「記憶を呼び覚ますクラフトビール」地産の素材と香港カルチャーの結びつき

「記憶を呼び覚ますクラフトビール」地産の素材と香港カルチャーの結びつき

「記憶を呼び覚ますクラフトビール」地産の素材と香港カルチャーの結びつき

海外、それもアジア圏内で活動するブルワリーを取材してみたいと思った。”ビール” や ”クラフトビール” で海外の情報をリサーチしてみると見つかるのはアメリカやヨーロッパの情報ばかりで、アジアのクラフトビール事情を知りたいと思う好奇心が掻き立てられたから。


そこからアジアに的を絞りリサーチを進めてみると、見つかったブルワリーの多くが欧米の人によって創業、経営されていることがわかってきて……。

 

だから、香港生まれ香港育ちの3人が創業した MAK’S BREWERY を見つけた時は「ここしかない!」と胸が躍ったのです。さらに興味を惹かれたのは、彼らのインタビューやクラフトビールの紹介記事を読んでみると、味や風味の特徴を描写しようとはせずに、何度も何度も ”a taste of Hong Kong(香港の味)” という表現が使われていたこと。

 

「香港の味」ってなんだろう?

 

その広義的な表現に彼らが込めたこだわりと想い、そしてその味をつくるために欠かすことのできない地産の素材と香港カルチャーの結びつきについて、MAK’S BREWERYの醸造家のひとりである Philip Wong(フィリップ・ウォン) さんに話を聞いた。

そもそもクラフトビールとは?

アメリカでは、クラフトビール醸造所の業界団体〈ブルワーズ・アソシエーション〉が、「小規模(Small)、独立(Independent)、伝統的であること(Traditional)」をクラフトビールの定義として掲げており、日本でも、国内のビール醸造会社が加盟する〈全国地ビール醸造者協議会〉という団体が以下のようにクラフトビールを定義しています。

 

1.酒税法改正(1994年4月)以前から造られている大資本の大量生産のビールからは独立したビール造りを行っている。
2.1回の仕込単位(麦汁の製造量)が20キロリットル以下の小規模な仕込みで行い、ブルワー(醸造者)が目の届く製造を行っている。
3.伝統的な製法で製造しているか、あるいは地域の特産品などを原料とした個性あふれるビールを製造している。そして地域に根付いている。

出典:http://www.beer.gr.jp/local_beer/, 2018年5月

 

アメリカと日本で定義は違えど「小規模である」ことが共通点でしたが、現在では大手のビールメーカーもクラフトビール製造に参入しており、新たな定義の必要性やそもそも定義自体が必要なのか論じられている。

MAK’S BREWERY 

いとこ同士のPo MakとMark Mak、その友人のKen Lo。香港生まれ香港育ちの3人によって2014年12月に香港で誕生したクラフトビールブルワリー。地元の原料を使うことにこだわり、遊び心と想像力に富んだ発想で香港独自のクラフトビールをつくっている。4人の醸造家を抱えるブルワリーだけでなく、レストランとバー5店舗を展開するなど活動の勢いは止まらない。

 

Web:https://www.maksbeer.com/

Facebook:https://www.facebook.com/MaksBeerr/

Instagram:https://www.instagram.com/maks_beer/

 

取材時点ではビールの販売は香港内に限定しており海外発送には対応をしていないのでご注意ください。

「なぜ香港オリジナルのビールがないんだろう」それがクラフトビールをつくるきっかけだった

──

取材を受けてもらえてうれしいです。

フィリップ

どうやって僕らを見つけてくれたんだろうって不思議でした。広東語以外での情報発信はほとどんしていないし、香港の外に向けた活動はしてこなかったので。

──

まずは、香港の人とビールの関係性についてから教えてください。日本では「とりあえずビール」という言葉があるくらい一杯目にビールを飲む人が多いのですが、香港ではどうですか?

フィリップ

香港でもビールが一番ポピュラーですね。アメリカやヨーロッパ、日本のようにバーもたくさんあるし、コンビニやスーパーで手軽に買えるので。他のお酒にくらべてアルコール度数も高くないし最も身近なお酒だと思います。

──

そこで飲まれているビールは香港産ですか?

フィリップ

いえいえ。香港で市販されているビールのほとんどが海外からの輸入品です。

──

そうなんですね!では、クラフトビール事情はどうですか?創業から間もない2014年頃のインタビューを読ませてもらったのですが、最大の課題は香港でのクラフトビールの認知度の低さだとお話されていました。あれから時間が経ちましたが、現在の状況に変化はありましたか?

