色んな視点を横断しながらつくる。MARCA BREWINGの “自己完結型のものづくり” とは

色んな視点を横断しながらつくる。MARCA BREWINGの “自己完結型のものづくり” とは

色んな視点を横断しながらつくる。MARCA BREWINGの “自己完結型のものづくり” とは

「クラフトビールはブームを超えて、アートの領域に達しつつある」

愛好家たちの間でそんな言葉がささやかれるようになったのはつい最近のことだ。土地の素材や環境と向き合いながら、自分のつくりたい味を追求する。たしかにその様相には芸術性が宿っているのかもしれない。

アートといえば一点ものの作品が多い中で、クラフトビールは1回の醸造で数百リットルつくられた後、飲食店や小売店を通じてある程度大きい市場で消費される。クラフトビールの定義に「小規模であること」が挙げられるが、産業として、文化として発展するためには “ある程度大きい市場” とつながりながら、自らを変化させ続ける必要があるのではないだろうか。ブルワーたちはそんな市場に対してどのように向き合っているのだろう。その答えを探るために、MARCA BREWING・神谷みずきさんにお話を伺った。


1から10までつくる “自己完結型のものづくり”

神谷さんがMARCA BREWING(以下、MARCA)を立ち上げたのは2015年のこと。スタートからわずか3年後には、インターナショナル・ビアカップ2018において『ダブルコーヒーアンバー』で金賞を獲得。その後もおいしさと高い品質、幅広いラインアップでファンを増やしてきた。

 

そんなMARCAの足跡を辿る中で惹かれたのは、神谷さんが1から10までつくる ‟自己完結型のものづくり” を求めてブルワーに転身したことだ。一部分だけでなく全体を手がけたいという気持ちは、なんとなく共感できる。私自身も学生時代にビールの醸造所でバイトをしていたことがあるが、新しいビールを考案して自ら仕込む楽しさを語っていたオーナーの姿は今でも忘れられない。そんな個人的な経験から、神谷さんは、自分の理想を実現する、ただその一心でビールをつくっているのではないかと思っていた。

神谷みずきプロフィール

武蔵野美術大学卒業後、トヨタ自動車とダイハツ工業で車のデザインを手がける。海外出張の多いパートナーの影響でクラフトビールにハマり、2015年4月にMARCA BREWINGを立ち上げて大阪の堀江エリアに醸造所兼ビアバーをオープン。その後、生産量の増加に伴い、ビアバーを閉鎖して醸造スペースを拡大。2020年1月からは大正エリアの複合施設〈TUGBOAT TAISHO(タグボート大正)〉内で〈Beer stand MARCA〉も運営している。

 

HP:http://beermarca.com/
Instagram:https://www.instagram.com/beer_marca/

ビールだったら、やりたいことを一人で全部できると思った

美術大学で工業デザインを学び、カーデザイナーとしてのキャリアを持つ神谷さん。小さな頃から絵を描くことが好きで、同時にハマったのが、1つのデザインを複製できる家庭用の簡易印刷器『プリントゴッコ』だった。1つの設計から同じものを大量に生産する、メーカー視点のものづくりに興味を抱くようになったという。

 

カーデザイナーの仕事にはやりがいを感じていたが、次第に大きな組織の中でものづくりの一部を担うことに違和感を持つようになった。ちょうどその頃、海外出張の多いパートナーの影響でクラフトビールにハマり、自宅にドイツビールの5リットル樽を常備していたそうだ。そんな時に、神谷さんはふと思った。

 

「素材をえらぶところから、自分でつくって、商品を販売するところまで、すべての楽しさを味わいたいと思ったんです。ビールだったら、やりたいことを一人で全部できそうだった。飲んだら楽しくなっちゃうし、耐久消費財じゃないから形に残らずゴミにもなりにくい。そんなところに惹かれて、ビールをつくってみようかなって」

