【Brand New Paris ! 】第3回:アコーディオニスト taca

【Brand New Paris ! 】第3回:アコーディオニスト taca

【Brand New Paris ! 】第3回:アコーディオニスト taca

パリの今の文化をお伝えするこの企画、第3回目はアコーディオニストの「taca」さんをご紹介します。

tacaさんは20歳でイタリア、続いてフランスに渡り、それ以降20年間、海外を拠点に活動し続けている日本人アコーディオニスト。この度、40歳を機にパリのエージェントであるMCB Musiqueに登録を決めるとともに、『40 Quarante』というアルバムを発表されました。

『アンテナ』はフランスでの音楽ビジネスの内情、tacaさん自身の活動について取材しました。日本人がヨーロッパで活動するということの面白さ、そしてガリアーノに言われた言葉とは?

パリの音楽ビジネス事情

パリで音楽をする日本人、と聞いてどういう印象を受けるだろうか。大成功を夢見て、一攫千金への道を歩む芸能人。あるいは、堅いパンをその日の糧に生きる流しのミュージシャン。tacaさんはそうしたイメージとはまったく異なっている。相手を緊張させない、やさしい瞳と落ち着いた佇まい。それは彼がとても自然に、そして堅実にパリに根を張っているからかもしれない。

©Reico Ariki

tacaさんが40歳を機に発表した『40 Quarante』は、個人レーベルからの発表だが、仲介やマネジメントを請け負う「エージェント」と呼ばれる組織にも所属している。日本だと音源を自主レーベルから出しながら他の事務所に所属するのは難しいが、フランスの契約体系ではこれが可能。さらに、エージェント経由の仕事はもちろんパーセンテージ契約となるが、個人で請け負う仕事は自分の取り分となるという。

 

tacaさんの場合は、同エージェントに所属のドラマー、ラリー・クロケットと共演した際にマネージャーから声をかけられたことがきっかけだった。歩合は個人のときよりもやはり劣るが、大きな仕事をもらえる可能性が広がるし、知名度を上げることができる点で利益もある。

日本だとJASRACが行っている著作権管理は、フランスにはSACEM(サセム)という19世紀中ごろにできた、世界最古の著作権管理団体を通すことになる。ある一定の条件をクリアして登録(有料)すると、作り手側はその後年間料などを一切払う必要はない。

 

一般に、音源の著作権管理は日本で行うよりもフランスの方がミュージシャンに有利であり、たとえば日本のテレビやラジオで曲が使われる場合よりも、フランスでの方が各段に待遇がよい。tacaさんは今後このような楽曲の著作権管理についてエディターと呼ばれる音楽出版と協力して行っていこうと考えている。さらに、近々自分のサイトを用いて決済、配送やデジタル配信を行えるようにしたいのだという。

フランスで音楽をすること

「帰りたいと思ったことはないですね」。

 

日本には年に数度ほどツアーのために帰国しているが、できるだけヨーロッパで音楽活動を続けていきたいと思っている。それはさまざまな活動を通して得た、たしかな手ごたえがあるからだ。大物ミュージシャンの歌伴奏やバンドのサポートも行ってきたが、何より自分の音楽を創っている時間が楽しい、とtacaさんは言う。各地のジャズフェスティバルや有名なライブハウス(Sunset SunsideやLe Baiser Saléなど)にも出演した。徐々に、幅広い層のお客や音楽教室の生徒もついた。

 

「日本もそうですが、ヨーロッパをまわりながらツアーをすることがとても楽しいです」と、tacaさんは言う。個人で請け負った仕事の場合、相手もあたたかく対応してくれるし、現地の若手が聞きに来てくれてセッションへという場面もあるそうだ。音楽家同士は、セッションでしかわかり合えない部分もある。なかでもギターと演奏するのが一番しっくりくるという。「これからもこんな風に、ヨーロッパを拠点にしつつ、音楽活動の場をもっと広げて行ければ」。

©Reico Ariki

とくに、亡くなった川瀬眞司さんとのバンド(taca-WoodBlast)は素晴らしかった、とtacaさんは目を細める。川瀬さんとは、彼が2000年、2001年にパリに演奏旅行に来られたときに出会った。その頃tacaさんはまだジャズの理論を本格的に学び始めたころだった。「とにかくやさしい人でした」という川瀬さんは、大阪を拠点にマヌーシュジャズを主に幅広く演奏しており、ファンや弟子のようなミュージシャンが全国に沢山いるそうだ。その後も何度か演奏を重ねるたびに彼の人柄と音楽に惹かれていった。亡くなられたのは2017年5月22日。入退院を繰り返しながらのツアーにもかかわらず、千秋楽は記憶に残るような名演だった。彼の生きざまは、「死ぬまで演奏したいという思い」をTacaさんにも抱かせた。だから今回の新譜は、まずは川瀬さんに捧げられたものだ。“Requiem” はもちろんのこと、“Swing Waltz” は闘病中の彼にお見舞いとして作ったものだという。だがもちろん、このアルバムの本質はその音楽性にもある。

新譜『40 Quarante』での挑戦

©Kambe Shun

「今回のアルバムのために20曲以上作りました。8小節のメロディが多いですね。ピアノの前に座って作ります」。tacaさんの作曲は独学だが、ミシェル・ペトルッチアー二(※フランスのジャズピアニスト)のように、基本的にはメロディアスなヨーロッパジャズの系譜に連なっているが、今回のアルバムではファンク、ラテンアメリカやインド音楽といった異なるルーツの音楽を取り入れている。初挑戦である弦楽アレンジも施された。

 

なかでも、日本の童謡である“七つの子”(作詞:野口雨情、作曲:本居長世)は本作のポイントとなっている。日本にルーツを持つ自分が、フランスで音楽をやることについてあらためて問い直す機会にもなった。もちろん音楽は国境を越えるが、ヨーロッパで活動しているとかえって「日本の音楽」とは何かをつきつけられる。作曲の面で意識するようになったきっかけは、彼が尊敬するアコーディオニストである、リシャール・ガリアーノの家に呼ばれたときのことだ。

 

「彼に『ルーツに帰って曲を作ってみなさい』と言われたのを思い出します。それは彼自身が師ピアソラから言われたことだったそうです」。印象的な言葉だった。日本でアコーディオンを弾いているときには、気づけなかったことだった。

 

「彼はこうも言ってくれました。『練習して、練習して、そしてまた練習しなさい』。彼自身が自分に課している言葉だと思います。そして帰り際には自分の演奏したレコードを僕にくれました。今でもその夜のことは忘れられません」。

 

tacaさんの挑戦は続く。

Facebook : taca
HP : tacaホームページ 

レーベル : Clear Water records

エージェント : MCB Musique

(ヘッダー写真:©Kambe Shun)

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