フィリップ

当時はクラフトビールを知る人はほとんどいなかったし、知っていてもそのコンセプトを知らなかったり、それどころか市販のビールはすべてクラフトビールだと思っている人が大半でした。あれから5年以上、僕らだけでなく香港内のクラフトビールブルワリーとも協力して醸造所の見学ツアーを計画したりイベントに出店したり、認知度を上げるための活動を続けていますが、実情はそれほど変わってないですね。ほんの少し変わったぐらいかな。

インタビューに応えてくれたフィリップさん
フィリップ

そんな人たちにも実際に飲み比べてもらえれば違いがわかると思うんですけどね。延々と時間をかけて市販の一般的なビールとクラフトビールの醸造方法や温度、味の違いをレクチャーするよりも、まず一杯飲んでもらうことができればわかるでしょ、と。

──

納得です。MAK’S BREWERYの皆さんは今よりも更に認知度が低い時代からクラフトビールを愛飲していた香港では少数派だったと思うのですが、最初に飲むようになったきっかけは?

フィリップ

きっかけはエールに出会ったことですね。お酒を飲み始めた頃からビールが好きで他の人と同じように市販のビールをよく飲んでいました。でも香港で売られているビールはラガーが主流で、それでは物足りなくなってきて。そんな時にエールの存在を知ってそこからクラフトビールを探求するようになりました。

──

たとえ好きだからと言っても追い風とは言えないクラフトビール業界に飛び込んで自分でつくってみようとまで思えたのはなぜですか?

フィリップ

少ないですが、当時の香港にもクラフトビールブルワリーはあったんです。でもそこでつくられていたのはアメリカやドイツに既にあるビールに近い味を再現したクラフトビールばかりで。イギリスやアメリカやドイツはもちろん、日本にだってその国特有のビールがありますよね?なのに香港にはそれがなかった。なぜないんだろう、と疑問に感じたことが最初のきっかけだったし、クラフトビールをつくりたいというよりも、市場に存在していなかった香港オリジナルのビールを自分たちでつくりたい、そう想ったことが始まりでした。

──

まさにその「香港オリジナルのビール」 について聞きたかったんです!

日々の生活すべてが素材選びのインスピレーション

──

自社のクラフトビールを紹介されている記事をいくつか読んだのですが、何度も何度も ”a taste of Hong Kong(香港の味)” という表現を繰り返し使いながら説明されていたことに強いこだわりを感じていました。それは、皆さんがつくりたかった香港産のオリジナルビールのことだったんですね。

フィリップ

ええ。実は「香港の味」と言い続けることにこだわりを持つきっかけになった印象的な出来事があって……。

 

地元で採れる素材を使ったクラフトビールをつくりたいと、とある小さな村からブルワリーを訪ねてきた人がいました。ひと通り説明を受けた後にどんな味のビールがつくりたいのか聞いてみたのですが、その時に返ってきたのが ”a taste of the villege(その村の味)” という答えで。素材の特性ではなく村の味をつくりたい。その想いと発想にはっとさせられました。

──

”a taste of villege” も ”a taste of Hong Kong” も広義な表現ですよね。地元の材料や素材からつくり出される味のことも含むだろうし、クラフトビールを飲むことで思い出されるシチュエーションや風景も含まれると思うし。”taste(味)” と言っても所謂知覚的な味ではないというか……。

フィリップ

そう、味そのものを描写しているわけではない。フィーリングだったり、場所だったり、感情だったり、もちろん思い出も。僕らのビールを飲んだことがきっかけになって、飲んだ人にホームである香港を感じてほしいし、思い起こしてほしい。そう言えば伝わるかな……。

──

はい、十分伝わります。そこには文化も含まれますよね?

フィリップ

はいはい。

──

そんなクラフトビールをつくるためには素材が果たす役割も大きいと思うんです。だから地産の素材を使うことにこだわっているんですよね?

フィリップ

その通りです。

──

MAK’S BREWERYのクラフトビールにはどんな香港産の素材が使われれているんですか?

フィリップ

ロンガン*1、ギンコウボク*2、デーツ、サトウキビ、ジンジャー、レモングラスなどです。

*1:実を割ると白い果肉の中に大きな黒い種がある様子が龍の眼に似ていることから日本では龍眼(リュウガン)と呼ばれるライチに似た果実
*2:東南アジアおよび東アジアの熱帯地域で一般的に栽培されているモクレン科で香りのある花を咲かせる香木。広東語で白蘭。

ロンガン・ペールエール
ギンコウボク(白蘭)のビール
──

味覚を通して地元での暮らしや思い出が蘇ることはもちろんあると思うんです。先程の話に戻ってもう少し踏み込んで素材と文化の関連性についてお聞きしたいのですが、これらの素材を通して香港の人であれば共通して感じることができる原風景があったりするのでしょうか?

