きょう、つくる人 第3回 – ayako.ceramics・小川文子

きょう、つくる人 第3回 – ayako.ceramics・小川文子

きょう、つくる人 第3回 – ayako.ceramics・小川文子

夜明け前の静寂、清らかさを湛えた水面、冬の澄み切った空気……淡いコバルトブルーを基調とした作品からは、さまざまな情景が浮かんできます。第3回『きょう、つくる人』では、陶芸家の小川文子さんにインタビュー。ライフスタイルブランド『ayako.ceramics』で陶器アクセサリーを生み出す彼女のルーツや制作過程、新しく開設するスタジオの話など、幅広く聞きしました。

 

土や釉薬(ゆうやく)※を窯で焼くことで変化する材質感や色味。小川さんはそれら 「素材感」 を引き立たせるために、デザインや技法、異素材との組み合わせを模索しているという。素材をいとおしむ気持ちが宿った作風は、彼女の清廉かつ朗らかな人柄に通じているようです。そんな小川さんの作品には、自分らしく自然体に生きるヒントが添えられているのかもしれません。

※釉薬:素焼きされた陶磁器の表面に塗る薬品、うわぐすり。加熱するとガラス質となり、液体の浸透を防ぎ、美しい光沢を出す。

ayako.ceramics 小川文子

 

 

アクセサリーを中心としたライフスタイルブランドです。テーマは「再発見する陶磁の魅力と素材感」釉薬の潤いある色味や、陶磁の肌の材質感に着目したアクセサリーを制作。オリジナルの陶芸パーツにガラス等の異素材をバランス配置した、素材感が響き合うシンプルながらも味わい深いベーシックアイテムを提案します。

 

京都精華大学陶芸コース卒業
京都市立芸術大学美術研究科陶磁器専攻修了
大学院卒業後、ayako.ceramicsとしてブランドを立ち上げ、陶磁器の色味や材質感など素材としての魅力を落とし込んだシンプルで使いやすいアクセサリーを制作。食に貪欲な陶芸家。努めてエンゲル係数を高めていくスタイル。

 

HP:http://ayako-ceramics.com/

Online store:https://aceramics.official.ec/

note:https://note.com/ayako_ceramics

Instagram:https://www.instagram.com/ayako.ceramics/

ものづくりの原点は料理、そして陶芸の道へ

──

まず小川さんのルーツについてお伺いできますでしょうか。

小川文子さん(以下、小川)

父は会社員、母はパートをしているような一般家庭に生まれ、三人兄弟の長女として育ちました。美術は好きだったけど、親族に陶芸家がいたわけでもなく、家族で美術館に行くこともあまりなかったですね。

──

ではこれまでどんなカルチャーに触れて育ち、それがどのように陶芸につながりましたか。

小川

小さな頃から家族で料理をすることが好きで、それが今の陶芸につながっています。料理では素材を組み合わせたり、混ぜたり、練ったりと実験的な面白さがあって、料理を通じてものをつくる・手を動かすことが好きになりました。

──

きっかけは料理だったんですね!ちなみに、初めて陶芸に触れたのはいつ頃ですか?

小川

中学校2年生の時、美術・工芸コースのある高校のオープンスクールに参加し、初めてろくろを触りました。それまで図画工作の授業などで粘土に触ったことはあったけど、陶芸の土はすごくツルツルしていて「まだ知らない触り心地があったんだ!」と驚いたことを覚えています。

 

『ayako.ceramics』の陶器アクセサリー

 

──

そのまま美術系の高校に進学されたそうですが、入学時点で、将来陶芸家になることを決めていたんですか?

小川

入学時点では陶芸家になろうと決めていたわけではありませんでした。いろんな分野を体験して最終的に一つの分野に絞るカリキュラムだったので、入学してからだんだん陶芸の道を志すようになりましたね。

──

大学でも陶芸を続けて、大学院では窯で焼く工程の焼成(しょうせい)※について研究されたと聞きました。

小川

一般的に陶芸というと、お皿をつくったり花瓶に絵付けをしたりと“技術的な動作”がイメージされやすいと思います。しかし、美術大学や芸術大学で研究を行う陶芸科では、なにかしらの哲学をもとに粘土でものをつくること・焼くことを極めていきます。アカデミックな陶芸は、工芸とアートの中間でさまよっているような……。

