湖・土・地べたの茶会・瓦職人・植物。時空も種も超え、混じり合いながら現れる村の風景|亀岡探訪誌 #1

湖・土・地べたの茶会・瓦職人・植物。時空も種も超え、混じり合いながら現れる村の風景|亀岡探訪誌 #1

湖・土・地べたの茶会・瓦職人・植物。時空も種も超え、混じり合いながら現れる村の風景|亀岡探訪誌 #1

連載の初回は、京都府の亀岡盆地・並河エリアは大井町にある集落・A HAMLETの歴史や風土性を紐解きたい。A HAMLETとは全体30棟ある集合住宅(山本住宅)にて、3年をかけ2棟ずつ、計13棟をリノベーションすることで、新しい村・集落をつくるプロジェクト。村においては、生者のみならず死者も自然もコミュニティの一員であり、支えてくれるメンバーだった。新しい村に立ち現れつつある風景にも、植物たちや過去の人々の痕跡が刻まれている。


京都市内から、A HAMLETが位置する並河へ行くには、山を越える必要がある。筆者が住む嵐山は京都市の右京区。当然洛外だが、山を越えないギリギリ京都側のライン。だからJR山陰本線に乗り、嵐山から亀岡・並河方面へ向かう際にいくつかトンネルをくぐる。そのとき、スマホを使っていると突然電波が途切れる。このことについて、A HAMLETのプロジェクトを率いる川端寛之は「ここには、物理的な山以上に、価値観の山もあるんちゃうか」と話をしていた。

 

この価値観の山は、都市と対置した田舎的価値観、それは都市>田舎のロジックとも解釈できる。が、本連載のテーマでもある風土感覚を念頭におけば、この不等号はひっくり返り、より濃く自然や土地、歴史とのつながりを体感できる可能性を示唆する。

村に息づく流れを受け継ぎ、50年前にみた人間らしさを

A HAMLETの象徴的な風景が、道の両脇に住居がならぶ通路の端で、地べたに座りながらビールケースを小机がわりに、朝からお茶会をしているおばあちゃんたちだ。ときに猫や犬もとなりに座り、またそこに新しい住人が招かれることもある。この記事を書くために川端に話を聞いた日にも、一人のおばあちゃんが「久しぶりに顔みせてもろたから、あげるわ」とビニル袋に入れて大量のドーナツをくれた。

 

この村には、元よりこうした関係性が息づいている。人も動物も、新も旧も、垣根を越えて混じり合うことがひとつの村の象徴になっている。A HAMLETが始まるきっかけとなったのも、この村の関係を映しだす50年前の一枚の写真だった。

「古き良きとか言うとあれやけど、その写真には人間らしさがすごい残ってて。今、喋ってはったおばちゃんは、この関係を”コミュニティ”なんて思ってない。コワーキングスペースやコミュニティをつくろうってなんか、わざとらしいじゃないですか」

たまたま散歩している最中に山本住宅をみつけた川端は「宝の山や」と直感し、家主の山本家を訪問したという。現プロジェクトで施主をつとめる山本兄弟と話を交わしながら、山本家の家系図や家族アルバムを見せてくれとお願いし、漁るなかで見つけた50年前の写真。そこには当時の住宅の通路で人々が混じり合いながら過ごす関係が映っていた。ここに、これからの生きるヒントがある。しかし、これまで通りのやり方では、住民も減る。「ほっといたら多分人がいなくなり消えるやろうな。何もせんかって、その後にふとこの道を通ったときに村が無くなってたら……ってなるからな、直すのは自然なこと」と、リノベーションを通じた新たな村づくりプロジェクトA HAMLETは始まった。

“コミュニティ”とラベル化される以前の人付き合い。1970年代の写真および2022年の現在にも息づく人間らしさ。それらは間違いなくA HAMLETの背骨となっている。とはいえ、どんな村であるべきか、どんなリノベーションがなされるべきか。それは全くの空白だった。

「この村・集落も流れの中でできている。だから、自分がコンセプトをつくるよりも、全く決めずに、ここに来て自分たちが感じたことを出す。村に入り、まず受け取り、返していく。村を知るって、人を知ることの後にある。そこを踏み倒しながら進む先には何もないやんか」

風土は、人間から独立した自然環境を意味しない。「寒さ」は単に大気の温度を意味するのではなく、心のうちに寒さが生じて初めて、外気にも寒さが見出されてゆく。単なる「手付かずの自然」ではなく、それらへの応答として自然に働きかけ、利用し、紡いできた暮らしや文化、人間関係の全体だ。人と土地が互いに互いをつくりあっている、ということ。

 

それには川端の言うように、土地や集落のもつ”流れ”に耳を傾けねばならない。だからこそ、先ほどのおばあちゃんたちとのお茶会も大事。事前に決められた枠や外からの新しさを押し付けるではなく、そこにある空気、住人の関係性、先人たちが積み上げた歴史、土地と素材とのつながりを一つずつ知り、対話し、感じ、考え、その場に息づく村の”流れ”に応答する。

