1845年創業の紙問屋〈柿本商事〉に聞いた「紙でしか伝えきれない想い」とは

1845年創業の紙問屋〈柿本商事〉に聞いた「紙でしか伝えきれない想い」とは

1845年創業の紙問屋〈柿本商事〉に聞いた「紙でしか伝えきれない想い」とは

便利なものが台頭してもなお、代替されずに存在感が一層増しているものがある。そのひとつが「紙」だ。デジタルの波が押し寄せても、なぜ私たちは紙を使いたいと思うのか。その根本であろう “紙が選ばれる理由” を探るため、1845年に紙問屋として創業し、今では一般の人々にも紙を販売している柿本商事株式会社の柿本遼平さんに話を伺った。


手帳やカレンダー、新聞や本など、かつて日々の生活の中で当たり前に使用していた紙の多くをデジタルデバイスで代用する機会が増えている。その一方で、利便性を重視すれば紙を選ぶ必要がないのに、時間や手間をかけてでも「紙」を使いたい場面があるはずだ。例えば、手紙やメッセージカード。メールで済ませてしまえば簡単だけれど、受け取る相手を想像しながら紙を選び、手書きで気持ちを伝える習慣は今も残っている。

どんな時に私たちは紙を使い、その紙をどのような視点で選べばよいのだろうか?

このインタビューでは、創業から176年に渡り、紙と紙製品の可能性を追求する旅を続けながら紙の送り手と受け取り手との間を取り持ち、私たちに紙を選ぶ最適なアドバイスをしてくださる柿本さんのお話からその答えを探ってみたいと思う。用途や色、形や大きさだけではない、紙屋ならではの視点から語られた「紙の選び方」から見えてきたのは、紙を使うと想いが伝わることの理由にも繋がる、代替えが利かない紙そのものが持つ特性だった。

柿本遼平

1984年京都生まれ。大谷大学卒業後アメリカへの留学経験を経て、現在柿本商事株式会社の専務取締役を務める。「紙を通して文化を創造する」という企業理念のもと、紙と真摯に向き合い時代を越えた紙の新しい存在価値を探求しつづけている。その探求活動の一環として、2010年から作文コンクール「恋文大賞(現・言の葉大賞)」の運営に実行委員長として携わり、第10回を迎えた昨年の大会には過去最多の35,000通を超える作品が集まった。2021年4月からは、新たに「言の葉講座」を始動。

和紙小売り店舗としては、京都寺町二条(現在麩屋町通三条上るにて仮店舗営業中)の本社内に店舗〈紙司柿本〉を構え、日本全国から集めた手漉き和紙や季節に合った便箋や封筒、一筆箋から葉書に至るまで幅広い展開の商品を販売している。

柿本商事株式会社: http://www.kyoto-kakimoto.jp/
紙司柿本: http://www.kamiji-kakimoto.jp/

紙は使い方次第でいかようにも活きる万能な生き物

──

まずは素材としての紙についてお聞きしたいと思います。紙そのものが持つ特性や個性とはなにか、どう捉えていらっしゃいますか?

柿本

紙というのは……正直者だと思います。

──

正直者……。

柿本

例えば、寒い冬に透き通ったきれいな雪解け水から作られる紙と、温度や湿度の高さにより原料が腐りやすく水に不純物が入りやすい夏場に作られる紙とでは、現れる表情が変わります。冬を乗り越えた紙は、強さと柔らかさを得る。紙と一言で言っても何千種類もあり、作り手の技術や経験によっても違いが生まれる。その違いや厚み、種類や色の出方など、真っ直ぐに「表情」が出ることが紙の個性であり、正直者たる所以だと感じます。

──

私は選び方や使い方によって「使い手の個性が出せる」ことも紙の特性のひとつだと考えていたのですが、そこには紙そのものが持つ個性による影響も大きかったのですね。

柿本

そうですね。さらに、紙は使い方次第でいかようにも活きる、万能であり応用力が高い生き物です。制作工程だけでなく、切ってみたり折ってみたり、組み合わせてみたり、適正用途とは違う使い方からも新しいアイディアが生まれることもあります。あとは、「形」として残すことができて、その経年が素材に現れることも特性だと思います。