※焼成:陶磁器などのセラミックスを製造する中で、最後に行われる高温加熱工程のこと。

──

そのアカデミックな陶芸とは……。

小川

ものをつくることは大前提ですが、アカデミックな陶芸はその一歩先の、工芸でありながらアートであることを目指していると思います。元々、陶芸とは縄文時代から土器をつくる技術として発展してきましたが、戦後に『現代陶芸』が生まれました。陶芸をオブジェなどのアートに転換しようとする動きで、私が師事した大学の先生はその影響を受けた方々で。その中でも焼成や素材について研究することは、画家が絵を描くのではなく絵具や筆を研究するというイメージが近いですね。

──

素材や道具、技法に焦点をあて、新しい表現を追究するということでしょうか。

小川

そうですね。大学でアカデミックな陶芸の影響を受けたから、私は現在も素材に興味があって、「再発見する陶磁の魅力と素材感」をテーマに作品をつくっています。

アクセサリーを通して素材感の良さを伝えたい

 

クリアグラスを用いたシリーズ『glaze series』

 

──

小川さんにとって陶芸の素材や焼成の魅力とはどんなものですか?

小川

シンプルに、焼く前と焼いた後の表情が違うところですね。例えば窯に入れる前のトルコ釉なんかは粉っぽくて白いものですが、焼くと化学変化によって真っ青に発色するんです。焼いた後の色を想像しながら釉薬の分厚さを変えたり、温度を調整したりする過程が楽しいですね。

──

釉薬の塗り方や窯の温度で作品の表情はどのくらい変わりますか?

小川

釉薬の配合を変えたら色が変わるというのは想像しやすいと思いますが、同じ配合でも塗る分厚さが違うだけで結晶のでき方が変わります。窯の温度は1230度くらいに設定していますが、1225度にするだけでもかなり変わるんです。想像したとおりに焼けた時はもちろん嬉しいけど、そうでなくても新しい表情の作品が生まれることもあるので、何回焼いてもわくわくしますね。

──

わずかな違いで作品の表情が変わるのですね。大学院を卒業後は、器から陶器アクセサリーづくりに活動を広げたそうですが、なぜアクセサリーを作ろうと思われたんですか?

小川

陶芸家のつくった器を買い求める人の多くはすでに陶芸に興味を持っていますが、「どうしたら陶芸をよく知らない人にも興味をもってもらえるだろう」と考えるようになって、陶芸の間口を広げるためにアクセサリーの制作を始めました。当初は作品を見た方から「これ何でできているの?」と聞かれることが多かったんですが、少しずつ陶器アクセサリーの作家も増え、「焼き物アクセサリーだ!」と声をかけてくれる方も増えて浸透してきたと思います。

──

小川さんは、どんな思いでアクセサリーをつくっていますか?

小川

身につける人の雰囲気を邪魔せず寄り添ってくれるような、日常でもフォーマルでも使えるアクセサリーを目指しています。一つ嬉しかったエピソードがあって。知人の結婚式が開かれた時に、参列者のうちの数人が私のアクセサリーを身につけていたそうです。私の作品に限らず陶芸の素材には 「素材そのものが持つ説得力」があると思っています。その説得力というか、魅力をいろんな人が感じてくれて、その結果、結婚式でも身につけたいと思ってくれたことが嬉しかったです。

 

陶器のパーツ、窯で焼くことで釉薬が青色に発色する。

 

──

身につける人にも素材にも寄り添う小川さんの作品だからこそ、そのようなエピソードが生まれたんだなと思います。ちなみに、「素材が持つ説得力」とはどのようなものでしょうか。

小川

陶芸は縄文時代から人間の近くにあったものだから安心感があるというか、ふと目にするだけで「いいな」という気持ちにさせてくれる力があって、それが 「素材が持つ説得力」 だと思います。

──

ではその 「素材が持つ説得力」 を引き立たせるために工夫していることはありますか?

