「何これ?」で終わらない、新しい作品の見方を発見する旅。 KYOTOGRAPHIE・Marguerite Paget インタビュー

「何これ?」で終わらない、新しい作品の見方を発見する旅。 KYOTOGRAPHIE・Marguerite Paget インタビュー

「何これ?」で終わらない、新しい作品の見方を発見する旅。 KYOTOGRAPHIE・Marguerite Paget インタビュー

アート作品の中でもとりわけ写真には魅力を感じてこれまで展示会に参加してきた。それは、実在する人物や出来事をテーマにした作品が多く、自分自身に置き換えて被写体を想像することができるからだった。一方、非日常的な作品については、何をどう見ればよいのか正直わからないでいた。思い返してみても、アート作品の見方なんて誰にも教えてもらったことがない。みんなはどのように観ているのだろう。

 

私が「キッズパスポート」の存在を知ったのは今年のこと。子どもたちが『KYOTOGRAPHIE』を楽しみながら写真について学ぶことができるこのツールには、アーティストや作品について深く知るためのヒントとなる解説や質問がわかりやすい言葉で掲載されている。こんな風に作品への入り口を開いてもらえれば、私もひとつひとつの展示作品ともっと向き合えるのだろうか……?

 

そんなことを考えていたら「キッズパスポート」がどのような意図で作られたのかを聞いてみたくなった。このインタビューでは、『KYOTOGRAPHIE』が作品展示と並行して毎年開催している多種多様なキッズ&スクールプログラムの統括を務めるフランス出身のMarguerite Paget (マルグリット・パジェ) 氏に「キッズパスポート」が『KYOTOGRAPHIE』で担う役割についてお話を伺った。インタビューを経て私が新たに学んだ「アート作品の見方」が、これからあなたが新しい作品と出会うための一因となることを期待したい。

キッズパスポートとは

多くの子どもたちに『KYOTOGRAPHIE』をより楽しんでもらうため、展示作品とアーティストを知るための解説や質問、会場で楽しめるアクティビティを掲載。香港出身のデザイナー・Jacky Tong氏がデザインしたマスコットキャラクターのカメラくんが登場するパスポートに見立てたカラフルな小冊子で、各会場にて無料配布されている。キッズパスポートを含む全てのキッズプログラムは、PETIT BATEAU と洛和会音羽病院の協賛のもと運営されている。キッズパスポートPDFダウンロード

作品の解説より大切なのはアーティストの気持ちを体感すること

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キッズパスポートを始めた経緯を教えてください。

マルグリット

ヨーロッパでは、多くの美術館や博物館が子どもたちに向けた教育プログラムを実施しています。『KYOTOGRAPHIE』は写真への理解を深め、その可能性を幅広い年代の参加者へ伝えることを目的のひとつに掲げて活動をしてきた国際的な写真展ですから、子どもたちが作品を通してアーティストを知り、家族や友達と作品について一緒に話し合える機会を提供すべきだと考えたからです。

──

キッズパスポートにはアーティストや作品の解説文と、「考えてみよう!」「探してみよう!」と題した質問が作品毎に掲載されていますが、これらの質問はどのようなテーマのもとに作成されているのでしょうか?

マルグリット

まずアーティストと作品の解説は、子どもでも時間をかけずに理解がしやすいやさしい言葉でまとめるようにしています。子どもを連れて写真展へ行くことを想像してみてください。走り回ったり、作品の内容が理解できないとすぐに飽きてしまって大変ですよね。親が展示作品の解説文を読んでいる間に、子どもも同じようにアーティストや作品のことについて知ることができる。親子で一緒に作品を楽しめるような情報を掲載しています。

──

確かに、作品の解説を読んでから展示を鑑賞すると、アーティストや被写体との距離が近くなり作品に対する興味がわいてきます。

マルグリット

だからキッズパスポートには作品の解説を必ず最初に掲載しているんです。

──

あらためてキッズパスポートを読み返してみると、大人にとっても作品やアーティストについて知るための助けとなる情報がつまっていますね。

マルグリット

キッズパスポートは、年齢問わずアーティストのことを知らない人たちが作品を理解するためのツールであると思います。『KYOTOGRAPHIE』に訪れる人は、アートに関心のある人ばかりではありません。そういった人たちにもアーティストや作品について伝えることはとても重要なことですから、シンプルな言葉で作品の要点を解説する必要があるのです。

──

普段写真展やアート作品を鑑賞する機会が少ない人にとってのツールにもなり得るわけですね。

──

「考えてみよう!」「探してみよう!」についても教えてください。

マルグリット

「考えてみよう!」では、子どもたちが自分自身をアーティストの立場に置き換えて考えることができるような質問を用意しています。アーティストが作品を制作していた時に何を考えていたのかを想像することで、作品のコンセプトをより理解することができると思っているので。

