人も山も、それぞれの自然な状態を目指して。登山道を近自然工法で回復させる、岡崎哲三さんインタビュー

人も山も、それぞれの自然な状態を目指して。登山道を近自然工法で回復させる、岡崎哲三さんインタビュー

人も山も、それぞれの自然な状態を目指して。登山道を近自然工法で回復させる、岡崎哲三さんインタビュー

あなたは山を歩いている。足元を見ると道がある。その道は誰がつくったのか、想像したことはあるだろうか?今回お話を聞いたのは、北海道・大雪山系を中心に、近自然工法を用いて、登山道を整備し、山の生態系を回復させようとしている岡崎哲三さんだ。登山道という公共への接し方を通じて、都市に生きる僕たちはどう公共へ関わるべきかのヒントを探ってみたい。そんなことを考え、共に宿泊していた山小屋にて、早朝から話を聞いてみた。


岡崎哲三

1975年、北海道札幌市生まれ。20代のころから登山道整備に携わり続けてきたが、故福留 修氏が生み出した「近自然工法」に触れたことで考え方が一変。より自然な植生の回復と、自然にストレスをかけない登山道のあり方を模索。2011年には合同会社「北海道山岳整備」を設立。2018年には一般社団法人「大雪山・山守隊」を立ち上げた。

福留脩文さんとの出会い、そして苦悩

「約20年前、山小屋で働き始めました。最初の山の体験がいきなり山小屋管理だったんですよ。そうすると登山者とは違う視点が見えてきて。私たち登山者が行き交うことで、道が崩れていくことに気が付いたんです。僕も当時、山を走っていたし、せめて自分が崩した部分は直したいなって」

 

幼い頃から自然と慣れ親しんでいた岡崎さん。山小屋時代には、隣の営林署の管理棟に来る方々と山の保全について語り合ったそう。山をなんとかしたいという思いはそこで芽生えたかもしれない、と岡崎さんは語る。登山道整備への原点だ。

 

「あるとき、近自然工法っていう考え方に出会ったんです。環境省の事業で、大雪山に近自然工法を適用してみる試みがあって、そこで出会ったのが(多自然川づくりの専門家である)福留脩文さん。道内に先生が来られる機会があったら(その頃は本当にお金がなかったので)車中泊しながら講習に参加したりして」

そこから近自然工法に傾倒していった岡崎さん。しかし、その活動は順調にはいかなかったようだ。

 

「自分はすごく熱意を持ってたんだけど、何年かすると一緒に受講した人は全ていなくなったんですよ。こんなにすごい工法なのに、なんで誰もやらなくなったんだろう、もったいないなって。そこから何年後かに、北海道山岳整備という合同会社を立ち上げました。ただ、いよいよ会社を立ち上げてこれから、って時に先生は亡くなられてしまって」

 

自身で近自然工法の技術をマスターすれば山は直せるはず。しかし、いくら技術を持っていても、システムの中で正しく利用されない限り山は良くならないことに気が付く。自然公園法などの法律、各省庁と市町村の関係性、執行・管理・運用のプレイヤーの権限、許認可、お金の循環の仕組みなど、既存のシステムの中での活用はたやすいことではない。

 

「じゃあどうしようかと言ったときに一般登山者のみなさんが重要だなと。これは近自然工法の《生態系の底辺が住める環境を復元すると、自ずと生態系のピラミッドが整っていく》という発想と同じで。それで草の根で近自然工法を実装していく大雪山・山守隊という一般社団法人を2018年に立ち上げました」

登山道って誰のものなんだろう?

気になる近自然工法の話に入る前に、僕はひとつ疑問がわいた。それは「登山道って誰のものなんだろう?」だ。

日本ではこういった道が登山道である、という法律上の定義はないそうだ。場所や類型、土地の法的権利、公的ゾーニングや計画、時系列、環境、利用やアクセスの権利、管理責任や義務など、いろんな視点から登山道が誰によって利用できるか、あるいは、誰が管理すべきかを考える必要がある。つまり、誰のものと非常に定義しにくい。

 

この問題提起については、平野悠一郎さんの『登山道は誰のものか?ー日本の現状および海外との比較ー』を見てほしい。登山道の維持整備の責任は規定されてないのに、善意で維持整備をすると安全管理責任が問われる可能性がある。これが整備に消極的な状況を生んでいる最大の要因となっているようだ。だからこそ、岡崎さんのように責任をもった組織的な活動が重要なのかもしれない。

 

平野悠一郎さんの資料の中では希望もある。例えば、ニュージーランドのMountain Bike Rotoruaでは、土地所有者はマオリ(原住民)コミュニティ、自治体(市政府)が調整役、マウンテンバイカー有志のボランティア団体が林道の維持整備、森林管理は民間の林業会社、といったように適切に管理区分を区分け、永続的に道を管理しているそうだ。

 

