バイタルサイン

バイタルサイン

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人が行き交う四条河原町の交差点。そこからほんの少し下がった高瀬川沿いの路地には、実はひっそりと名店が軒を連ねています。今回お話を伺った「バイタルサイン」もそのひとつ。通りに面した部分は全面ガラスになっていて、いつもオレンジのやさしい明かりが漏れ、店内の賑わいがうかがえます。

 

お話を聞いた店長の吉岡辰真(よしおかたつま)さんはユーモアたっぷりながら熱くてとてもおもしろい方。人当たりも良く、インタビュー中も常連のお客さんやお友達がたくさん来店されていて、料理ももちろん吉岡さんも含めて愛されているお店だなと感じました。

住所

〒600-8019 京都市下京区西木屋町通四条下ル船頭町235番地

営業時間

18:00 – 24:00

定休日

火曜日定休+不定休

電話番号

075-286-3558

和食とフレンチの”あいのこ”は、吉岡さんならではのご提案

バイタルサインのおすすめは、”野菜とワイン”です。着席しておしぼりとメニューをもらうと、一番上に「一汁三菜とサラダ」の説明があります。京都静原の農家さんから届く季節のお野菜をつかったアミューズ、スープ、サラダのプチコースです。

 

バイタルサインでは他のメニューを味わう前にまずはこちらを注文します。ここにお店からのメッセージがすべて詰まっているからです。私も「一汁三菜とサラダ」と本日のワインを注文しました。

本日のアミューズ、スープ、サラダの説明が書いてあります。

この日のメニューは、アミューズが左からリンゴのゼリーとパッションフルーツ、胡瓜とディル豆腐ケイパー、焼きナスとピーナッツのカナッペ。スープは南瓜のポタージュローストナッツと珈琲。サラダは左上からモロッコ、万願寺、パプリカ、水菜ラディッシュ、オクラ、フルーツほおずき、バターナッツ、ささげでした。

──

「一汁三菜とサラダ」のプレートが出来上がった経緯は何だったんですか?

僕、元々和食とフレンチをやっていたので、その”あいのこ”じゃないですけど、和食の一汁三菜っていう考え方と、フレンチの前菜、スープ、サラダ、お魚、お肉のコースの順番のバランスって受け取り側にとってもいい提案じゃないかなと思って。

はじめ、和食のお店にするかフレンチのお店にするか迷ったんですが、両方やってこそ自分だと思って、僕の中で良いかたちだと思って始めました。

 

以前は、祇園にある炭火焼きを出す和食のお店で働いていました。そこは焼き野菜に使うお野菜にすごく力を入れていて、京都だけじゃなくて各地の美味しいお野菜を使っていました。僕は京都の農家に行かせてもらうことが多くて、初めて農家さんがどういう考えと方法でお野菜を作っているかを知って感動して、自分がお店を持つならぜひここのお野菜を使いたいと考えていました。

 

「アレロパシー」ってご存知ですか?(※邦訳では「他感作用」と言って、ある植物が他の植物の生長を抑える物質(アレロケミカル)を放出したり、あるいは動物や微生物を防いだり、あるいは引き寄せたりする効果のこと。)

──

いいえ、知らないです。

大きい農家だとキャベツ畑はキャベツだけを分けて育てていますよね。それでも良いんですが、キャベツがほしい土の中の栄養分をAだとすると、キャベツ畑ではそればっかりが無くなってしまうんです。栄養分B、C、Dとか他の栄養分もいっぱいあるのに、Aばっかりなくなると土の栄養の循環が悪くなってしまう。一方で、相性の良いお野菜を一緒に育てると循環が良くなるので土にすごく良いっていう考え方があって、その農家さんでは栄養素AとCをほしいお野菜と、BとDがほしいお野菜を一緒の畑で育てているんです。そういう考え方に感動しました。

今までの経験や考え方が僕の今のお店には詰まっています。このサラダもオーダーを受けてから作っているし、オクラの湯でたてってなかなか食べたことないでしょ?

オイルとか塩加減、野菜の切り方に至っても、オクラを斜めに切っていることにも意味があります。断面って甘く感じるんですよ。切り方によっても味が変わるんです。和食をやっていた時にお野菜の切り方を教わっていて、その経験が生きています。

──

オクラってこうやって切ると甘くて美味しいんだって今日知りました。家でもやりたいです。

美味しいお野菜をいただいているので、断面ひとつとってもそういう細かい配慮があります。僕がそう料理しなければ意味がないんです。それがこの「一汁三菜とサラダ」には詰まっていて、ありがたいことにたくさん美味しいと言ってもらえています。お野菜の美味しい食べ方までトータルで提案しています。

──

静原のどちらの農家さんなんですか?

「三五郎農園」っていうんですけど。いろんなものをちょっとずつ緻密に計算して作っている方で。年輩の方なんだけど楽しみ上手で、新しい西洋野菜とかも作っていて、前向きな感じもかっこいいなと思います。

──

この「しかく豆」というのは初めて食べました。

知らないお野菜があると、「これなんだろう? これ美味しいな」って新しい発見になってくれますよね。お野菜ってどうしてもサブなイメージがあるじゃないですか。でもそうじゃなくて主役を張ると思うし、もっと「お野菜も美味しくないですか? 」と言いたいです。これもひとつのうちの武器と思ってやっています。

入り口に並ぶたくさんの種類のワイン
──

ワインはどのようにセレクトしているんですか?