小川

材質感や色味などの素材感をなるべく邪魔しないデザインを心がけています。例えば猫や星の形をした作品をつくろうと思ってデザインをするのではなく、素材のもともとの形や表情から着想を得てデザインをしていますね。アクセサリーをつくるようになってから、素材感をより一層大事にするようになりました。

 

すりガラスを用いた『ビジューシリーズ』

 

──

陶器と異素材を組み合わせたアクセサリーも制作しているそうですが、どのようなきっかけではじめられたんですか。

小川

きっかけは、すりガラスのパーツと陶器を組み合わせた『ビジューシリーズ』ですね。自分がつくった陶器のパーツだけでは陶芸の魅力が伝えきれないと思って模索した時に、インテリアに使われるようなすりガラスのパーツに出会いました。それらを組み合わせた時に、お互いの表情が引き立つような感覚があったんです。

──

おぉ、素材の表情が引き立つような感覚とはとても興味深いです。

小川

やっぱり私はアクセサリーをつくりたいわけではなく、アクセサリーを通して「この素材感っていいよね」と伝えたいんだなと。手芸屋さんではいろんな形のアクセサリーパーツが売っていますが、本来ならアクセサリーのパーツではない、例えばホームセンターに売っているような木片などを加工してパーツをつくっています。

 

あえて割ったパーツを金継ぎで組み合わせたシリーズ

 

──

異素材でいうと、最近は金継ぎの作品にも挑戦されているそうですね。

小川

陶器のつや感と金属の光沢を組み合わせたらかっこいいし、割れたものをくっつけること自体をデザインに取り入れたいと思って。以前にも割ったパーツをずらして金継ぎでつないだ作品をつくったことがありました。その時は、金継ぎの素材は陶器と金属で、陶器に金属を組み合わせたものという認識でしたが、今回改めて学んでみると、金継ぎは「漆の仕事」 なんだなと実感しました。

──

漆の仕事……、漆の特性や素材感を理解できたということでしょうか。

小川

金継ぎって、金で溶接してると思ってる方も多いかもしれませんが、実は違います。欠けたところを埋めるときも、割れをくっつけるのも、塗りに使うのも、ほんとうは全部漆なんです。金を使うのは一番最後の仕上げ、上塗りした漆が乾く直前に装飾として蒔きます。だから漆の仕事なんだなあって思いました。漆のことをもっと学んで、理解した上で自分の作品に使わないとって思います。
それから金継ぎって金色のイメージですが、装飾には銀や錫も使われるんです。それらを使ったアクセサリーのシリーズもつくってみたいですね。

釉薬をアクセサリーにすることで見つけた「細部を見る効果」

──

では、小川さんが陶芸に使われている釉薬とはどのようなものでしょうか。

小川

釉薬って粉末状の原料を何種類も調合して、色や溶け方を調整します。自分で調合する人もいるんですが、私はメーカーが調合してくれた市販品を使っています。市販品でも塗り方や焼き方で表情が無限に変わるのでじゅうぶん面白いんです。たまに、色味や溶け方を自分のイメージに合わせるために、釉薬に成分を足してアレンジをすることもあります。ケーキミックスを買ってきて、自分でチョコチップを入れるような感じです。

 

『glaze series』プロング

 

──

なるほど、お料理に例えるとイメージしやすいです(笑)釉薬は陶器に塗るものですが、小川さんは釉薬自体を焼き固めた作品もつくっているんですね。

小川

そうですね、釉薬を粉末のまま焼いたパーツを作成しています。釉薬にはガラスや石の粉が入っているので、粉ごと焼くとカサが減って固まります。砂糖を直接火にかけたら、砂糖自体が溶けて水あめ状になって固まる感じですね。焼いたものを細かく砕いたものがそのままパーツになります。

 

釉薬を窯で焼き固めたもの(左)とそれを砕いてパーツにしたもの(右)

 

──

色が本当にキレイですね。コバルトブルーというのでしょうか。この技法はどうやって生まれたんですか?

小川

私とは在学期間が被っていませんが、大学の先輩で「釉薬だけを焼くことも陶芸じゃないのか」と考えて、大きなオブジェを作成した方がいらっしゃったんです。大学で大きいサイズの作品をつくること自体は全然珍しくないんですが、先輩の作品はつくり方が珍しかった。普通なら粘土で形をつくってその装飾として表面に釉薬を塗るところを、その先輩は作品そのものを、作品全体を釉薬だけでつくったんです。
その発想が面白くてずっと心に残っていて。もし自分のアクセサリーに取り入れたらどうなるかなと思って生まれたのが『glaze series』です。“glaze”は英語で“釉薬”って意味で、ドーナツのシュガーグレーズのようにとろりと掛かったという意味から転じて“釉薬”を表しているそうです。

──

先輩のオブジェからインスピレーションを受けたアイデアをアクセサリーに転換したんですね。ご自身でつくってみていかがでしたか?

