盛岡・BOOKNERDの早坂大輔さんに聞く 地方で本を作ること 

盛岡・BOOKNERDの早坂大輔さんに聞く 地方で本を作ること 

盛岡・BOOKNERDの早坂大輔さんに聞く 地方で本を作ること 

地方で本を作っている人に会って話を聞いてみたいと思ったのは、自分で夜学舎という屋号で本を出し始めてからでした。 出版社の多くは東京にあり、出版で生計を立てている人は東京に集中しています。その一方で、1990年代後半からパソコンの普及や、安く印刷できるようになったおかげで個人が本を作りやすくなりました。さらに、2010年代に入ってからは、個人の出版物を扱う独立系の書店、文学フリマのような個人の作り手が作品売り買いできるマーケットが増え、ネットでも作品を販売できるサービスが普及したおかげで、個人の出版物を売り買いすることが一般的になってきました。 出版は東京だけのものではなく、地方でも本を作って売ることが可能になってきました。地方で出版社でなくても本作りで生計を立てられる可能性が出てきたことで、地方で本作りをしている人の話を聞いてみたいと思うようになりました。そこで、盛岡にある〈BOOKNERD〉の早坂大輔さんにお話を伺いました。

 

〈BOOKNERD〉は2017年に開店した新刊・古書店。2018年初めて出したくどうれいんさんのエッセイ集『わたしを空腹にしない方がいい 改訂版』が大ヒットとなっています。著者のくどうれいんさんはこのエッセイで文芸誌や全国の出版社から注目を集めるようになりました。

驚いたことに、店主の早坂さんは出版業界にいたわけではないそうです。また、仕事について悩んでいたとき、著書の『ぼくにはこれしかなかった。』にあった「きみにしかできない仕事を見つけることには、たぶん人生をかけてもいいはずだ。」という一節に勇気づけられ、いつかお会いしてみたいと思っていました。

2022年6月の文学フリマ岩手に出店した際、念願の〈BOOKNERD〉を訪れる機会を得たので、インタビューをお願いしました。


これまでBOOKNERDで手掛けた本(2022年6月現在)
これまでBOOKNERDで手掛けた本(2022年6月現在)

早坂大輔
1975年生まれ。盛岡出身、高校卒業後、サラリーマン生活を経て2017年にBOOKNERDを開店。インスタグラムで発信を重ねるうちに「KNERD」(オタク)のロゴトートバッグがヒット商品となり、いちやく注目の書店として注目を集めるように。著書に半自伝『ぼくにはこれしかなかった。』(2021、木楽舎)、『いつも本ばかり読んでいるわけではないけれど。』(2021、BOOKNERD)

BOOKNERD
1F 6-27 Konyacho Morioka Iwate.
11:00-17:00 毎週火曜日・水曜定休

早坂大輔さん

エリアにかかわらず面白いと思った人の本を出す

くどうれいん『わたしを空腹にしない方がいい 改訂版』初版1000部、現在13刷を重ねる
くどうれいん『わたしを空腹にしない方がいい 改訂版』初版1000部、現在13刷を重ねる
──

最初はくどうれいんさんが出された『わたしを空腹にしない方がいい』を仕入れて販売していたんですよね。

早坂

最初は自分で文学フリマやオンラインで手売りしていて、僕も読んで面白いと思ったので、仕入れて販売していました。あるとき、オンラインストアで火がついて、店頭在庫もれいんちゃんの手持ちの在庫も全部なくなってしまったんです。だけど、彼女は手売りはすごく手間がかかるから、増刷はせずこれでうちどめにしたいということだったんです。

そのとき、なんとなく自分の中で「もったいないな」という勘みたいなものが働いたんですよ。というのも、オンラインストアで全国の人に届いてるっていう実感がすごくあったんです。盛岡中心にっていうよりも、まんべんなくいろんなところに広がっていっている感覚だったんですよね。数としては50〜100部ぐらいでそんなに多くなかったんですが、これはもっとたくさんの人に届けられる可能性がある本だなと思ったんです。一日ぐらい考えてみて、れいんちゃんに「もうちょっと本として整えて、うちで出さない?」っていう話をしました。