 

その代表的な例が、土の再利用と屋根瓦のストーリーだ。

太古の地・50年の時・土着のなりわいを、現在に刻み込む

亀岡盆地は太古、丹の湖(にのうみ)とよばれる湖だった。実はまだ、亀岡と嵐山のあいだを流れる保津川の渓谷・保津峡が塞がれば湖にもどってしまう可能性もあるという(参考)。A HAMLETは大井町に位置するが、大井とは湖がなくなり平野になる際にも井戸が枯れなかったことから「大いなる井戸」を意味して名付けられた。

 

その湖の名残は、粘土質な土に刻み込まれている。山本家は、寛永時代から代々なりわいとして瓦屋を営んでいた。この集合住宅にも、数十年前には職人が住み込みながら仕事をしていたそうだ。山本兄弟の父の代で、瓦業自体は廃業したものの、この村は瓦屋があったゆえに生まれてきた村と言える。

はるか昔に湖だったことを想像する。その湖は何かしらによって干からびたが、土に名残が刻まれた。その土は瓦屋というなりわいを生み出した。土地の手仕事はかくも、土地そのものに依存している。

 

そうして、山本家は代々瓦屋を営んできた。曽祖父の代には、A HAMLETの家が立ち並ぶ地面を堀り、その土で瓦を焼き上げ、住宅の天井瓦として活用したそうだ。実際に、集落の前を走る道路は小高い位置にあることから、それだけの土を集落内で掘って瓦の材料としたのではないか、と考えられる。

 

その土で焼いた瓦が、50年以上前に立てられた村の住宅の屋根にしかれ、瓦と天井の接合も土地の粘土で補強されている。今回リノベーションにあたっては、その瓦をすべて一度降ろした。同時に降ろした土は再び濾して、壁や床に塗っていく。土を再利用すること、そしてコンクリートは使わないこと、それが今回のリノベーションの基本方針である。

 

たとえば、9月の半ばには、土間の「三和土(たたき)」の作業を行った。現在、一般的な工法では土間はコンクリート等で打つことが多い。それに対して、三和土とは土や砂利に石灰・にがりなどを混ぜ込む、文字通りの「土の間」だ。日本家屋は縁側が外と内のあいだの空間であるように、土間も屋外の土の延長によって、内と外の境界が滲みゆく。ただ、三和土は重労働で人手もかかる。それゆえに、三和土を行う日には多くの人に声がかけられた。

「みんな、ひいおじいちゃんが成してきたこと、その土が時間を超えて今ここにあることを想像しながら、たたき踏み固めような!」

施工を担う建築集団・乃を率いる野崎将太は、作業説明時に集まっている手伝いに来た人々にそう話していた。その後、十数人が一同にスピーカーから流れる爆音の音楽に合わせて、クラブで踊り狂うかのように土を踏みしめる。これが乃式の三和土。まさか、山本兄弟のひいおじいさんも、ノリノリの音楽にノって、自身が焼いた瓦や掘り出した土が再利用され、新たな住民がつかう家の土間に転生しているとは予想だにしなかっただろう。

Photo by Kazuyuki Okada

野崎はプロジェクトがはじまる初期段階で「何を遺して、何を活かすのか」を徹底的にメンバーや関わる人々と話し合い、向き合った。材料や土地の歴史を常に反映させることを志向するなかで、土は一つの鍵となった。どこか別の場所ではなく、この土地の土が使われている意味。

「解体にしていく中で、瓦だけやなくてこの辺の(住宅の)壁土も粘土質だってわかってきて。ここの人たちは土地の土で家を建ててきたんやな、と想いを馳せたわなあ」

歴史を知りながら、形に落ちる上で必要な、素材との対話を深めていく。その対話の結果、土に埋め込まれた太古の湖の時代からひいおじいちゃんの時代までの、積み重なった時間がふいに顔をだす。この土の物語は、新しく住むであろう未来の住人を介して伝えられていくことで、さらに先へと紡がれていく。村の歴史が堆積する、とはこういうことかもしれない。さらに、土とは多様な生物の死骸から出来上がっていく。1cmの土が積み上がるのに100年かかると考えれば、瓦のために使われた土は何千年・何億年もの悠久の時間と、累々たる生命の歴史も内包している。この多層な時間の上に、瓦をめぐるA HAMLETの物語は、積み重なっていく。

 

なるべく短期間で効率的に作業が必要なリノベーション業界の当たり前では、解体で出た(生命と歴史の堆積たる)土は“ゴミ”とされ、捨てられる。土間にコンクリートやモルタルを使えば、効率的で簡単でもある。一方で、それらの素材は自然に還ることがない。この土地のはじまりでもある瓦屋の物語を遺すのか、分解不可能なコンクリートを遺すのか。何かを手がけることは、良くも悪くも未来に何かしらの手形を刻むのだ。

 

