奥大和ビールの醸造家・米田義則さんがビールに魅せられたのはベルギービールがきっかけ。種類の多さやできあがるまでの複雑な工程はまるで「芸術のよう」だと言う。その味に魅せられ、「自分の味やスタイルを表現できるんじゃないか」との思いからビールづくりの道に。
2017年、37歳で奈良県の宇陀市に地域おこし協力隊としてUターン。ビールはほぼ独学で作り方を学び、知り合いのブルワリーで仕込みをさせてもらったりしながら技術を身につけ、2018年、わずか1年ほどでブルワリーを立ち上げた。醸造家となった米田さんがつくったのは、ハーブを使ったビール。
今回の企画にあたり、改めて調べてみたところ、2021年2月に飲んで泊まれる宿〈TAP to BED〉をオープンしたというニュースを目にした。大手のブルワリーではホテルを併設したり、近くにホテルを誘致したりする例があるそうだが、マイクロブルワリーでは初めての試みだという。
米田義則プロフィール
奥大和ビール代表、醸造家。ハーブライフコーディネーターとメディカルハーブコーディネータを取得。2018年に薬の町として知られる宇陀市に、和ハーブや香草をブレンドしたハーバルビール・奥大和ビールをオープン。2021年には飲んで泊まれる宿〈TAP to BED〉、榛原駅前に〈TAP STUDIO〉(2022年移転予定)をオープンし、活動を広げている。
HP:https://okuyamato-beer.jp/
Instagram:https://www.instagram.com/okuyamato.beer/
仕込みはライブ
米田さんはもともと宇陀市出身。中学生で音楽を志し、17歳で上京。若い頃は東京で音楽活動をし、バンドでメジャーデビューも果たした。そこから作曲や編曲をする裏方として10年ほど働いた。
どんなジャンルでもものづくりにおいてはオリジナリティが必要だと言われるが、米田さんが音楽活動を長くやってきたことはビールづくりにどんな影響を与えているのだろうか。
長く音楽をやってこられたそうですが、ビールづくりと音楽は関係あったりしますか。
そっくりなんですよね。ビールづくりと音楽づくりって。ゼロから生み出していくってところ、ビールづくりで原料が複雑で副原料が加わって仕上がりも変わってくるところは音楽で言うところの、いろんなパートがあって素材たちがセッションしているような感じです。
仕込みはライブをやっているような感覚なんです。週に一回同じようなビールを作るけど、毎回風味や温度や原料の質によって、そのときにしか出せない味があるんです。
同じ曲でもちょっとアレンジが違うとかそういうことですか。
いえ、まったく同じ曲でも、ライブによって違うものになるじゃないですか。それと同じで、まったく同じ演奏ってないように、まったく同じビールはないんですよ。ビールづくりにはその人の気分や菌の影響だけでなく、その年の気候も作用してくるんです。例えば麦芽一つとっても、年によって気候が違うから、去年つくられた麦芽と今年つくられた麦芽は甘みも質も変わってきます。
成分や入れるものの配合が同じでも、仕込みの日によって味が違うということですか。
ライブで同じ曲をやっても、演奏する人の体調や気分によっても音の張り具合とか変わってくるし、聞いている人はそれを敏感に感じ取って、この前の公演はよかった、こっちの方がよかったといった会話が生まれてくる。つくる人だけでなく、飲む人がそういうフィーリングの部分を感じ取れるどうかも、味の感じ方には影響するでしょうね。
そこにどんな面白さがあるんでしょうか。
仕上がりが見えないところですかね。9割は狙ったところにいけるけど、あとの1割はどこに到着するかは見えない。そこに面白さがあります。
その1割くらいで味に差が出るということですか。
……難しい質問ですね。なんて言ったらいいのかな。そのあたりは結局フィーリングの世界になってしまうのですが……。同じものは2度とできないし生まれない、そういう楽しさはあります。例えばクラシックは比較的原曲にそって演奏しますが、うまい下手をのぞけばだいたい同じように聞こえてきます。でもジャズはその場の空気感によって、セッションするときはアドリブでやることが多いし、2度とできないフレーズが出てくるんです。
それはその時のお客さんとの空気感や自分のモチベーション、楽器のモチベーションなどが全部合わさってでてくる。だから、仕込みは材料を入れるタイミングやちょっとしたそのときの空気感みたいなもので味もどんどん変化していく。それがライブということです。
結構言語化しにくい部分があるんですね。日によって味が変わるということは逆にプレッシャーでもあるように感じるのですが。ここで間違えたらどうしよう、というような怖さはないですか。
多分それがあったらできないと思います。一回良いものができて、それと同じものを作ろうと思うとプレッシャーになるんです。限りなく近くは寄せていけるけどまったく一緒のものはできないし、一つの作品に100点を出してしまうとそれ以上超えられないので、僕はアロマホワイト(奥大和ビールの製品名の一つ)にもいろんなアロマホワイトがあるという認識で作るようにしています。