──

それまでは編集のご経験がなかったそうですが、どうやって本作りは進めていったんですか。

早坂

本を作ろうと思いついた後に、僕には本作りのノウハウはなかったんですけど、れいんちゃんと話すうちに、これまでにいろいろ読んできた本のイメージなんかも合わさって、なんとなくこうこういうふうにしたいというイメージが固まってきました。イメージを具現化するのに、前から交流があった盛岡のホームシックデザインさんっていうデザイン事務所に相談に行きました。以前からもし本作りをお願いするなら彼らだなと思っていましたから。

──

編集を誰かにお願いする方向に行かなかったのは、ご自身でやりたかった部分があったからだと思いますが、人材があまりいないという部分もあるんでしょうか。

早坂

そうですね。盛岡でクリエイターとして本業でやっている人は正直少ないと思います。何人か東京で編集者やライターをやっていたとか出版に関わっていたという方が移住してきていますが、それをバリバリ本業としてやっているわけではなさそうです。

──

なんとなく盛岡は宮沢賢治や石川啄木の影響もあって、地域出版がさかんな印象があったので、意外でした。

インタビュー風景
早坂

そうなんですか。僕は逆に盛んという印象は抱いていませんでした。確かにおっしゃるように宮沢賢治がいたり、石川啄木が生まれた場所であったりするので、そこを特色とした「郷土の本」を作っている人たちもいるし、会社もあるのですが、多分それはどの地方都市でも見かける光景だと思います。もちろん個人で郷土ではない打ち出し方で盛岡で本を作っている人たちも一定数いるとは思いますが、それがシーンを作るような盛り上がりを見せているわけではない印象です。

──

「郷土の本」というジャンルとしての出版文化はあるけど、地域を問わず売れる出版物を作っているところは少ないということなんですね。ちなみに、クリエイターの人材育成のようなことは考えていますか。

早坂

うちがハブになって新しい才能を発掘するみたいなことをやれたらいいと思ったこともありましたが、正直あまり盛岡や岩手というこだわりは持っていません。なんというか、盛岡ならではみたいなものをあまり作りたいと思ってないんです。
実際にここでお店をやっていて、来てくださるのはここに住んでる人たちですが、何かを作るとか表現するときに、盛岡とか岩手の人だけを対象にという感覚はあんまりないんです。
出版に関して言えば、自分たちの地域の人たちを発掘することにこだわるよりも、エリアに関係なく東京の人でも面白いと思ったら出したいですね。出版社としての機能は盛岡に置いているけれども、別に出版をする人間はどこに住んでる人だっていいんじゃないかと思っています。

──

作り手はどこの人でもいい、と。

早坂

はい、そういうことです。著者だけでなく、デザインやイラストも特に住んでいるところのこだわりは僕はないです。もちろん盛岡の人と一緒に作ることで、郷土や地域という特色は確かに打ち出しやすいのですが、ローカリズムって結構幻想だと思っているんですよね。今、郷土色やローカリズムみたいなものは結構いろんなメディアが打ち出すじゃないですか。「ローカルならでは」というのは、今の時代には逆行してる気がするんですよ。

──

逆行ですか。

早坂

逆行してるというのは、おかしいですね……。例えばZoomなんかでいろんな人たちとやりとりできる時代になっているのに、ローカルだけで作ろうとするのは、才能を狭めてしまうという気がします。もし面白いものがよそにあっても、いや、これは郷土で作るんだっていう限界を自分で設けてしまう気がしているんです。自分が面白いと思ったものだったら、素直にエリアに関係なく、面白いと思った人たちと繋がって物を作っていった方が絶対面白いものができるし、いいものができるんじゃないかと思ったんですよ。

買い支えてくれる人の層が見えるからできること

トートバック
最初のヒット商品は本ではなく雑貨だった
──

想像していたのと全く逆方向の答えで興味深いです。それはやはりご自身が最初にインスタをはじめとしたSNSで盛り上がって全国で商品が売れたり、名前を知られたという実感を持ったところと繋がっていますか。

米田

それは少なからずあると思います。もちろんお店で買ってくださる方もいらっしゃるし、地元のお客さんも当然いらっしゃいます。だけど、発信の主体がSNSであり、オンラインストアのお客様は顔が見えませんが、買い支えてくださっているという認識があります。だから、エリアレスでいいという感覚はそこから来ているのかもしれません。

