【旅行気分 Vol.1】『奈良へ』で時空をトリップする

【旅行気分 Vol.1】『奈良へ』で時空をトリップする

【旅行気分 Vol.1】『奈良へ』で時空をトリップする

時間と場所を超えるような本や映画に出会えたとき、読んでよかったなと思えます。旅行に行けない今、せめて読書や映画といったカルチャーで旅行気分を味わってみませんか。


今回ご紹介するのは、大山海の漫画『奈良へ』(リイド社)。場所だけでなく時空も超えるような読後感に、どこにも行かなくてもとても長い旅をしたような気持ちになります。2021年8月29日(日)に奈良の無人書店〈ふうせんかずら〉で開催されたトークショーでの発言も織り交ぜながら、『奈良へ』の魅力に迫ってみることにしました。

『奈良へ』

 

 

売れない漫画家、マイルドヤンキー、パンクス、やる気のない野球部員、冒険のパーティーからそこはかとなくハブられている航海士、街頭で奈良の崩壊を訴える謎の男……古都奈良で繰り広げられる青春群像劇。「これは途轍もない傑作」と作家の町田康も絶賛。トーチで連載中から話題となった若き無頼派が到達した”リアリズム漫画”の最前線。

奈良の空気を感じさせる絵

タイトル通り、漫画の舞台は奈良。各章タイトルには西大寺、東大寺、法隆寺、唐招提寺、飛鳥寺、興福寺、ドリームランド、平城宮跡、猿沢池と奈良の名所・旧跡の名前が連なる。寺巡りかと思いながら読み進めていくと、いい意味で裏切られる。

 

一話目「西大寺」では、著者がモデルかと思われる主人公の一人である漫画家・小山が編集者にダメだしされ、辛くなり急に奈良に帰省することを思い立つところから始まる。旧知の友人に会いに行き、流れで動画配信を手伝うことに。撮影場所の平城宮跡に撮影メンバーの三人がたたずんでいるコマに、あっと声をあげた。これぞ奈良という感じがありありと出ているのだ。

 

初めて奈良に行ったとき、驚いたのは平城宮跡だった。近鉄西大寺駅と新大宮駅の間に広がるだだっぴろい空間。そこはかつて平城宮があったところだ。関西圏から奈良に行く場合、JRか近鉄を利用するが、ここを通過するかどうかで奈良の印象はまったく違う。それまで車窓から普通の街並みを眺めていたのが、いきなり何もない空間の中に、再現された派手な大極殿が現れる。平城宮跡が現れた瞬間いきなり時空が歪んで、どこにいるのかよくわからないような感覚になる。この時空が歪む感じが絵で表現されていて、奈良に初めて訪れたときの感覚が蘇ってきた。

平城宮跡の雰囲気がそのまま伝わってくる

ストーリーによる旅感

ここから漫画はどんどん話はカオスな方向に進み、小山の描く作中作である異世界ファンタジーが始まる。

 

この展開の読めなさも行き先のわからない旅行のよう。この章のタイトルが「ドリームランド」というのも示唆的だ。ドリームランドは2006年まで奈良にあった遊園地の名前。名所旧跡だらけの奈良の中で、このような現代的な施設は不釣り合いに思えるのだが、それがこの章のちょっと浮いた感じと重なってなんとも言えない味わいをもたらしている。

 

大山さんが漫画を書き始めたのは高校生の頃だが、同級生が夢中になっているような王道の少年漫画よりも、つげ義春や辰巳ヨシヒロなど『ガロ』に載っているような漫画が好きだった。この独特のストーリー展開は「ストーリーを追うだけではないしげしげ寺を眺めるような面白さ」があるつげ義春の影響も大きいという。

突如始まる異世界ファンタジー

京都と奈良の違い

奈良はよく京都と対比されることがあるが、何か空気が違う。これを言葉で表すのはなかなか難しいが、大山さんが感じる違いは「奈良と京都の違いについて、奈良は土俗的で古代が強いところがいい。京都は新しいものが入ってくる東京みたいな感じがある」というものだ。

 

確かに大山さんの言う通り、京都は確かに古(いにしえ)の都だが、奈良と違って常に刷新しており、今の人間の営みの方が強い感じがする。しかし、奈良は1300年前の都の跡や、大きすぎて破壊することができない大仏や古墳など、昔の人の営みのほうが強く今の人間がそれに乗っかっているという雰囲気がある。ドリームランドは45年で幕を下ろしたが、1300年前に作られた東大寺や興福寺には人の足が絶えることはない。まるで奈良では昔の人の営みを残すために今があるような感じさえする。

寺の鐘を聞くとしみじみする

若い頃の自分にトリップ


奈良に住む人の中には、古代の歴史や文化が好きで奈良に住んでいる人、あるいはそれを誇りに思っている人も多い。しかし一方でそれを、なかなか変化が感じられず、時間が止まったような感じがして、息苦しいと感じる人もいる。わたしはどちらかというとその一人だ。

 

『奈良へ』の登場人物一人一人は何かしら閉塞感や現状への不満を持っている。『奈良へ』を読んでいるとかれらの青春の鬱屈や重苦しさと、奈良に住んでいて感じる閉塞感がダブって感じられることがある。とりわけわたしは学生時代から現在まで断続的に奈良に10年ほど住んでおり、特に将来へのわけのわからない不安や言葉にできない現状への不満が渦巻いていた学生時代に無性にそのような閉塞感を感じていた。そのせいで、この漫画を読むとそれぞれの登場人物に当時の自分を重ねてしまい、その頃の自分の気持ちを思い出してしまう。この若い頃の自分に戻るというのも一種のトリップだろう。

奈良に住んだことのある人にはおなじみの風景も登場する

奈良にいると感じる時空の歪み

真夏に古墳の前でセミの声を聞いているとき、夜に誰もいない境内で興福寺の五重の塔を眺めているとき、観光客の行列に連なって東大寺の南大門に吸い込まれていくとき。奈良を歩いていると、一瞬今どこにいるのかわからなくなるような感じに陥ることがある。場所も時間も超えて自分という存在がちっぽけに思えるような瞬間がある。奈良が持つ独特の空気感とはそんな時空の歪みがあちこちにあることだ。

 

とても遠くまで行って時間を忘れるような体験ができるのが読書の醍醐味だとすれば、『奈良へ』が思い出させてくれるのは、奈良に行ったときに感じるこの時空の歪みだ。『奈良へ』は時間も場所も超えて、ふとしたセリフや風景から、本当に奈良へ行ったような気持ちにさせてくれる。

閉塞感だけでなくなんとなく希望も持てるストーリー

著者:大山海

 

1996年生まれ。奈良出身、名古屋育ち。中学2年で再び奈良へ。中学時代は転勤族でなかなか周りに馴染めず、どこか覚めた少年だった。高校生で漫画を書き始め、東京の大学に進学後、2015年に18歳で第17回アックスマンガ新人賞入選。2017年に『東京市松物語』(青林工藝社)出版。『奈良へ』の連載スタート、同年再び奈良へ。その後3年かけて『奈良へ』(リイド社、2021年)を完成させる。読書好きで、現在はプルーストに挑戦中。近況はnoteで連載中の日記(https://note.com/gooyama/)および、ツイッターアカウント(@gooyama4)から。

画像©大山海/リイド社

EDITOR

堤 大樹
堤 大樹

26歳で自我が芽生え、ようやく7歳になった。「関西にこんなメディアがあればいいのに〜」でANTENNAをスタート。2021年にPORTLA編集長になる。関係者各位に助けられ、発見と失敗の多い毎日を謳歌中。自身のバンドAmia CalvaではGt/Voを務める。

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