「土」の再利用というA HAMLETのリノベーションを貫く方向性は、造園の視点からも照らされることで、輪郭を帯びていった。

大地をつなげる庭づくりと、村の構成員としての植物たち

A HAMLETには素敵な庭がある。今ではサルスベリ、コナラ、もみじ……といった植物たちが植えられているが、ついこの間までは駐車場になっていた場所だ。しかし50年前には、同じくそこに庭があったという。

 

造園を手がけたHYPER∞RELAXの佐賀裕香は、亀岡の地形図・川の位置や水の流れなどを読みながら、自然界におけるミクロ – マクロの相似形であるフラクタルなルールを用いて、亀岡の地形をA HAMLETの敷地内に再現しよう、と庭を仕立てた。

 

亀岡は、西側の山から東にかけて盆地になり、川も同様に西から東に流れていく。駐車場の向こうには元々山本兄弟のお父さんがつくった小高く盛り上がった植栽のエリアがあった。それを、背後に聳え立つ山々の借景として、手前に新たな庭を亀岡盆地に見立てて設計したという。また、庭の一画には円形状になった焚き火場もある。先述のように大井町の名の通り、地形としても、すり鉢状の地形になっている、そのツボにあたる部分をこの焚き火場に見立てた。

Photo by Kazuyuki Okada

佐賀が大切にしていることは、この地形との連続的なつながりだけではない。映画『杜人』でも話題になった造園技師・矢野智徳に師事して学んだ、水と空気の流れをつなげなおす環境再生手法「大地再生」を庭づくりに活かす。たとえば、最初に地形図でよみとった川の流れに沿って、駐車場だったコンクリートの一部を掘り出し、水の通り道をつくるといったように。それにより、土にも空気と水が巡るようになれば、土も健康になり、植物たちも健やかに育まれる。

「植物もこの村の構成員だしなんか同時に人も自然の構成員やからね。自分ら人間の土地なんやけど、(庭づくりで)手をかけるときに自然へ少しお返しせんと」

植物も、それが育まれる土も、大切なA HAMLETの一員。昔、日本では村の構成員には死者も自然も含まれていたと述べた。まさにこの庭が、一つひとつの家に植わった木々が、住民の育てる園芸植物が、ともに村の風景と空気をつくっている。

 

理念のレベルだけではなく、実際に植物たちは大きな役割を担っている。筆者も大地再生のワークショップに参加したことがあるが、実際に風や水の流れのために手をかけ、植物をケアしていけば、周りの空気も格段に心地良いものになる。野崎がこだわる三和土土間も生きもの感覚のレベルで心地よさを感じさせてくれるのだろう。川端の言う「生きものとしての人間の棲家」は、本来私たちが持つ感覚に素直になれる力を持つ。

人が変われば村も変わる。続くために、変わり続ける

庭はつくられてからが“はじまり”だ。大地を読み解きながら設計し、植物を植えた後、どう育つのかは人にコントロールしきれない。手がけた立場として、佐賀は「やっぱりその場にずっといる人たちが、その人なりに思いを向けて手を添え続けることが大事」だと語った。この庭が育つには、村の住人たちによる手入れ=ケアがいる。手入れとともに、植物たちは想像だにしない方向へそれぞれが伸びていき、または枯れて土に戻っていき、庭は常に様相を変えていくだろう。

 

村も同じく、その様相を変え続けるはずだ。野崎もこう言う。「村はこの半年でも変化した。その時々、誰々と誰々が仲良くなった、悪くなった、とか。変わりながら、継続できる村であることが大切だ」と。

 

決められた青写真はない。村の理想を押し付けるわけではなく、川端もアップデートし続けること、変わり続けることを大切にしている。

 

庭の植物も、粘土質の土も、太古の湖も、瓦屋のなりわいを積み上げた過去の人々も、新しい住人も、去っていった人々も、時空や種も超えた関係の絡まりあいから、新たな村の風景が立ち現れては消えていく。風景がその時々で姿を変えるように、未来に村が残っていくには、住人や関わる人々が、今何を大切にしたいのかを分かち合い、手をかけあいながら、変わり続けねばならない。

 

この村は、亀岡・並河という地域全体に、そして現代社会に、あり方・生き方を問いかけている。

A HAMLETのプロジェクトサイトはこちらから

https://a-hamlet.com/

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EDITOR

堤 大樹
堤 大樹

26歳で自我が芽生え、なんだかんだで8歳になった。「関西にこんなメディアがあればいいのに」でANTENNAをスタート。2021年からはPORTLA/OUT OF SIGHT!!!の編集長を務める。最近ようやく自分が興味を持てる幅を自覚した。自身のバンドAmia CalvaではGt/Voを担当。

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岡安 いつ美
岡安 いつ美

昭和最後の大晦日生まれのAB型。大学卒業後に茨城から上洛、京都在住。フォトグラファーをメインに、ライター、編集等アンテナではいろんなことをしています。いつかオースティンに住みたい。

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