小川

先輩の作品は、窯の中で 「釉薬が溶けて流れた動き」 からダイナミックさを表現していましたが、私のアクセサリーでは 「細部を見る効果」 が生まれることに気づいたんです。

──

細部を見る効果というのは。

小川

小さなアクセサリーの中に、釉薬が溶けて固まった結晶が詰まっていて、表面が薄い部分には光が入って色合いが変化したり、水に濡れると違う材質感が生まれたり……。そんな釉薬の細かい変化を見つけることができました。釉薬を焼いて固めるという同じ方法でも、オブジェとアクセサリーで表現するものや伝えるものがかなり違うんだなと。

 

『glaze series』プロング

 

──

無限に広がりますね。その気づきから、作品にさらに新しい変化が生まれたり?

小川

そうですね、『glaze series』のカラーはコバルトブルーだけですが、お客さんの要望から他の色にもチャレンジしたことがありました。色を変えるためには粉の調合を変えますが、実際やってみると色だけでなく釉薬の溶け方や結晶のでき方、材質感まで変わってしまいました。そこで、「私が大事にしたいのは、色のバリエーションではなく材質感だ!」と気づいて、それ以来、『glaze series』はコバルトブルーだけを制作しています。

身の回りのものがどのように作られたか、想像できる人生は豊かで楽しい

──

2019年の秋に京都から滋賀に引越しをして、現在はスタジオの開設準備中とのことですが、そこではどんな取り組みをする予定ですか?

小川

一つは陶芸の土に触れるワークショップを考えています。また、滋賀には豊かなライフスタイルを送るために、料理や焼き菓子などをつくって生業にしている人がたくさん暮らしていて。その人たちがつくった食べものを私の器に盛り付けるクラスもできたらいいなと思っています。

──

食分野の方とのコラボでもっと広がりそうですね。スタジオでのクラスを通じてどんなことを伝えたいですか?

小川

“モノ”がどんな素材で、どんな方法でつくられているのかを想像する楽しさを伝えたいですね。普段、私たちがお店で手にする商品の多くは既製品ですが、それがどんな場所で・どんな方法でつくられたのか想像できる人生は豊かで楽しいと思います。私のnoteInstagramでも自分の作品の制作ストーリーを発信していて、新しいスタジオでもどのように作品を生み出しているかを知ってもらうことで、身近なものの背景にも意識が向くんじゃないかと。

──

身の回りのものに対する視点を変えるきっかけづくりですね。身の回りといえば、個人的に、ブランド名に“ライフスタイル”という単語が入っている点も気になっていて。現在、アクセサリーを中心につくられていますが、今後チャレンジしたいことはありますか?

小川

そうですね。「陶芸の間口を広げたい」という思いから2017年にブランドを立ち上げましたが、最近では陶器アクセサリーの作家が増えて、当初の思いが叶ってきたので再び器もつくりたくなってきました。陶芸は生活に密着しているものだから、自分が気になる分野にも枠を広げて、どんどんチャレンジしたいと思っていて。“ライフスタイルブランド”にはそんな展望も込めています。最近、学び直している金継ぎもその一つです。他にも指輪の金具部品を制作する過程に興味があって、彫金とか溶接とかにチャレンジしてみたいですね。

──

やってみると、さらに興味の幅が広がりそうですね。

小川

そうですね。あとは陶芸じゃないけど、スパイスも自在に扱えるようになりたくて、食分野の方とコラボする中で私も一緒に学びたいですね。

──

それはとても楽しそうです!料理もすごくお好きなのが伝わってきます。

小川

やっぱり、料理も実験的な感じがするから好きなのかな。いや、単純に食べることが好きなだけかも。最近、noteSNSの自己紹介文を“食に貪欲な陶芸家 努めてエンゲル係数を高めていくスタイル”に変えたばかりで。

──

おぉ、エンゲル係数!陶芸を通じて食生活を豊かにするスタイル、とても素敵ですね。これからの作品も楽しみにしています。

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EDITOR

乾 和代
乾 和代

奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。好きなものは、くじらとベース。

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