2016年の京都は、新しい珈琲店のオープンが凄まじく多かった。私は珈琲店の訪問記録をブログにしたためているのだが、一時期ただの新店紹介のブログになってしまっていたほどだ。
そして最近のブログの記録を振り返って確認してみると、ひとつ気がついたことがあった。それは2016年に激増した新店についてだが、特にエスプレッソ及びラテアートを主体とするお店の割合がかなり多かったのである。ほんの10年くらい前だと、京都でエスプレッソを主体としていたお店は『小川珈琲』と『WEEKENDERS COFFEE』(第1回参照)くらいなものだったかと記憶しているが、数年前に『%ARABICA』が東山にオープンしたことを皮切りに徐々に増え始め、ここ1年の間だけでも『WANDERERS STAND』(五条西洞院)、『Caffe Epica』(出町柳、2019年9月に閉店)、『OPEN DOOR COFFEE』(京都造形芸術大学前)、『LIGHT UP COFFEE』(出町柳)、『Kurasu』(京都駅前)……など、枚挙にいとまがない。
これには様々な理由があるのだが、まずは1990年代に巻き起こったセカンドウェーブ(第4回参照)時のスターバックスの功績によって、エスプレッソとラテ・カプチーノ(※1)が日本の日常に溶け込んだこと、ここ数年でエスプレッソマシンの使用技術を訓練できる環境や機会(専門学校の設立、ワーホリ留学でのバリスタ研修など)が劇的に良くなり、本格的にエスプレッソマシンを扱える者が激増したこと、近年のサードウェーブ・スペシャルティコーヒーブーム(第4回参照)とエスプレッソ・ラテアートが完全にマッチしたことなどが挙げられる。このあたりの事情については詳細を述べるとかなり長くなってしまうため、次回以降に取り上げることとする。
※1:「ラテ」と「カプチーノ」はともにエスプレッソに泡立てたミルクを加えたものだが、泡の量が少ないのがラテ、多いのがカプチーノ。
エスプレッソを飲む方々は、おそらくそのほとんどがお店で楽しむことだろう。現に自宅で「本当にちゃんとした」エスプレッソを抽出するには、最低でも20万円以上のクラスのマシンを購入しないといけないし、抽出技術も相当なものを求められる。私のように、好きが高じすぎて初任給を全額つぎ込んで自宅にマシンを揃え、抽出技術やラテアートをプロから学びながら練習しているような人間は例外中の例外だ。いくらお洒落な珈琲器具を用いたおうちカフェ(第3回参照)がブームだとしても、こればかりはプロに任せた方がよい。
このコラムに興味を持っていただいた方々の中にはスターバックスなどでエスプレッソ(特にラテ)を日常的にお店で飲んでおられる方も多いかと思うが、エスプレッソは味わいがざっくり2種類に分かれることをご存知だろうか。特に明確な名称はないのだが、説明を分かりやすくするため記号的に「イタリアン系」「スペシャルティ系」としておく。元来エスプレッソはイタリアン系のみだったのだが、サードウェーブの影響により、日本でスペシャルティ系を飲むことができるお店が一気に増えてきた。この2つは性質的にまったくもって正反対で、取り急ぎ簡単な表で比較してみると以下の通りとなる。
イタリアン系 エスプレッソ |
スペシャルティ系 エスプレッソ |
|
豆の種類・焙煎具合 |
アラビカ種にロブスタ種を混ぜることも(※2) 中深煎り~深煎り |
アラビカ種100% 浅煎り~中煎り |
色(ミルクとのコントラスト) | 濃い茶 | 薄い茶、黄土色 |
味わい |
カラメルやビターチョコのような甘みと苦み こってりしている |
花やフルーツのようなフローラルな香りと酸味 さっぱりしている |
好んで使われる豆 | ブラジル、グアテマラなど | エチオピアモカなど |
ルーツ | イタリア |
オーストラリア・メルボルン アメリカ・ポートランド |
京都での流行 |
伝統的 根強い人気 |
革新的 近年特に勢いがある |
※2 「アラビカ種」「ロブスタ種」・・・珈琲豆は大別すると「アラビカ種」と「ロブスタ種」の2種類に分かれる。高品質で香りも良いが病気・害虫・気象変化などに弱いのがアラビカ種、品質や香りはアラビカ種に劣るが栽培が比較的安易で成長も早いのがロブスタ種。一般的にアラビカ種はレギュラーコーヒーに、ロブスタ種はインスタントコーヒーに使用される。イタリアン系エスプレッソには苦味とコクを更に補う要素としてロブスタ種を混ぜることが多い。
