/201201-48047.php

村を取り巻くローカル風土探訪誌。風土とつながり、暮らしの手触りを

さて、本連載「亀岡探訪誌」では、村・A HAMLETを取り巻く亀岡・並河地域の営みを、生者・祖先・自然の関わりあいから紐解き、村づくりにおける文脈を見出していく。

 

たとえば、愛宕山に根付く火の信仰、角倉了以が開拓した保津川と水運、太古の湖と土が可能にしたなりわいや芸術表現を取り上げる。

人間の帰属先というのは、狭い意味での組織ではなくて、自分が包まれている世界みたいなものです。そこには自然も入ってるし、先祖も含めて人間たちが積み上げてきたものがみんな入っている。神仏を感じ取ってきた世界でもある。そしてそれこそが風土だった。だから風土を取り戻すことが必要なのです。*2

*2 内山節, 宮城泰年, 田中利典「修験道という生き方」 p.165

風土とは、自然や先祖、神仏といった存在がごちゃ混ぜになり、私たちを包み込んでいる世界だ。「風土を取り戻す」とは、土地の歴史・過去からの風習・自然環境……そのつながりに生き直し、暮らしをつくる手触りを取り戻すこと。それこそが宙ぶらりんな現代に必要な実感であり、ローカルで暮らす本質ではないか。

 

この実感は決して“地方”だけの話ではない。都市には都市の風土があり、暮らしのつくり方がある。都市でもローカルな暮らしは本来できるはず。一方、冒頭のようにその手触り感は希薄化し、日々の中では実感しづらい。だからこそ、A HAMLET、ひいては亀岡・並河を舞台に、色濃く感じ、丁寧に知っていく。このエリアは、自然環境と都市のあいだという意味ではいわゆる里山だが、どちらかといえば都市寄りだ。それでいて、京都市内よりも自然や祖先たちのリズムを感じやすい。筆者みたく風土と断絶された都市生活者には、ちょうどいい距離感だ。

 

本連載は地に足をつけ、手触りある生き方の手がかりを求め、ある村と村を取り巻くローカルの文脈を探る地域探訪の記録である。探訪を通じて、各々が暮らしに向き合うきっかけの一助となれば幸いだ。

A HAMLETのプロジェクトサイトはこちらから

https://a-hamlet.com/

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EDITOR

堤 大樹
堤 大樹

26歳で自我が芽生え、なんだかんだで8歳になった。「関西にこんなメディアがあればいいのに」でANTENNAをスタート。2021年からはPORTLA/OUT OF SIGHT!!!の編集長を務める。最近ようやく自分が興味を持てる幅を自覚した。自身のバンドAmia CalvaではGt/Voを担当。

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岡安 いつ美
岡安 いつ美

昭和最後の大晦日生まれのAB型。大学卒業後に茨城から上洛、京都在住。フォトグラファーをメインに、ライター、編集等アンテナではいろんなことをしています。いつかオースティンに住みたい。

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