ビールは周りを巻き込む存在
オリジナリティの追求というと、一人で作品を磨き上げるとか高めるというイメージがあるが、それだけがオリジナリティを発揮する方法ではないと米田さんは言う。
ビールのすごいところはいろんなものや人やことをつないでいくところですね。ビール単体で楽しむというというより、まわりを巻き込む存在がビールなのかなと思います。たとえば、ビールだけではなくて、お料理とのペアリングでいろんな表現が生まれてきます。さらに、ビールの味は飲む環境や飲む相手の相性や関係性なども絡みあいながら変わってくる。そんなふうにビールっていろんな形で表現できると思うんですよ。
表現の仕方はいろんなふうにふくらんできて、たとえばこのビールを注ぐためのタップは奥大和の木工職人につくってもらったものなんです。タップのハンドルがないとビールは出てこない。そういうなくてはならないところに職人さんの作品を使ったら常に触れるし、繋がれるんじゃないかと思ってお願いしました。
ビールを軸にして、いろんな組み合わせが可能だし、思いもよらないクリエイションや関係が生まれてくるんですね。こうしてハンドルに木が使われていると、自然に目に入ってすごく印象に残りますね。地域に住まう人と一緒に商いを行っていくことや連携していくことについてはどのように意識されているんですか。
あまり地域おこしやまちおこしとは言い過ぎないようにはしています。どちらかというと人にフォーカスしているんですよね。木工職人さんの生き方や吉野杉という奈良県の伝統的な材木を扱っているスペシャリストの方々がどういう思いで作っているのかという部分を大事にしたいなと思っています。
そういう心遣いは宿からも感じられました。奈良の工芸品が置かれていたり、奈良の地場産業のサンダルが置かれていましたよね。とてもさりげないけど、自然と目に入ったり、足に触れたりすることで、よさが伝わると思いました。
飲んですぐ泊まれるだけでなくて、〈あきのの湯(近くにある温泉施設)〉も近くにあるし、コンビニや道の駅の横で便利だし、価格的にも高くないので手頃に泊まれて飲めてっていうのがいいみたいですね。やっぱりお酒だけだと飲みにくる感覚になるんですけど、泊まってみると人と人とが出会って友達になったりとか、宿泊者同士でつながりができたりと、コミュニケーションが生まれるのがここの特徴なのかなと思います。
つながるといえば、宿もそういう部分があるように感じました。昼間は近くの宇陀松山の街並みを見学してきたんですけど、たしかに宿があることで行動範囲が広がりますね。
他業種の人と積極的に接点をもつ
2021年で米田さんがUターンして4年経ち、東京に住んでいたときから生活は大きく変わったそうだ。自然と環境や関わる人も変わった。それは米田さんにどんな変化をもたらしたのだろうか。
音楽業界にいた頃はファンの方やお客様に面と向かって話す機会がそんなになくて、音を通してその先にお客さんがいる感じでした。でも今は実際タップルームに立ってコミュニケーションできたり、イベントなどで面と向かって会える。さらに、会う人も異業種の方と接点が増えました。それもただ会うだけじゃなくて、一緒に仕事する関係の方が増えました。
それは、ビールという専門性をもちながら、お料理やイベントで、飲食にとどまらずいろんな方とコラボしていくということですか。
いただいたお料理にも奈良の自然栽培の農家さんのものやケージフリーの卵など、地場のものがたくさん使われていましたよね。そういう関係は都市部を離れたからこそのものだと感じました。
そうですね。音楽業界にいた頃は基本的に音楽関係者しかつながりがなかったけど、ビールは飲食店にもあるしホテルにもあるし、すごく広がりました。今は意識して他業種の方との接点を持つようにしています。その方がビジネスの感覚が違っていたり、いろんな知らない話も聞けるし、そういう方とお話ししたりお仕事する方が面白い発見が多いですね。
ビールは売る面でまた音楽とは違う広がり方があるということですか。
つくる部分は音楽も似ているところがあるんですね。でもそれを売っていく部分は違ってて、例えばビールとペアリングのフードを考えて、このビールにはこれがあうっていうことだったり、その商品だけに特化せずにいろんなものと組み合わせた方がよりおいしく飲んだり食べたりできるということだったりを伝えたりしています。そういうふうに組み合わせて売っていくというのは今までの仕事になかったと思いますね。
広げ方というと、お店の内装やボトルのデザインといった見た目もその場にすっとなじむようなデザインで、手に取りやすかったし、入りやすさを感じました。そのあたりのことはだいぶ考えてやられたんですか。