大事な公共である共有財産(=コモンズ)としての登山道を、主体となる任意の団体が管理し、それを行政がサポートしつつ、民意で楽しみながら運用できる仕組みがやっぱり必要なのだろう。これは岡崎さんの登山道整備のための仕組みに近い考え方であり、後述する雲ノ平登山道整備ボランティアプログラムへとつながる。

登山道整備は植生復元だ

話を戻そう。

 

では肝心の近自然工法とは何なんでしょう?と岡崎さんに聞くと、「まずこの写真を見てもらうのが分かりやすいかも」、と返ってきた。

施工前:右側が流水による土壌流出(ガリー侵食)、左側は登山者のよる踏圧による裸地化、複線化が進む。登山道でよく見られる侵食現象だ。
施工直後:原因である流水を施工個所の上部で排水し、ガリー侵食部は石組みで土留兼歩行路となるように施工。原因を捉え、土壌が安定するように施工。
10年経過:安定した土壌からは植物が復元し、踏圧による裸地化部にも植物が戻りつつある。こうなると復元した植物が施工物を守る働きが生まれ、長く保つ構造物になる。正しい施工が出来ると自然は復元する。

僕なりに近自然工法が興味深いなと思ったポイントは2つ。1つは「登山道は川と似ている」という点だ。岡崎さんは語る。

 

「​​近自然工法は “川”の発想なんです。川もコンクリートで水路化されて、水生生物が住めなくなった場所があるじゃないですか。でも、生態系ピラミッドの底辺の生き物が住める環境を作ると、すぐに生態系は出来上がっていくんです。それは河川では水生昆虫にあたるんですが、山岳地域では植物を育てる土壌環境なんですね。だから土壌環境を安定させることがまず必要なんです。壊れたものを直すとかでなくて、生態系を復元させるとすべてがバランスよく回りだすって発想なんです」

 

福留脩文さんの論文、近自然登山道工法にもこのように記載がある。

人間が山腹斜面や尾根の同じ所を繰り返し歩くと、だんだん地表が裸地状態となり、雨が降るとそこに水が集まって水路となる。その過程は、まず下方侵食で斜面を掘り下げ、やがて側方侵食が始まる。このようにして掘れ込んだ登山道は、まさに山地河道の模型を見るようであり、「登山道は川である」と言うことができる。

もう1つは「観察し、再現する」という点だ。

 

「福留先生は『とにかく正解っていうのは自然の中にあるから、自然をよく観察しなさい』『だけど正解は一つではないよ』という禅問答みたいなことを言うんです。わかりました!と言って、馬鹿正直に自然を観察してると、なるほど、この石がこういう形に配置されてるから水が流れても崩れないんだとか、ここにこういう風な形で引っかかってるから全体が安定するんだとか。そういうのが見えてきたんですよね」

 

岡崎さん曰く、自然そのものが教科書だそうだ。例えば、ガリー侵食部に木柵の階段をつくる場合、固定するのに自然界にない「杭」という存在は使わない。登山道の幅より長い木材をナナメに「引っ掛け」、そこに石材などを合わせて固定する方法をとるのだ。そうすることで、土壌への負荷を下げる。

「杭」ではなく、ナナメに「引っ掛ける」様子を手書きの図で書いてくれる岡崎さん

「観察をしていると、いろんなものがなんでだろう、不思議だなって。興味がどんどん湧いてくるんです。一番大事なのは自然観察なんです。そこから再現してみる。そうすると生態系が復元されていく。自分の中の登山道整備は半分以上は植生復元ですね」

施工にはそれ以外にも重要な原則はたくさんある。例えば木材や石といった資材が現場の周囲できちんと十分量確保できるのか、などだ。ここで書ききれないため、福留脩文さんの論文、近自然登山道工法の結びから、重要な6つの原則を記載しておこう。もっと詳しく知りたい方は大雪山・山守隊のWebサイトをぜひのぞいて見てほしい。

 

1. 現場に使う材料は外から持ち込まず、その約 15 メートル以内で調達する
2. 人工構築物の構造は、自然界の構造から学ぶ
3. 現場での各種作業は、道具を始め工法まで基本的に伝統技術を用いる
4. 必要以上の人工的、造形的な作業を慎む
5. 現場にある石や樹木にはできる限り傷をつけない
6. それらの造成から維持管理までの技術を、後世に向け地元に残す

石を組んで、道をつくってみる

百聞は一見にしかず。僕も近自然工法の施工現場を少し手伝わせてもらった。

2021年8月末に行われた雲ノ平登山道整備ボランティアプログラムの下見で、祖父岳の雪渓手前、砂礫と岩のミックス帯で歩きづらくなっていた場所を、テストで直してみる試みだ。

 

出来上がりから見ていただこう。

動画では偶然通りかかったハイカーの方が、ゆっくり安定した足取りで階段を下っている様子が見てとれると思う。

 

ぱっと見、「え?どこに手を加えたの?」となると思う。そのくらい自然なのだ。しかも、石の安定した踏面が、自然な足の運びの位置に存在している。ハイカーの方が迷いなく下っている様子がそれを表している。

 