──

だから時間を経てから振り返ることができるし、それが故に紙には愛着が沸くんでしょうね。

柿本

そう思います。現在コロナ禍でどこへも行けない中、家でゆっくりと時間を過ごされる時のお供として本を購入される方が多く、本屋さんがとてもお忙しいそうですよ。こういう時期だからこそ、愛着と温もりを感じる紙を手に取りたいと思われる方が多いのかもしれません。

──

関連したことでいうと、今年は年賀状を出した人が増えたと聞きました。

柿本

このような状況下だからこそ、「形」に残る方法で想いを伝えたいのではないでしょうか。まさに年賀状は、数年後に振り返って読みたくなる、受け取った側が大切に残しておける紙のひとつだと思います。

友禅紙
型染め紙(折り紙やブックカバー、小銭入れやカードケースなどの和小物の制作におすすめ)
型染め紙
麻落水紙

贈る相手との間にあるストーリーを描き伝えることができる「紙」

──

例えば便箋やカードのように同じ用途を目的に作られた紙製品でも種類や価格帯が豊富にあり、選ぼうにも迷ってしまうことがあります。その時に私たちはどんな視点で紙を選べばよいのでしょうか?

柿本

まずは、紙を何にどう使いたいのかという用途をもとにして、厚み、薄さ、強さ、柔らかさ、固さ、色のバリエーションなど、ご自分の好みを参考にされるとよいと思います。紙司柿本では、和紙を産地別に陳列し、商品タグに用途例をご覧いただけるようにしているので、もし「こんな形で使いたい」というイメージをお持ちであればお好みの紙が見つかりやすいかと。それでも迷われた時は直感で(笑)。さらにこだわる方であれば、「ストーリー」を大切にされると面白いですよ。

──

ストーリーとは?

柿本

産地や原料で考えてみるとわかりやすいですね。例えば、京都にゆかりのある方に紙を贈りたいのであれば、京都産の紙を選んでみたり。ご自身の用途や贈る方に伝えたい想いと、紙のバックグラウンドを合わせてみる。もしくは近しいところから選ばれるとよいと思います。

──

量販店ではなく、紙司柿本さんだからこその視点ですね!紙そのものがストーリーを持っているとは想像していませんでした。そもそも、敢えて紙で伝えることを選ぶシチュエーションとは特別な想いがある時が多いと思うんです。そうであれば、贈り手と受け取り手との間にはストーリーがあるはずで。その「ストーリー」を紙選びに取り入れると、贈る側の想いはより相手に伝わるでしょうね。

柿本

私自身の実例をお伝えすると、4年前に全国各地の酒蔵さんと弊社の地域情報発信事業部とで『御酒印帳プロジェクト』という企画を立ち上げました。御朱印帳はご存知かと思いますが、この企画では寺社仏閣の代わりに日本全国にある現在160蔵を超えるこのプロジェクトに登録をされている酒蔵を巡り、御朱印の代わりにお酒のラベル(御酒印)を集めて楽しんでいただきます。そこで収集したラベルを貼り付けて記録をするための「御酒印帳」を作成させていただいたのですが、お酒を造るための精米作業で出た米糠を混ぜ込んで製紙をした紙を原料として使用しました。

──

「ストーリー」の取り入れ方として、他にも贈る相手に伝えたい想いと紙のバックグラウンドを合わせてみるという話が出ましたが、紙はメッセージカードのように想いを伝えるツールとしてもよく使われると思います。それは、紙を使うほうが想いが相手により伝わりやすいからではないかと考えているのですが、柿本さんはどう思われますか?

