パリの今の文化をお伝えするこのコラム、今回扱うのは「学生運動」。
ちょっと驚かれる方もいらっしゃるだろう。
というのも、日本で学生運動というと、1960年代から70年代初頭にかけての安保闘争や全共闘運動における暴力事件がすぐさま想起される。そして、機動隊との衝突、過激派たちの内ゲバといった負のイメージが付きまとい、多くの人々から無為な闘争にすぎないと考えられている。パリの「文化」を伝えるはずのこのコラムが、暴力闘争を扱うなんて、という声が聞こえてきそうだ。
しかし、フランスにおいて学生運動はポジティブに捉えられているし、音楽、文学、美術などの各分野に影響を与え続けているのだ。今回はこうした事情をお伝えしよう。
反大学制度改革
2018年、フランス全土で学生運動が勃発している。機動隊、火炎瓶、バリケードといった光景がいま現在、新聞の紙面にのぼっているのだ。
これまでにも、フランスでは学生や市民による抗議活動はたびたび起きていたし、デモやストは日常茶飯事といっていいのだが、今年は2点で事情が違っている。1.マクロン大統領による大学入試改革が行われようとしていること、そして、2.今年があの「1968年」の50周年という記念碑的な1年であることだ。
1.マクロンの大学入試改革
マクロンの政策はいたってシンプルで、高校時代の成績などを加味して、大学入学に選抜を認めようとするものだ。日本と違って基本的にはすべての大学が国立であるフランスにおいて、高校卒業資格試験(バカロレア)以外に共通試験はなく、これまで学生はみずからが希望した大学に必ず入れた(医学大学や政治大学などの例外を除く)。もちろんそうして入学したあと、各学年の進級試験や出席課題などによって実質的な選抜はあるし、卒業できる者は日本に比べてかなり少ないが、建前上、教育機会の平等という基本理念は貫かれていた。今回の政策によってこうした理念が崩されるのではないかという懸念が今年の学生運動の動機であった。
2.1968年から50年
このことはちょうど50年前、1968年のフランス学生運動と密接に関係している。日本と時期を同じくして、戦後フランスでも学生運動が活発化した。1968年5月に起きた学生運動、通称「五月革命」である。ナンテール大学の学生、ダニエル・コーン=ベンディットらによる大学システムへの抗議活動が飛び火し、最終的には文化人、労働者たちを含めた一般市民の大きな民主化要求運動となった。
要求内容は複合的で、市民たちは「学部の統廃合による大学再編反対」、「労働環境改善」、「ベトナム反戦」など様々な動機でこの運動に参加していたという。当時のフランス第一党による大きな方針転換こそなかったものの、この運動が契機となって、大学自治の拡大、労働争議の本格化、自由恋愛など新しい価値観の浸透といった影響がもたらされた。今年はその50周年であることも相まって、学生運動を加速させている。
さて、現在においてもフランス人たちはこの運動に肯定的である。『ヌーヴォー・マガジン・リテレール』誌が5月2日に報じたところによると、79%ものフランス人が1968年が遺した影響を肯定的に捉えている。もちろん数字がすべてではないにせよ、日本との捉え方の差は顕著である。
文化としての学生運動
では、こうした運動がいかにして文化と結びつくのだろうか。文学、音楽、美術にわけて説明しよう。
1.文学
凝り固まった教授権力と大学組織に対する抗議がこの運動の発端であったのだから、その外にいた文学者たちはこぞってこれを批判した。たとえばサルトルである。実存主義という言葉とともに世界中で読まれていた哲学者・作家である彼もまた「大学の外」の人間として、学生たちと一緒になってデモ行進に参加した文学者の一人だ。ほかにも、モーリス・ブランショ、マルグリット・デュラスら数多くの作家がこの運動に加わっている。今年2018年に際しては、アラン・バディウ、ジャン=クリストフ・バイイらが本を書いているし、今後もこうした動きはしばらく続きそうだ。
2.音楽
数多くの音楽、とりわけフォークミュージックも学生運動の影響下に作られた。フランスではたとえばレオ・フェレ、ジャン=ミシェル・キャラデック、ジャン・フェラ、ジョルジュ・ムスタキ、フランソワ・ベランジェ、ルノーなどが68年の運動を受けて曲を作っている。
3.美術
美術に関して言えば、とくに芸術家たちの描いた「ポスター」や「落書き」に注目すべきだろう。パリのエコール・デ・ボザールでは「68年5月のビラ」展が行われ、多数の入場者が来場した。さらに言えば、2018年にはかつてなかったタギングないしグラフィティといった形でのアート活動も盛んである。
おわりに
もちろん歴史的風土の違いは無視できない。革命によって形成された(と今でも信じられている)フランス共和国と、西洋化の流れのなかで受動的に民主化していった日本とでは大きな差があるだろう。また、今回の大学入試制度改革に対する賛否はくっきりと分かれていて、どちらが正しいかすぐさま判断できるものではない。だが、冷笑主義ではなく、真摯に対話を求める行動それ自体は、風土や文化の垣根を越えて影響を伝播させていくのではないだろうか。
最後にムスタキ「生きる時」の歌詞を引用しておく。
「お聞きなさい、5月の壁の上で言葉が震えている/いつかすべてが変わると信じながら」。
今回の運動は何を変えるだろうか。