ビールって世間的にもそうかもしれませんが、僕の中では男性的なものというイメージがあるんです。いろんな地方に行ったときに地ビールを買ってよく飲んでいたんですけど、味が結構似ているんですよ。デザインもビール好きには手に取ってもらえるけど、裾野が広がっていかないデザインだなと感じていたので、自分はデザインの部分もしっかりターゲットを絞って販売していきたいなと思ってやっています。
20代から50代くらいの女性をターゲットにしているんですけど、デザインも味も女性の方にも手にとっていただきたいと思えるようなものにしています。味は当然、デザインの部分でもしっかり勝負しようと思っています。ボトルは、アジアのデザイン賞もいただいたりしていて、新たな分野にも切り込んでいけたのかなという自負はあります。
人のやっていないことをやろう
現在、クラフトビール のブリュワリーの数は500件以上、この10年で2.5倍に増えたとある(2021年10月30日『日経新聞』朝刊)。さらに、地域おこしや酒蔵の再生策にクラフトビールを取り入れるところも増えてきている。競合が多い中で、オリジナリティを出していくのは難しそうだ。その中で自分を貫くための秘訣はあるのだろうか。
このような独自の道を歩める秘訣はどこにあるのでしょうか。
根本にはミュージシャン時代のロック精神というか。反骨精神というか。人と同じことはやらないというような気持ちが根底にあると思うんです。ある意味ひねくれているかもしれないけど、人がやっていることは古いっていう認識がすごくあるので、新しいことや人のやっていないことをやろうという気持ちが根底にあるんだと思います。
そういうのは人によれば茨の道でもあると思うのですが、米田さんにとっては楽しいんですか。
楽しいですね。人がやらないようなことをやっていると変な目で見られることもあるかもしれないですけど、僕はそういう生き方がすごい心地いいし、喜んでくれる方もいっぱいいるので。
「俺は俺」ってことですか。めっちゃかっこいいですね!それを貫くにはどうしたらいいと思いますか。半分くらい悩み相談ですけど(笑)
アイデアを形にするのが好きなんです。木工でこういうものを作りたいと思ったら木工職人に知り合いがいないといけないし、思い描いたものを形にするのは一人じゃできない。だからこそ日頃から繋がりをもっておいて、やりたいことをその人に相談しよう、この人にお願いしようと、いろんなジャンルの人とつながっておけばそのアイデアは実現できるし、スムーズに進む。結局僕がこうやって自由にやりたいことやれるのも、人との繋がりありきのものだし、自分一人じゃできないものなので、結局は繋がりをたくさん持つということですかね。
「俺は俺」と孤高の道を行くのかと思いましたが逆で、作り手と繋がっておくというのが面白いですね。
もう少し踏み込んだことを聞いてもいいですか。今は繋がりを持つのに、コロナで会えないとか難しい時代という一方で、SNSで簡単に繋がれる時代でもあるじゃないですか。一歩踏み込んで仲良くなるのが難しいと思うときもあるのですが、米田さんはどういうことをされていますか。
……昔はちょっと飲みに行こうかってできたんですけどねえ。でも、実際にコンタクトは取ってますね。こういうご時世ですけど会うことも多いし、メールで相談もするし。具体的な相談をした方がちゃんとバックくれるんですよね。中途半端に繋がりましょうだとつながらないけど、こういうのを作りたいけどどうでしょうという話をしていくうちに、向こうの得意分野を引き出してあげるような話をすれば、メールだろうが対面だろうが、形になったり繋がっていきますね。
なるほど。自分が手を動かしてつくるだけがつくるじゃないってことですね!
そうですね。このハンドルも木工職人さんが時間かけてつくってもらわないとできなかったので。ビールは自分で手を動かしてつくることができるけど、コラボしてものをつくって思い描いたものを形にしていくのにも喜びがある。そして、ものができるだけでなく、できるまでの間がすごく楽しいですね。作家さんやデザイナーさんと相談してどういうコンセプトでどういうものをつくっていくかっていう工程が僕は好きですね。
あとがき
つくる喜びとは、100点を目指して自分で黙々と手を動かして、理想どおりのものができる喜びのことだと思っていた。しかし、奥大和ビールから感じたのは、すべてをコントロールしようとせず、周りとの関係の中でものづくりをするということだった。それは、人との関係だけでなく菌や材料や周囲との環境といった、人と自然の間にも言えることだ。
そして、オリジナリティもまた、その緩やかなつながりの中から生まれるということだ。オリジナリティとは一人の個性を力で押し通すだけではなく、いろいろな人やものとの関係の中で柔軟に個性を生かしていくことから、生まれてくる。それはどこか奥大和ビールの、一度飲んだら忘れられない一本芯がありながら、すっと体になじむ飲み口に似ている。
オンリーワンになる道は一人で歩むだけじゃない。誰かとだからこそ歩めるし、いろんな人が一緒に歩んでくれるから、多くの人に伝わる強いものとなっていく。「一緒につくる」からこそ、ものづくりはより面白くなるし、喜びも何倍も広がるのだ。