柿本

確かにそれは、贈る相手のことを考えて思いやり、気持ちを伝えるために尽くすことが大きく影響しているからではないでしょうか。相手の好みやその人との関係性を考えて紙を選ぶことからはじまり、書く道具や封筒、封印に至るまで、全ては相手への思いやりに尽きます。私は個人的に文香を入れることもあります。紙を使う場面では文面を手書きされるでしょうから、書き損じた場合には書き直さなければならない。すべてが非常に時間のかかる作業だと思います。

──

それがまさに、紙を使うと想いが伝わることの所以ではないかと思っていて。贈る側の想いや作業にかけた時間を、受け取る側も想像することができるから伝わるのではないかと。

柿本

そうですね。忙しい日々の中で、その方のためだけに時間を使うわけですよね。相手のために時間を使う姿勢こそが、相手への思いやりであり、関係性を深めてくれるのだと思います。

──

文面を考えたり、手書きをしたり、書き直したりする作業は、デジタルツールを使えば時間や手間をかなり省くことができると思うんです。それでも紙を使う習慣が残っているのはなぜだと思いますか?

柿本

電子メールは文字を打ち込めば、次に続く言葉を予測して変換してくれる。確かにそのようなやり方でもよいケースはありますが、それでは伝えきれないこともあるのではないでしょうか。

──

柿本さんが考える、デジタルでは伝えきれないこととはなんでしょう?

柿本

伝えたい想いの背景や感情ではないでしょうか。例えば、何か問題が起こった時に相手を気遣って送る言葉でも、電子文字のみで届くと状況や心情までがその文字には乗らないことがあり、文章が正確に伝わらないと場合によっては誤解が生まれてしまうことがある。私はデジタルの文字や文章には無機質な冷たさを感じることがあります。

想いが記憶として残る紙の特性が、人を繋ぎ、関係性を築く

──

今日お話を伺って、私は ”想いを伝えるツール” として紙を使う習慣はこの先も残ると改めて感じましたが、柿本さんはどうお考えですか?

柿本

正直それは難しい部分だと思っています。なくなりはしないけれど、使い方や使われるシチュエーションは変わっていくのではないでしょうか。私が子どもの頃はチラシの裏やメモの切れ端に落書きをすることが当たり前でしたが、そういった行為が幼い頃から身についていない現在の子どもたちは、紙を使うことを特別に感じてしまうかもしれません。そのような時代だと、いかなる習慣においても紙の継続性が難しい状況に陥ってしまうのではないかと考えています。

──

確かに、今の子どもたちにとって紙を日常的に使うことは当たり前のことではないのかもしれません。それでも紙自体には年代を問わず「集めたくなる特性」があると思うんです。私はきれいな包装紙や紙袋を見つけると取っておきたくなるのですが、小さな子どもたちも、金や銀の折り紙や千代紙を大切に集めていたりする。その特性がある限り、大切な人へ紙を贈り合う習慣は残るのではないでしょうか?

柿本

それは私も同感できますね。紙というのは残したくなるし集めたくなる。そしてそれが後に思い出となり、紡がれていた記憶を10年後、20年後にあらためて振り返ることができる。個人的なことですが、私はその目的もあって過去の手帳は捨てずに残していますから。

──

デジタルデバイスを使っても過去を振り返ることはできるとは思うんです。でも、何年も前のメールのアーカイブを見直すことは滅多にないですし、紙とは違い残したり集めたくはならないですからね。ここまでは「想いを伝えるツール」としての紙についてお話を伺いましたが、紙を使うことで人と人との関係性に影響を与える例は他にもありますか?

柿本

これは私自身が心がけていることですが、同僚が席を離れている時にはポストイットに書いて伝言を残したり、電話だけのやり取りの方へ商品を出荷する際には、名刺や一筆箋に手書きのメッセージを添えてお送りしています。小さなことですが、相手の記憶に残り覚えていただける行為ではないでしょうか。紙は使い方ひとつで、人を繋ぎ、関係性を築くためのツールになり得ると思います。

紙の可能性は無限大

──

1845年に紙問屋として創業されてから、現在まで紙と共に歩んでこられた柿本さんだからこそ伺いたかったことがあります。これまで紙によって創造されてきた文化の中で、印象的なものはありますか?