──

本を作るのによくマーケティングでリサーチして作る方向性とご自身の初期衝動や直感で作る方向性がありますよね。対面の方がお客さんの反応からヒントやアイデアをもらいやすいという印象があります。オンラインストアでもそういったものが生まれる可能性はありますか。

早坂

対面でのインスピレーションは、オンラインストアでは得にくいのでそこはどうしても数値化されていきますね。どうしてもその人がどう思ってるかみたいなところまでは汲み取ることはできないので、売れているか、動きはどうかという部分でしかおしはかれません。けれども、SNSをそういったマーケティングの機能として使っていくっていうこともできると思います。

ただ、僕は実はあまりそういうのは好きじゃないしやらないので、オンラインストアやSNSでマーケティングをしようという意識はあまりありませんね。むしろ初期衝動の方が強いし、「いける」って思ったものを作っています。ただ、その分リスクも大きいんですけどね。もちろん闇雲な自信があるわけでは全然ありませんが、それでもそのリスクを取れるのは、顔は見えないんだけど買い支えてくださってる人たちがいらっしゃるっていう実感があるからなんです。具体的な数で指し示せるわけではないんですけど、こういったものを作れば買ってくださる集団がある程度僕のお店にはついてくださっているのを、なんとなく感じているんですよ。

──

つまり、そういったお店についてくれているお客さんの感度に合うものを提供していくということでしょうか。

早坂

そうですね。今、通販で物を買うっていう行為がすごく日常化してるじゃないですか。しかもそこでの品揃えは横並びになってきて均一化している印象を受けるんですね。こういった独立系書店には同じようなものが置いてあるのが当たり前の光景になっているなかで差異化しようとすると、選書がポイントになるんじゃないかと思うんです。

なかなか流通してないものを売るとか、そこでしか買えないものを売るのが大きな強みになるのではないかと思います。そういう意味で、出版によってオリジナル商品を作ることは、うちの店でしか買えないものを売るということにつながるので、本作りの動機の一つにもなっているんですよ。

──

なるほど。ラインナップを増やすという意味での出版なんですね。

「自分にしかできない仕事」とは

 2021年に木楽舎から初めての著書を上梓
──

ご著書の『ぼくにはこれしかなかった。』で、印象に残った文章がありました。

(引用)
なんびとも代替のできない、きみにしかできない仕事を見つけることには、たぶん人生をかけてもいいはずだ。(略)いちばん重要なのは、その仕事のなかに自分をみいだせるかということ。そしてその仕事にたましいはあるか、ということだと思う。(略)答えはきみが毎日を生きている日常の中にある。そしてその答えはきにのなかにあるんだ。

早坂さんにとっては出版がこのような「自分にしかできない仕事」という意味合いをもったお仕事なんですか。

開店当初はアメリカから古書を買い付け、古書店としてスタートした


早坂

僕にもうまく言語化できないんですけど、僕がやりたいのは「何かを選ぶ仕事」なんじゃないかと思っています。自分の基準に基づき、自分だけのイメージみたいなものを作り、それを人に提示していいと思った人に買ってもらう。それを通じて、何か人のために役に立つことをしたいと思ってるんですよね。

──

「役に立つ」ですか?

早坂

役に立つことにはいろんな基準があると思うんですけど、僕のセレクトした本を読んだ人がもしかしたら救われるかもしれないし、ちょっと明日間頑張ろうかなって思うかもしれない、あるいは自分の本を書いてみたいって思うかもしれない。そういう意味での「役に立つ」です。

ただ、それを意識しすぎると、ちょっとおかしなことになるんで気をつけていますけど。自分の中で「役に立っている」ことを誇りとして感じながら続けていけることが、「自分にしかできない仕事」なんじゃないかと思うんですよ。それがお金や名声といった別の動機が先に来ているなら、別に自分じゃなくてもできる仕事なんじゃないかと僕は思います。とはいえ、お金のことを考えたりはしますけどね。

──

確かに誇りだけでも倒れちゃいますよね。正直出版業に携わっていると、誇りはもてますが、お金もかかるし、リスクも高いし、手間もかかって大変ですよね。早坂さんはどうやってモチベーションを保っているんですか。