岡崎さん、雲ノ平山荘の伊藤二朗さん、HIker’s Depotの勝俣隆さん、そして雲ノ平山荘のスタッフの方々、約7人で2時間。約10mの登山道だ。もともとあった土壌を傷つけないように、バールや桑の使用は最低限に留めて、手で砂利をかき分けてスペースをつくる。そこに20-30kgほどある石を周囲から運んできて、全員でバランスを見ながら組んでいくのだ。

 

しかし、石を組むのは想像以上に難しい。ピッタリはめると次の石が置きづらい、一度置いたものを動かすと腰が痛い、いざ歩いてみるとグラグラする。「ボランティアで初めて手伝う人にはレベルが高すぎるのでは?」という言葉が脳裏をよぎる。それに対して岡崎さんは爽やかに答える。

「失敗も含めて経験にしてもらったらいいと思いますよ。自分は参加してくれた人たちの感性をできる限り活かしたいんです。自分ならそう組まないなって思うものでも、確かにそこに大きな石がドンって置かれた方がバランスいいし、自然だなって、自分の想像を飛び越えてできることがあるんですよ。とはいえ、安全管理は大事なので、ぐらついてる石組みは後からきちんと整えます」

 

「あとやっぱり大事なのは、外部の人が来て直して終わりじゃなくて、地元の人がずっと触っていくことかなと思います。完璧なものはできないし、自然を復元するのに正解はないので、ずっとやり続けなきゃいけない。自分がやったことに対して、自然はどういう反応してくるか、それを観察して、次どうすればいいのかを毎年見ていける人って地元の人しかいないんですよ。いいかどうかっていうのは判断するのは自然なんですよ」

整備した後、もともとこうだったのかもしれない、と思えるくらい自然に馴染んでいる場所もたくさんあるそうだ。自分たちで道をデザインし、それを保全し続けていく。シンプルだが、疲れとともにじわりとした充足感があった。

草の根でアクションを起こす方法

なにか協力したい……でも時間や距離の関係でなかなか参加は難しい……おそらく、そんな方々もたくさんいらっしゃるはずだ。他にどんな協力の仕方があるか岡崎さんに聞いてみた。

「やっぱり自分たちの活動に賛同いただいて、会員になったり、寄付いただくのが嬉しいですね。登山道整備に関する国や行政からの資金は少なすぎるんです。だからみなさんの協力は本当に欠かせない。そういった草の根的に支える仕組みー。例えば、登山道整備のための協力金制度や、山岳環境を維持するための入山料制度っていうのは、そんなに遠くない将来、どんどん出てくると思います」

 

一口数千円という手軽さで、登山道に対する恩返しができる。詳しくは大雪山・山守隊のWebサイトを覗いてみてほしい。それ以外に、例えば、ふだん登山するときにできるアクションはあるのだろうか。

 

「やっぱり、道が崩れてるんだっていう意識を持ってほしい。危ういところを写真を撮って、身近な人にシェアするだけでも良いかもしれません。《利用》と《保全》の両輪で山を楽しむ、っていう考え方がもっとスタンダードになると良いんじゃないかなと思いますね」

崩れてる道ってどんな状況なのだろう。そう岡崎さんに聞くと、例えば、と言って上の写真を見せていただいた。プロじゃない僕から見ても明らかに侵食されてるな、という状況だ。こんな道であれば、登山を愛する方であれば多くの人が見た経験はあるだろう。

 

ついつい気持ちのいい風景だけをSNSで共有したくなるが、こういった違和感のある風景をSNSで共有することも、草の根アクションの一歩になる。

さいごに

岡崎さんへのインタビューを通じて思い浮かんだのは『草の根活動家のためのパタゴニアのツール会議、ノラ・ギャラガー/リサ・マイヤーズ』という本だ。

 

環境保護活動を戦略的に行うための手法が書かれたこの本では、キャンペーン戦略、マーケティング、ファンドレイジング、データの視覚化など、実用的な用語で章立てられている。

 

つまり、登山道のようなコモンズをケアしていくためには、ビジネス、テクノロジー、クリエイティブなど、横断的な知識と技術が必要なのだと思う。だからこそ、そこに関わる個人が持つスキルや発信力の集合体が重要だろう。取材中、岡崎さんが何度も口にしていた「やることは大事。広げることはもっと大事」とも通じるはずだ。

 

徹底的に観察する。綻びがあるなら、それが自然な状態に戻るよう復元する。この原則は登山道に限らないはずだ。都市に生きる僕たちが、当たり前に利用しているコモンズとの接し方のヒントが、この原則に眠っているのかもしれない。

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EDITOR

堤 大樹
堤 大樹

26歳で自我が芽生え、なんだかんだで8歳になった。「関西にこんなメディアがあればいいのに」でANTENNAをスタート。2021年からはPORTLA/OUT OF SIGHT!!!の編集長を務める。最近ようやく自分が興味を持てる幅を自覚した。自身のバンドAmia CalvaではGt/Voを担当。

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国広 信哉

山、野外録音、辺境音楽、ノンフィクション好き。京都と長野で生きてます。

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