柿本

お答えするのが難しい質問ですが……。「紙という書物ができたこと」ではないでしょうか。大昔には文字は石や布のようなものに書かれていましたが、紙が登場し、そこに文字や絵が記され、情報伝達の素材として活用されるようになった。紙が誕生したことは人類においてとても大きな出来事であったと思います。もっと身近な話をすると、昔から日本には生活の中に襖や障子などの和紙が使われ、住環境という文化の中では和紙があることが当たり前でした。今、町屋を使ったカフェやレストランが流行っていますよね。それはとても面白いことだと感じています。行かれる方の多くはご自身が若い時に町屋の生活を体験なさったわけではない。でも、テレビや雑誌で見て興味を持たれて、実際に行ってみたら居心地がよいからずっとそこに居たくなる。こうした体験から多くの方に紙が持つ心地よさを知っていただき、かつての生活様式のように、紙が暮らしに寄り添う存在になってもらえれば理想的ですね。

──

最初に “紙は万能である” と仰られていました。ライフスタイルが変わっても現在の暮らしに合った使い方ができる可能性が紙にはあるのだと思います。最後に、創業時から「紙製品と紙の可能性を追求」してこられた柿本さんが考える「素材としての紙の可能性」について教えてください。

柿本

紙の可能性は「無限大」だと思っています。そのままの素材でも魅力を出すことができ、加工したり組み合わせると更に新しい顔が生まれる。使うシチュエーションによっても全く違った雰囲気を出すことができる。これからデジタル化がどれだけ進んでも、時代に合った形を継承しながら紙の可能性を発信しつづけていくことが、私たちの使命だと考えています。

あなたが描くストーリーに登場する紙を探しに

今回の取材では、紙の使用用途の中でも「想いを伝えるツールとしての紙」について詳しく話を伺った。紙を使うと想いが伝わる理由は、形に残り経年とともに愛着が沸いてくる紙の特性だったり、送り手が費やした時間や手間が受け取る相手にも伝わることが大きく関係していると知ることができたのだが、もうひとつ、紙の選び方も影響を与えているのではないだろうか。

色、好み、直感。柿本さんが教えてくださった選び方とともに、紙を選ぶ場面を想像してみた。例えば、「赤よりも青」「無地よりも柄物」のように自分の好みに従い紙を選ぶ時、同時に私たちはその紙を使う場面を想像し、もしその紙を誰かに贈るのであれば、受け取る相手のことや、贈る目的、渡すシチュエーションを考えているはずだ。そしてこの時、頭に描いているのは、柿本さんが仰ったもうひとつの紙の選び方である「ストーリー」ではないのだろうか。こうして送り手が描いた「ストーリー」をもとに紙を選んでいるからこそ、想いがより相手に伝わるのだ。

そして、この紙の選び方は服や雑貨の選び方にも共通している。色や好みや直感に従って選んだ服や雑貨には、紙と同じように自分の個性やこだわりがでるし、例えば、好きな人に会う時に選ぶ服や、居心地のよい空間を作るために選ぶ雑貨など、私たちは服や雑貨を選ぶ時にもその物と共に生み出すストーリーを同時に描いているのだと思う。これからは、服や雑貨を選ぶように紙を選んでみてはどうだろう。その一歩として、服屋や雑貨屋へ足を運ぶように紙屋を訪れてみてほしい。たくさん陳列されている中から、新しいストーリーを描く紙を選ぶという楽しみが見つかるはずだ。

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乾 和代
乾 和代

奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。好きなものは、くじらとベース。

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岡安 いつ美
岡安 いつ美

昭和最後の大晦日生まれのAB型。大学卒業後に茨城から上洛、京都在住。フォトグラファーをメインに、ライター、編集等アンテナではいろんなことをしています。いつかオースティンに住みたい。

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