ブルワーの中には他の醸造所で修業してから独立する人が多い中で、神谷さんはカーデザイナーとして働きながらビールづくりのいろはを学び、2015年にMARCAを開業。内装や設備も自分で設計して、醸造スペースとビアバーをオープンさせた。

 

MARCAの創業話から伝わってくるのは、「ものをつくりたい」という純粋かつゆるぎない意志だ。それは、MARCAの澄み切った味にも通じている。

“自前の市場” とデザイナーの知見が、経営者の視点を育んだ

しかし、いざスタートしてみると、大きな壁にぶつかってしまったそうだ。

 

「カーデザイナーの経験から何かを企画することも、つくることもできたんです。でも、自分でものを売ったことがなかったので、最初は営業や販売方法が分からなくて大変でした」

 

序盤のピンチを支えてくれたのは、醸造所の周辺にある飲食店、つまり “ある程度大きな市場” だった。MARCAがあるのは大阪の中心、難波や心斎橋にほど近いエリア。周辺にある飲食店同士の結びつきも強く、人伝いで取引先が増えていったという。

 

さらに、MARCAの経営基盤を築く中で、醸造所内のビアバーも大きく作用した。

 

「まず、ビールをつくる最初のステップとして、日々どれくらいの量をつくったらいいのか把握する必要がありました。そのために、ビアバーが “自前の市場” として機能したんです」

 

市場からどのように求められるか、市場に対して自分はどのように向き合うべきか。神谷さんは “自前の市場” を持ちながら “ある程度大きな市場” とつながることで、MARCAの基盤をつくっていったのだ。

 

その後、高まる需要にこたえるべく、ビアバーを閉鎖して醸造スペースを拡大。2020年には大正エリアにある複合施設〈TUG BOAT〉にビアスタンドを出店した。そんなMARCAとして第二フェーズに乗り出そうとした矢先に、新型コロナウイルスが流行。飲食店の休業に伴い、樽の需要が減少。その過程は一筋縄ではいかなかったはずだが、様々な外部の変化に合わせて、MARCA自身も瓶の製造を開始した。

この舵取りには、本当に必要な要素だけを見極める、神谷さんのデザイナーの知見が活かされたのかもしれない。その予感は瓶のデザインについて話してもらった時に確信に変わった。

 

「デザインをしていると、本当に必要な要素以外はじゃんじゃん省きたくなるんです。瓶で表現できるのは、商品の名前と首のラベルくらい。最低限、間違えないようにするために(商品の)名前は書いておかないといけないし、商品ごとに首のラベルの色を変えたら箱に詰めてもどの商品か一目で分かりますよね」

 

市場や社会の変化を前にしても、その時その時に本当に必要な要素を見極めて実行に移す。そんな神谷さんの経営者の視点は、デザイナーの知見と市場に向き合う中で育まれたのだ。

プロダクトアウトとマーケットインの合間に、自分の本当につくりたいものを挟む

現在、MARCAの商品は、飲食店などから委託を受けて醸造するものとオリジナルで醸造するものの2パターンにわかれる。それらに何か違いはあるのだろうか。

 

「あんまりないですね。実際、委託醸造からうちのレギュラーになった商品もあります。依頼してくださる方も1人ですべてを飲み切るわけではなく、さらにそのお客様に売らないといけない。それなら委託でもオリジナルでも、ある程度合意が取れる味じゃないといけないですよね」

 

自分の理想と(他者と)合意が取れる味。それらの関係は、作り手がつくりたいものをつくるプロダクトアウトと、市場のニーズにあったものをつくるマーケットインに置き換えられる。 “自己完結型のものづくり” という言葉から、MARCAのものづくりはプロダクトアウトに近いのではないかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。

 

「私たちも市場も変化するので、プロダクトアウトとマーケットイン両方の要素が重要になるんじゃないかと。コロナ禍で瓶ビールの販売を始めて、ここ2年はマーケットインの気持ちが強かったかもしれませんが、これまでアプローチできていなかった小売店や酒販店まで顧客層を拡げることができました。その売れ行きから、どんな人でも楽しめるレギュラー商品を固めていきましたね。そんなふうに色んな動きを見ながら変化させつつ、その合間に自分が本当につくりたいのを挟むようにしています」

一番左が『MAITAKE BRUT IPA』

「自分が本当につくりたいものとは?」と疑問を投げかけると、神谷さんは1本の瓶を出してくれた。ラベルには『MAITAKE BRUT IPA』の文字が。MAITAKE……マイタケ?