早坂

気持ちとか意志も大事ですが、継続していく上でお金は絶対必要なので、いくら売れたかとかは、当然すごく重要な指標になります。でもそれがどうして重要かというと、儲かるからじゃなくて、自分のやりたいと思うことを継続していけるからなんですよね。それを元手に増刷したり、次の本を出していける。でもそれが先に来ちゃうと、売れる本を作るってことになっちゃうのでそれはちょっと違うんですよね。やりたいことをやるだけではだめで、やりたいことを続けるためにお金は必要だし、それを考えるのは不健康ではないし、むしろ建設的なことだと思います。でも、別にベストセラーを作りたいわけではないので、そこを無闇に追い求めないようにしています。その一つの指標としてお金を考えながら続けるということですね。

取材後記

早坂さんのお話を伺って興味深かったのは、ローカルにこだわらないという点でした。これまで、地方でライターや出版業をやっていくなら、地元のことをやった方が仕事があるというアドバイスをいただくことがありました。ところが、私はあまりそういうことに興味関心がなくて悩んでいました。ローカルにこだわっていると思っていた早坂さんから「自分が面白いと思ったものだったら、素直にエリアに関係なく、面白いと思った人たちと繋がって物を作っていった方が絶対面白い」という言葉が出てきたことに驚きました。

もう一点興味深かったことは、どの規模でやるかということです。これまで私は出版の仕事に携わってきましたが、出版業界の指標では、部数が評価の最大の指標となります。また、それを仕事にするなら生活できる程度のお金を稼がなくてはいけません。そうすると、売れるものと自分が面白いと思うこととの間で解離ができてきます。「自分の面白いこと=売れるもの」と直結する場合はいいでしょうが、そうでない場合に葛藤がでてきます。しかし、「自分のやりたいと思うことを継続していける」規模でやれば、その解離は小さくなります。

これまでの私は、「本作り=自分にしかできない仕事=生活を成り立たせないといけない」とすべてがイコールでつながっていました。そうすると売れる本を作らないといけなくなり、自分のやりたいことは二の次になって辛くなっていました。
しかし、必ずしも「自分にしかできない仕事」で生計を成り立たせなくてもいいと考えれば本作りだけで生計を立てなくていいのではないかと気づきました。

本作りと生活を成り立たせるための仕事は別であり、別のことで生計を成り立たせながら自分の作りたい本を作ることを、継続できる程度の規模でやり続ける、まずはそれを目標に活動してみようと思えた取材でした。

Photo:イトウタカムネ

おすすめ  https://booknerd.stores.jp/items/62d100774ba8b41dd4d3ccf0″>BOOKNERD PAPERBACK LIBRARY第二弾/ポケット写真詩集 『東京』

新潟出身の新潟県出身(現在は東京在住)のMAIさんとAsako Ogawaさんによる詩文集。二人の展示の小冊子を元に、地方都市から見た東京をテーマに作った作品集。

“そこは、わたしたちの街にはならない。わたしたちの街にならないそこは、これからもわたしたちの場所にはなりえない。わたしたちの街にならないそこは、これからもわたしたちの場所にはなりえず、わたしたちはそれにいくばくかの悲しみを覚える。(中略)
わたしたちの街にならないそこは、これからもわたしたちの場所にはなりえず、わたしたちはそれにいくばくかの悲しみを覚えながらも、悲しいというその事実を決してないことにはせずに、その場所に根ざすあらゆることを反芻する。わたしたちはその場所を、東京と呼ぶ。”
「東京」

(判型:ペーパーバック(178×105mm)、表紙・本文(1c)・128ページ )

著者について
詩歌 MAI 、写真 Asako Ogawaの二人組で、2021年より創作活動開始。出版物に小冊子『東京』、写真歌集『待つほうじゃなくて探しにいくほうをいきていきたい浜百合 片手に』。出版毎に展示を開催し、来てくださる方々との交流を楽しみにしている。

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EDITOR

岡安 いつ美
岡安 いつ美

昭和最後の大晦日生まれのAB型。大学卒業後に茨城から上洛、京都在住。フォトグラファーをメインに、ライター、編集等アンテナではいろんなことをしています。いつかオースティンに住みたい。

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