典型的なイタリアン系のエスプレッソを京都で飲むことができるお店としては、私は烏丸御池の『IL TOBANCHI(イル トバンキ)』と、荒神口の「Trentanove(トレンタノーヴェ)」をお勧めしたい。これらのお店で提供されるラテを一口いただいた際に感じるあの芳醇な甘味はたまらない。なお、両店ともイタリアンのお店なので、食事として夜に訪れるのもお勧めだ。ちなみにバンドマンに向けて言うと、IL TOBANCHIはstudio SIMPOのすぐ近くにあるので、レコーディングで根詰めている際の休憩にふらっと訪れるのも素晴らしい。
典型的なスペシャルティ系のエスプレッソだと、京都ではOPEN DOOR COFFEEやLIGHT UP COFFEEなどで楽しむことができる。私にとって、浅煎り~中煎りのスペシャルティコーヒーは、ドリップコーヒーにすると酸味を強く感じすぎてしまうので実はあまり好みではない。しかし、エスプレッソやラテにすると酸味が和らいでバランスがちょうど良く感じられ、かつ香味の良い部分が引き立つので、私が俗にいう「スペシャルティコーヒー専門店」と銘打つ珈琲店に行く際は必ずラテかカプチーノを注文している。ちなみに、一度に両方楽しみたい、もしくはどっちを飲もうか迷っているという方は、Caffe Epicaだと2タイプのエスプレッソを両方楽しめるので、お店で尋ねてみるとよいだろう。
なお、長年日本のラテアート界を牽引しておられる小川珈琲の岡田章宏さんが、2016年の秋に独立して四条烏丸に『Okaffe KYOTO』を開店した。京都のエスプレッソとは何ぞやということを常に提示し続けてきたエスプレッソを日常的にいただけることになったので、エスプレッソ好きの方は是非一度訪れていただきたい。Okaffe KYOTOのエスプレッソは、小川珈琲のエスプレッソブレンドのようなイタリアン系に近い深さを楽しみつつも、スペシャルティの中煎りエチオピアモカのもつフローラルな酸味を後味に感じることができて、いわゆる「中間系」のものであると言ってよいと思う。そして、同じく京都のエスプレッソを牽引してきたWEEKEDERS COFFEEは、先般六角富小路に『WEEKENDERS COFFEE TOMINOKOJI』として2号店をオープンさせ、カフェ営業を元田中からそちらへ移転させたので、そちらも合わせて注目いただきたいところである。
過去にこのコラムでも述べた通り、京都は「深煎り」の文化で、かつ茶の湯の文化も馴染み深いので、ビターで濃いものには抵抗がなく、昔ながらのエスプレッソは比較的受け入れやすいものだと思われる。エスプレッソが物理的に安易に飲むようにできるようになった今日この頃、もし仮にエスプレッソがイタリアン系しかなかったならば、京都でエスプレッソは今よりももっと日常の中に溶け込んだものになっていたかもしれない。だが、ここで問題なのは、時代のブームにより、現在の京都のエスプレッソ界を席捲しているのは、エスプレッソとしても珈琲そのものとしても「新しい味わい」である「浅煎り~中煎り」で「軽い味わい」のスペシャルティ系だということだ。これから京都において、「エスプレッソ」とはどのような立ち位置になっていくのであろうか。実は、この行く末については、我々珈琲を楽しむ消費者の手にかかっている。果たしてそれはどういうことなのか、次回はこの点について主に述べてみたいと思う。
今回ご紹介したお店
WANDERERS STAND
京都市下京区八百屋町58 イチハタビル1F
9:00 – 18:00
不定休
Caffe Epica
京都市上京区青龍町206
OPEN DOOR COFFEE
LIGHT UP COFFEE
Kurasu
%ARABICA Kyoto Higashiyama
IL TOBANCHI
京都市中京区小川通三条下る猩々町123
Lunch&Coffee 11:30 – 17:00(L.O.16:30)
Italian&Bar 18:00 – 2:00(L.O.1:00)
火曜日
Trentanove
京都市上京区上生洲町200 1F
火~金:ランチ営業(売り切れ次第終了)12:00 – 24:00
月・土:ランチ営業なし14:00 – 24:00
日曜日