 

「どんな味なのかイメージしにくい上に、BRUT IPA自体もメジャーなスタイルではないので万人受けする商品ではないんですが……。これはマイタケが好きという気持ちから生まれた商品ですね。実は、マイタケにはタンパク質を分解する面白い酵素があるんです。その酵素がビールの仕込工程に使えるじゃんって気づいて!以前からBRUT IPAをつくりたいとも思っていたので、色んなアイデアをまとめて、自分が本当においしいと思うであろう『MAITAKE BRUT IPA』をつくりました」

 

聞けば聞くほど、どんな味なのか気になってくる。同時に、“思うであろう” という表現から、理想を実現するために色んな可能性を模索した過程が垣間見えた。好奇心やアイデア、素材が持つ機能。それらの組み合わせの妙から、神谷さんの本当につくりたいビールが生まれているようだ。

作り手の視点と経営者の視点から、最大公約数を見出す

では、仕上がりが理想からズレてしまった時はどうするのだろう。

 

「基本的にビールの品質は、オフフレーバー(雑味)の有無で決まるんです。もちろん、雑味はない方がいいので、それを出さないために必要なセオリーを実践しながら、発酵過程では毎日数値をチェックする。そうすれば基準以上のクオリティは保たれるので、狙いからズレたとしても十分おいしく仕上がります。そもそも、初回で狙った通りの味に仕上がること自体がそんなに多くなくて、ほとんどの場合はレシピを細かく変更しながら理想の味に近づけていきます。そんなふうに1回形にして何度も推敲を重ねる作業は、どんな仕事にも共通していますよね」

 

最後の言葉を受けて、なんだかドキッとしてしまった。クラフトビールに対して、アート作品のように一点ものというイメージを抱いていたからだ。自分の理想を追求する作り手の視点と市場のニーズに応える経営者の視点。それらを横断しながら最大公約数を見出すことこそ、MARCAとして “自己完結型のものづくり” を貫く秘訣ではないだろうか。

 

クラフトでもなく、工業でもなく、小規模でもなく、大規模でもなく。マーケットインにもプロダクトアウトにも偏りすぎず、色んな領域の間で、ほどよく、ちょうどよくバランスを保つこと。そんな神谷さんの姿勢には他者に振り回されず、主体的に生きるヒントが隠れているのかもしれない。

“自己完結型のものづくり” の中でつくり続ける

オンラインショップで販売することも、SNSを通じて情報発信をすることも可能になった今、強い販売力や発信力を持った作り手にスポットが当たりやすくなった。しかし、見えない市場にふり回されると、自分が本当につくりたいものを見失うこともあるだろう。そんな時に ”自己完結型のものづくり” が基軸となって、作り手のバランスを保ってくれるはずだ。神谷さんにとってのつくるよろこびとは、その基軸をもとにつくり続けることなのかもしれない。

 

そして、神谷さんの言葉は、主体的な生き方を求める誰かの意志を醸していくはずだ。それは、酵母がおいしいビールを醸すかのように、じっくりと。

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EDITOR

橋本 嘉子
橋本 嘉子

映画と本、食べることと誰かと楽しくお酒を飲むことが好き。

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PHOTOGRAPHER

堤 大樹
堤 大樹

26歳で自我が芽生え、なんだかんだで8歳になった。「関西にこんなメディアがあればいいのに」でANTENNAをスタート。2021年からはPORTLA/OUT OF SIGHT!!!の編集長を務める。最近ようやく自分が興味を持てる幅を自覚した。自身のバンドAmia CalvaではGt/Voを担当。

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