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例えば、片山真理さんの作品『home again』に対する「考えてみよう!」の質問には ”片山さんは、他の子供たちと自分は違うと感じる経験をしました。きみは、そう感じることがあるかな?他の人と違うっていい気持ちの時とそうじゃない時があるよね?それはどんな時?そんな時はどうしてる?” と書かれています。この質問を例に、子どもたちに考えてもらいたいこと、それが作品の見え方にどう影響を与えるのかについて教えていただけますか?

bystander #016, 2016 © Mari Katayama
マルグリット

片山さんは子どもの時に先天性の四肢疾患により両足を切断し、自分の身体と刺繍や手縫いで装飾されたオブジェや人形を使ったセルフポートレート作品を作り続けています。私たちは彼女の作品について詳しく説明しようとは考えていません。この質問の目的は、子ども自身に片山さんの立場に立って「もし自分が他の子と違っていたら何を思うのか。自分ならその思いをどうやって表現するだろうか」について考えてもらうことです。

──

それを考えることで、なぜ彼女が作品を制作しているのか理解することができる。「考えてみよう!」の目的に合致していますね。

マルグリット

はい。何の問いもなく子どもが彼女の作品を見たら「何これ?」で終わってしまうかもしれません。

──

先日、片山さんの展示をひとりで見に行ったのですが、もし自分が子どもを連れていたとしたら、作品をどう説明するのかと考えてみたら難しくて。

マルグリット

大人は片山さんの身体や作品に身構えてしまいがちですが、子どもは気にしませんよ。背の高い人や体が大きな人がいるように、片山さんの作品を特別視したりしません。

──

なるほど。片山さんが子ども時代に感じたり経験したりしたことを想像させてあげることで、よりまっさらなら目線で作品に向き合えるということですね。続いて「探してみよう!」には写真用語や技法についての質問が多く含まれていますよね?

マルグリット

「探してみよう!」はタイトルの通り、注意深く展示を観察することで作品の中で何かを見つけ、写真用語や技法を学んでもらうための質問を用意しています。

──

”レイヨグラフ” や ”被写界深度” など写真用語の説明は、子どもには難しいのではないかと感じたのですが、作品をより知るためのヒントとしてそのまま紹介しているのでしょうか?

マルグリット

「探してみよう!」のいちばんの目的はアーティストの距離をより近くに感じてもらうことです。アーティストの創作方法を真似たり技法を学ぶことで、アーティストの視点を理解し彼らの存在を身近に感じてもらいたい。用語は難しいですが、体験しながら技法を学習できる『スタジオでオリジナル写真をつくろう!~オマー・ヴィクター・ディオプ流のポートレート写真のつくり方~』など、子ども向けのワークショップも合わせて企画しています。

子どもたちは自分で考えられる力を持っている。質問を通して考える過程を体験してほしい。

──

冒頭で、親子で一緒に作品を楽しめるような情報を掲載していると仰っていましたが、キッズパスポートの中には親へのメッセージも込められているのではないでしょうか?

マルグリット

もちろん、キッズパスポートは家族で一緒に読まれることを想定しています。子どもには先生の役割を担う大人が必要で、それが家族だと思うので、キッズパスポートの中の情報が子どもの学習の助けになるよう考えて作成しています。大人はつい普段の生活の中で子どもに「ああしなさい、こうしなさい」と言ってしまい、意見を聞くことを忘れてしまいがちです。私たちは『KYOTOGRAPHIE』を通して子どもたちに質問を投げかけることで考える過程を体験してほしいのです。もしあなたが子どもと写真展に出かけることがあれば、「この写真きれいだね」ではなく「この写真きれいだと思う?」と聞いてあげてください。その答えに対して「どうしてそう思うの?」と聞き続ければ子どもは喜んで答え続けるでしょう。子どもは自分で考えられる力を持っているのです。

──

とくに親子の関係性だと親の意見を押し付けてしまいがちですが、子どもが自分で考えることができる質問をしてあげることが大切なんですね。一方で、展示作品によっては子どもに対して何を聞けばよいのか難しく感じてしまう場面もありました。福島あつしさんの『弁当 is Ready』を見た時、数年前の自分だったら感じなかったであろう思いが込み上げてきたんです。介護施設で暮らす祖母や、ひとり暮らしをしている母親のことを思い出して感傷的な気持ちになってしまって。その時、子どもたちはこの作品をどう受け取るのだろうと疑問に思ったのですが。

高齢者向けの弁当配達の仕事に携わりながら出会った人々にレンズを向けた福島あつしの『弁当 is Ready』© Atsushi Fukushima
マルグリット

あなたのように大人は自分自身の環境や自分の親のことを考えるでしょう。でも子どもは違う。この作品に対する質問は、どうしてお年寄りは福島さんが自分たちを撮影することを快く受け入れたのか、お年寄りにとってお弁当を配達してくれることがなぜとても重要なことだったのかを想像させるために考えました。家族でディスカッションをしてもらいたい作品です。

──

今年のキッズパスポートには「誰が誰だ?ポートレートマッチングゲーム」が新しく追加されましたが、このゲームを企画した目的は?