フィリップ

例えばギンコウボクで香りをつけた「白蘭」というビールを生産しているのですが、ギンコウボクは昔から道端で売られている、香港人にとっては馴染みが深い花なんです。とてもいい香りがするので部屋に飾るだけでなく、ジャケットの胸ポケットに挿したり髪飾りの代わりに使ったり、芳香剤の代わりにしているタクシーも時々見かけるくらいで。用途はさまざまですが強い香りの花だから香港の人であれば香りを嗅ぐだけで道端で売られている街の光景を思い出すんじゃないかな。

──

個人的な意見ですが、味覚よりも嗅覚のほうが感情や記憶を呼び覚ましやすいように感じます。

フィリップ

そうですね。素材が香港のカルチャーや伝統や習慣を呼び覚ますことはあると思います。

──

香港にはクラフトビールの原材料になりそうな素材が豊富にあるのでしょうか?

フィリップ

いいえ。非常に限られてます。

──

その環境下で何が素材を探す時のインスピレーションになりますか?

フィリップ

まず、クラフトビールづくりに誰も使ったことがないものであることと、インスピレーションを受けるのは日々の生活すべてからですね。会う人、食べた物、人とふれ合うことで知る新しい文化だったり……。夢からインスピレーションを受けることだってある。日々の生活の中には僕らが経験したことがないことがまだまだ溢れていますから。

──

まさに、「白蘭」も香港の人の日々の生活の中から発想を得て生まれたビールですもんね。

フィリップ

はい。MAK’S BREWERYが創業して間もない頃に生まれたビールの話をしましょうか?

──

お願いします。

フィリップ

醸造作業は温度の管理だったり深夜までの作業が続くことがあり肉体的にも負担が大きいんです。そんな日が何日か続いた時、息子の体調を心配したPo(創業者の1人)の母親が毎晩スープを作ってくれたそうです。香港のお母さんたちがよく作る伝統的なレシピで作られたそのスープを飲んでPoは毎日作業を続けました。夢にも出るくらい毎日そのスープを飲んでいたのですが、ある夜突然「このスープに使われている材料やスパイスでビールをつくったらどうだろう」とひらめいたんです。実はPoの母親は息子がクラフトビールづくりを続けることを反対していたんですけどね。

──

そのお母さんがクラフトビールづくりのインスピレーションを与えてしまった!

フィリップ

(笑)だから、日々の生活の中にインスピレーションはあるんですよ。

 

さまざまな理由で今の香港には外国へ移住することを選択する人たちがいます。いつか彼らがMAK’S BREWERYのクラフトビールを飲むことがあれば、その時は故郷を思い出してほしい。道端やタクシーの車内で嗅いだギンコウボクの香りや、お母さんのスープ。それが “a taste of Hong Kong” なんだと思います。

飲んでくれた人がビールと共に過ごす時間に携われる、それがつくるよろこび

──

3人で始めてから7年が経ち、ブルワリーだけでなくレストランやバーも経営されています。”Do It Yourself” ではなく “Do It Together” で活動するからこそ得られることはなんだと思いますか?

フィリップ

誰かと一緒に活動していると、時に信じられない不思議なパワーが生まれることがありますよね。クラフトビールを通してそれまでまったく知らなかった人同士が集まり、お互いを知って友人や兄弟のように強い結束力で結ばれていく。そして今、こうして一緒にMAK’S BREWERYの一員になっている。その奇跡的な出来事が Do It Together の強みでありよろこびかな。

──

では、フィリップさんにとっての『つくるよろこび』とはなんですか?

フィリップ

なんだろう……。やっぱり人ですね。

 

僕らのつくったクラフトビールを飲んでくれる人がその瞬間に友達や家族と共有している楽しい時間に携わることができて、僅かでも貢献できていること。それがつくるよろこびだと思います。

──

単にのどを潤すためのビールではなく香港の味を提供しているのだから、飲む人に与える影響は少なくないと思います。最後に、MAK’S BREWERYのこの先のゴールを教えてください。

フィリップ

香港でビジネスを続けていくことは、とくに製造業に携わる人にとっては決して簡単な状況ではありません。そんな中で活動を続けられることはラッキーだし感謝をしています。市販の一般的なビールとくらべてクラフトビールの価格は高く、たくさんの人に飲んでもえるようになるには価格が大きな問題になっていることが実情としてあるんです。僕らが成長を続けて大量生産が可能になれば、価格が下がり香港の人たちに今より気軽にクラフトビールを飲んでもらえるようになる。それが僕らのゴールです。

──

応援しています。日本でもいつかMAK’S BREWERYのクラフトビールが飲めるようになることを楽しみにしています!

 

写真提供:MAK’S BREWERY

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EDITOR

堤 大樹
堤 大樹

26歳で自我が芽生え、なんだかんだで8歳になった。「関西にこんなメディアがあればいいのに」でANTENNAをスタート。2021年からはPORTLA/OUT OF SIGHT!!!の編集長を務める。最近ようやく自分が興味を持てる幅を自覚した。自身のバンドAmia CalvaではGt/Voを担当。

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