烏丸御池「さんさか」・元田中「WEEKENDERS COFFEE」を通して
これまでのコラムで、京都を通した珈琲との触れ合いかた、そして向き合いかたについて拙筆ながら述べてきた。まず第1回では、珈琲というのは抽出方法によって完全に別物になってしまうこと、そしてそれぞれの抽出法ごとの珈琲の美味しさを知り、自分の中で味の基準を設けることが第一歩であることを述べた。その中で特にエスプレッソについてはまた味が細分化している旨は第6回の通りである。
次に珈琲の味は、抽出方法の他に産地、焙煎具合、焙煎法によっても変わること、その簡単な違いについては第2回、第9回などで取り上げた。なお、私の焙煎法である手回し焙煎については第4回の通りである。京都で手回し焙煎といえば過去に述べた通り『王田珈琲店』などが代表格であるが、以前は浄土寺に『miepump coffee』という手回し焙煎珈琲店もあった。現在は島根県へ移転しているのだが、三条大橋の『ホホホ座三条大橋店』や北白川の『Café Wakka』でmiepump coffee独特のスモーキーな深煎焙煎珈琲をいただくことができる。特にCafé Wakkaでは、私的には日本一と言っても過言ではないプレーンスコーンと共に、蕩けるような昼下がりを是非楽しんでいただきたい。
そして第7回では世界全体の珈琲嗜好の流れであるサードウェーブ、スペシャルティコーヒーについて触れ、最新の京都の珈琲事情については第5回、第9回で取り上げた。ちなみに、現在の京都で一番ホットなサードウェーブ系の珈琲店は、2017年12月に東本願寺近くにてオープンした『Walden Woods Kyoto』であろう。最後に、カフェ巡りではなく「おうちカフェ」を楽しむ派の人は第3回・第8回で要点を述べた。私としては、端折りながらであるが、ある程度は全体的に話すべきことは話すことはできたと思っている
残念ながら、『アンテナ』での『京都珈琲案内』は今回をもって連載終了となる。これまで、このコラムを読んでいただき、少しでも参考にしていると仰っていただいている方々と共に確認していきたいことは、たったひとつ、
あなたにとっての「美味しい珈琲」とはどんな珈琲ですか?
ということである。
私が珈琲と向き合い、自分の中でその答えを導き出すことができたのは、とある2つの珈琲店との出遇いだった。
1.さんさか(烏丸御池)
烏丸御池にあったネルドリップコーヒー専門店『さんさか』
そこから先1~2年のことはあまり覚えていない。店主の木村さんはいつも淡々とカウンターの奥でネルを回していて、私はその姿を一番手前の席でぼーっと眺めながら珈琲をいただくという日々が続いた。私は基本的に人見知りなので、自分から話しかけたことも最初の方は多分あまりなかったと思う。ただ、これらの日々の間で、私ははっきりと、自分の求めるドリップコーヒーがこの珈琲であること、そしてこの珈琲をいただくだけではなく、自分で淹れられるようになりたいという想いがますます強くなっていった。
そして、通いだして2年ばかり経った頃、いつものように珈琲をいただいたあと、会計の時に勝手に私の口が動いてしまった。
「僕にネルドリップの淹れ方を教えていただけませんか」
しまった。失礼なことを言ってしまった。おずおずと木村さんの顔を伺うと、しかしながら木村さんはいたっていつもの表情だった。
「じゃ、勉強会やりましょうか」
そこから木村さんは、別に珈琲屋でもない、珈琲屋を近々開業するわけでもない、ただの素人の私に、時々勉強会を開いて、さんさか式のネルドリップ抽出法を教えてくださるようになった。
師匠には2タイプいる。一つは、指導や質問に答えることは一切せず「目で耳で盗んで覚えろ」というタイプ。そしてもう一つが、聞かれたことは何でも答え、手取り足取り教えてくれるタイプだ。木村さんは後者の師匠だ。また抽出の研究に非常に向上的な人でもある。私との集いを講習会とも講座とも言わず、勉強会と言っているのは、木村さん自身も大いに学ぼうとしている姿勢の表れだった。私自身も仮説を立てたり検証すること自体好きなので、私は自分の考えていることを臆することなく話し、また木村さんも、蒸らし方やネルの形状など、ネルドリップにかんするその時々に考えていることを包み隠さず話してくださった。そんな烏丸御池での関係が6年間ばかり続いたのである。
先ほど私は、さんさかを烏丸御池に「あった」と述べた。現在、さんさかの姿はもうない。諸事情で2018年1月末をもって閉店してしまった。木村さんは今後また別の新たな動きをするようで、木村さんの珈琲が全く飲めなくなるということはないようだが、それでも8年間の学び舎がなくなってしまうのはえも言えぬ寂しさがある。自惚れかもしれないが、私は木村さんの味を最も愛し、最も勉強し、抽出技術を最も継承している一人だと自負している。現在の自分があるのはさんさかのお蔭であるといっても過言ではない。まだ何も恩返しできていないし、恩返しする方法も分からないが、いつか必ず何らかの形で、このさんさか式ネルドリップの素晴らしさを広く伝えられる人間になりたいと思っている。そして併せて、次の新たな形で木村さんの珈琲をいただける日を心待ちにしているのである。
2.WEEKENDERS COFFEE(元田中)