マルグリット

作品に比べると、アーティストのパーソナリティーについて意識する機会は少ないと思います。私たちはつい「彼らは特別な才能を持った自分とは違う人である」と考えがちですが、彼らも昔は子どもだったという当たり前のことを理解することで、存在を身近に感じてもらえるのではないかと考え企画しました。彼らのパーソナリティーに親しみを感じることで、作品への興味が増して距離がぐっと近くなるはずです。

──

このゲームの背景には新型コロナウイルスの影響があったのかなと想像していたのですが?

マルグリット

確かに、今年は多くのアーティストの来日がキャンセルになってしまいましたからね。アーティストと直接会えない代わりに、このゲームを通して彼らを身近に感じてください。

アート展は何かを発見するための場所。臆することなく作品の感想をもっと議論すべき!

──

『KYOTOGRAPHIE』をはじめとするアート展に参加することで、マルグリットさんが考える子どもたちに感じてもらいたいこととはなんでしょう?

マルグリット

アート作品を見て自分の正直な意見を言うことを遠慮しないでほしい。好きになれない、わからない作品があって当然なんです。日本ではアート展や美術館では静かに鑑賞しなければならない風潮がありますが、本来美術館は誰もが新しい何かを発見することができる公共の施設。作品について誰かともっと話し合ったり、議論をすべきです。誰もが作品について自由な感想を言う権利がある。そのために子どもたちには臆する事なくリラックスして作品を楽しんでもらいたいと思っていますし、作品について家族で話し合うことはとても大切だと考えています。

──

『KYOTOGRAPHIE』では「キッズパスポート」をはじめとして、そういったディスカッションをするための仕掛けがたくさん用意されているんですね。最後に今年のテーマである「VISION」についてお聞きします。世界は今、異例の2020年を過ごしています。未来を生きていく子どもたちが育むべき「VISION」とはなんでしょうか?

マルグリット

まず、多様な視点の存在を理解し、長期的な VISION と短期的な VISION を持つこと。とりわけ子どもたちには、自分の VISION だけではなく、他人の VISION も尊重してほしい。同じ対象物を見ていても、見ている場所や見る方向を移動させれば見え方も変化する。物事を多様な視点から考察し、自分と違う視点を持つ人も認めることが大切だと思います。キッズプログラムの一貫として、関西の小・中学校の生徒を対象に「VISION」をテーマに写真作品を募り300を超える作品が集まりました。自粛期間前と後に撮影された作品が展示されているので、KYOTOGRAPHIE 開催期間中に『写真コンクール展』会場の〈元・淳風小学校〉へ足を運んで子どもたちが今表現する「VISION」を鑑賞してみてください!

KYOTOGRAPHIE 2020

日時

2020年9月19日(土)〜10月18日(日)

会場

NTT西日本 三条コラボレーションプラザ / 嶋臺(しまだい)ギャラリー / HOSOO GALLERY / 誉田屋源兵衛 竹院の間 / 伊藤佑 町屋 / 両足院 / 京都府庁旧本館 / 出町桝形商店街 / DELTA  / アトリエみつしま Sawa-Tadori / 河合橋東詰歩道 / タネ源 / 青龍妙音弁財天 / 京都駅ビル 空中径路

プログラム

片山真理 / ウィン・シャ / エルサ・レディエ / 福島あつし / マリアン・ティーウェン / 外山亮介 / ピエール=エリィ・ド・ピブラック / オマー・ヴィクター・ディオプ / マリー・リエス / 甲斐 扶佐義

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EDITOR

堤 大樹
堤 大樹

26歳で自我が芽生え、なんだかんだで8歳になった。「関西にこんなメディアがあればいいのに」でANTENNAをスタート。2021年からはPORTLA/OUT OF SIGHT!!!の編集長を務める。最近ようやく自分が興味を持てる幅を自覚した。自身のバンドAmia CalvaではGt/Voを担当。

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岡安 いつ美
岡安 いつ美

昭和最後の大晦日生まれのAB型。大学卒業後に茨城から上洛、京都在住。フォトグラファーをメインに、ライター、編集等アンテナではいろんなことをしています。いつかオースティンに住みたい。

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