WEEKENDERS COFFEEとの出遇いはさんさかよりも古い約12年前、私の通っていた大学の近くに、エスプレッソを主軸とする珈琲店としてオープンしたことがきっかけだった。それまでエスプレッソというと「苦い」「量が少なくて物足りない」という印象しかなかったが、まだ当時は珍しかったラテアートがいただけるということで、友人に連れられて興味本位で訪れた。私のバンド・閑話休題の『25インチ』MVをイメージさせる、叡山電車の踏切音がうっすらとこだまする中、西日が眩しい窓側の席で、スマートで白くぽってりしたカップで出された美しいロゼッタのラテを一口いただいたとき、これまでの先入観を全く覆す、カラメルのようなエスプレッソの甘さと香ばしさに度肝を抜かれたことを、今でも鮮明に記憶している。
それからさんさかと同様にずっと通い続けることになるのだが、前述の通り私自身人見知りするタイプであるので、おそらく通い始めてから3年近くは店主の金子さんとは一言も話さなかったと思う。でも、他のお店のエスプレッソは相も変わらず苦くて不味くて、なんでWEEKENDERS COFFEEのエスプレッソだけあんなにも美味しいのか不思議で仕方なかったし、金子さんが目の前で魔法のように次々と描くラテアートにも魅了され、いつか自分でもこんなことができるようになれれば、と次第に思うようになっていった。
そんなある時、いつものようにラテをいただき、お会計を済ませようとしたとき、レジカウンターの片隅に「ラテアート講習会を行います」という小さなチラシが遠慮がちに置かれていたのを見つけた。
「ラテアート、教えてくださるんですか?」
これが多分金子さんとの初めての会話だったと思う。
「ええ、初めての講習会なんですけど。やりますよ」
「お店の機械でやるんですか?」
「マルゾッコは使うかもしれないですけど、基本的には家庭用のマシンでやれるようにしようと思っています」
「あの、実は僕、何気にこのお店に2、3年くらい通っていまして」
金子さんは笑った。
「ええ、もちろん知っていますよ」
こうして私は、ラテアート講習会に参加することになった。その講習会は1回モノだったのだが、その1回で私はエスプレッソの魅力にどっぷり浸かってしまい、その後は質問に次ぐ質問攻め。挙句の果てには金子さんに頼み込んで、仕事の邪魔にならない時間帯で、期間限定で私に講習をしていただけるようになった。
金子さんは物静かだが、珈琲のことになると饒舌になる人だ。また、さんさかの木村さん同様、自分の知っていることは包み隠さず、手取り足取り教えてくださる人だった。WEEKENDERS COFFEEで指導を受けたのは月1回で1年間弱程度だったが、金子さんは私に珈琲の基礎知識や多様性、そして何よりエスプレッソという抽出法の魅力及びラテアートの技術について、素人には勿体ないくらいに教えていただいた。
私が通い始めた頃のWEEKENDERS COFFEEはまだランチ営業をしていて、自家焙煎もしていなかったが、今や元田中と三条富小路にて、京都を代表する自家焙煎珈琲店となっている。金子さんも焙煎の仕事がこれまで以上に忙しくなり、ゆっくりお話しできる機会が減ってしまったが、自宅で大事なエスプレッソを淹れる際は必ずWEEKENDERS COFFEEのエスプレッソブレンドを元田中へ買いに行くし、このエスプレッソをいただくたびに、原点に帰ったような気持ちになるのである。
自分にとっての美味しい珈琲とは何か。私の場合は、珈琲の抽出法の違いへの興味をとっかかりとして、様々な珈琲を飲み歩いたうえで、特にネルドリップとエスプレッソの旨味に感動を覚えた。そして自分でも美味しく抽出できるようになりたいと思い、抽出法をプロに学んで勉強し、特にネルドリップに至っては、終いには自分の抽出法に合う珈琲豆を自分で焼き始め、販売をするまでになってしまった。
しかし、そのとっかかりが珈琲にかんするどの要素で見つかるかは人それぞれだ。少なくとも共通して言えるのが、その珈琲をいただいて一息ついた瞬間、今までとは何かが違うような感覚が生まれる、ということは確かである。そして繰り返し伝えてきたことだが、そんな珈琲の店、空間、雰囲気、機会、味、店主が、この京都には多種多様に存在する。このコラムを読んでくださった方々が、そうした素晴らしい瞬間に京都で出遇うことを願って、この『京都珈琲案内』の結びに代えさせていただく。私は閑話休題というバンドで京都を中心に音楽活動をしているので、また京都のどこかでお会いできる日まで。そしてもしかすると、あなたの立ち寄った京都の珈琲店の片隅で、いつもの通りぼんやりしながら珈琲を嗜んでいるかもしれない。
最後に、このコラムを連載するきっかけを与えてくださり、約2年もの間、拙い執筆の面倒を診てくださった副編集長の岡安さんはじめ、『アンテナ』のみなさまには心から御礼申し上げたい。
ホホホ座三条大橋店
住所 京都府京都市中京区木屋町通三条下ル石屋町126-1
営業時間 11:30~19:00
定休日 月曜日
Café Wakka
住所 京都府京都市左京区田中東高原町3-5 アトリエRay 2F
営業時間 9:00~18:00(L.O.17:00)
定休日 水・木 ・金 + 不定休あり
Walden Woods Kyoto
住所 京都府京都市下京区栄町508-1
営業時間 9:00~19:00
【おしらせ】
このたび、私がうたっております「ベースとガットギターとうた」のアコースティックバンド「閑話休題」が、約3年ぶりに西院ミュージックフェスに出演することになりました。入場無料です。新体制となった閑話休題をご覧にぜひお越しいただければと思いますのでよろしくお願いいたします。
閑話休題出演
会場:Live Spot NASHVILLE
時間:15:00~
西院フェスの詳細は下記より
https://portla-mag.com/post-20315/