基本的にはお野菜に合うワインをセレクトしています。渋いワインも持っているには持っているんですけど、国産のものや、ナチュールワインとの相性が良くてやわらかいものをセレクトしています。ただ、ナチュールワインにこだわっているわけでなくて、良いんじゃないかなと思えば幅広く選んでいます。

──

メニューのワイン欄に書かれているコメントも吉岡さんが?

そうですね。僕の独断ですが、間違いない感じだと思いますよ。

──

まさに、コメントどおりでした。

ありがとうございます(笑)

料理も、ごはんを食べることも、自分がやっている店も、生きている証。

──

お店の名前はなぜ「バイタルサイン」と言うんですか?

大好きなアーティスト、クラムボンさんの曲の中に”バイタルサイン” ていう曲があるんです。とても好きな曲なので意味を調べたら、医療用語でバイタルサインは「生きてきた証、心拍数」という意味で。

僕は料理に関してもそうだと、ごはんを食べるということも生きる証なんじゃないかと思っています。自分がやっている店も生きている証ですよということで、屋号はこれにしようって昔から決めていました。そういったタイトルをつける且つこういったメニューを出していると、バイタルサインというエネルギーを感じてもらえるかなという感じでやっています。

──

前職は「prinz(プリンツ)」で店長をされていましたが、いつ頃から自分のお店を持ちたいと思っていたんですか?

飲食をやっている皆さんほとんどがそうだと思うんですけど、自分のお店を持つことは飲食を始めたらいつかは夢に見ることだと思います。

 

学生の頃、仏教の学校に通っていて実はお坊さんをやっていたんですよ。親戚のおじさんで大学で仏教を教えていた方がいて、その方に憧れていて。すごく気さくで、話していることも納得いったり深くて素敵だなと思うことがあって、それを学びたいなと思って仏教を習いました。学校に入って深く学び続けて、裸の自分について考えたときに、実家の情景を思い出しました。

 

実家は喫茶店なんです。もともとは京都の有名な染色だったんですけど、祖父が亡くなったときに父が飲食を始めたんです。幼稚園のときの父親の背中といえば、飲食をやっている姿でしたね。小さいときからたまにお店を手伝うことがあったんですが、カウンター越しにお客さんと話す父親の姿がかっこいいなと少し思っていて、喫茶店をやっていて共働きだったから、洗濯ものだったりごはんを作ったりと家のことは僕もやっていたんです。

 

ある日ごはんを作ったときに、今日は上手にできたなと思った日があって、それを家族のみんなが美味しい!って喜んでくれたのが僕の中で身体と記憶に残っているんです。それを思い出して、やっぱり仏教ではなく飲食をやろうと思いました。そのときから自分で店を開きたいと思っていましたね。

──

2015年4月からお店がスタートしましたが、そのきっかけは何だったんですか?

前職のプリンツをやっているときに敬愛していたおじさんが亡くなったんです。今まで勤めていたお店にも来てくれていて、「辰真(たつま)のお店も絶対行くし、頑張れよ」って言ってくれていたのに、亡くなってしまって。時間というのもあるんだなと思いました。なので、自分がどこまでできるかわからないけれど、自分でやらないといけないなと思ったんです。飲食でやるってすごく勇気がいることなんです。お店はたくさんあるし。一流のイタリアンや割烹でやってきた方が独立されて、それでも難しいと聞いていて、恐いなって思っていました。お店やるときにすごい金額もかかるし……。でも自分でやらないとと思って、オーナーに話して。そこから物件を探したり引き継ぎをしたり1年くらいかかりました。

 

元々やりたいという気持ちはあったけど、ターニングポイントになったのはそれがきっかけです。

──

いえいえ、ありがとうございます。お店自体もこだわられていますよね?

こだわりポイントは「落ち着く空間にしたかった」というところです。設計・施工は知り合いの方にお願いしました。臆病なのもありますが、信頼できる方にお願いしたかったんです。内装をやっていただいた大工さんはアバンギルドの方で、僕自身、建築をやっていたわけではないのでよくわからないながら、棟梁とこんな感じでと話し合って作ってもらいました。

──

テーブルとイスはどちらのものなんですか?

テーブルとイスは大工さんに作ってもらいましたね。すごく柔軟にしていただいて、今までの現場の写真とかを見せてもらいながら、相談していきました。あとこだわったことは、ちょっとしたことですけど、床板が普通より幅広いです。ゆったりする感じがこっちの方が出るやろ〜って提案していただいて。あと棟梁が左官が得意で、ここの壁にグラデーションがかかっているのわかります?

──

わ!ほんとですね!

5色の色を混ぜて左官してくれているんです。且つ、それを際立てる照明ね。違うお店でこうやっているのを見て惚れて、「めちゃめちゃかっこいいですね!」ってうちでもやってもらいました。

──

吉岡さんは顔が広いですよね。京都のアーティストとか作家さんに特に。

そうですか?でも、まだまだです(笑)

まずはお店に来てもらうことで何かを伝えたい。ゆくゆくは、イベントも。

──

別のインタビューで読んだんですが、このお店を発信できる場所にしたいということですが。

ありがたいことにたくさんの雑誌に載せていただいたり、アーティストさんの打ち上げに使っていただいたりと、バタバタしていて発信するイベントはまだできていないんですけど、今後は何かそういう事も出来ればと考えています。
 
お店で友達の器や自分が素敵だなと思うものを使っていると、「これはどこのですか?」ってよく聞かれるんですよ。イベントという形ではなくてもお店で実際に盛りつけられている器やカトラリーにふれたり、流れている音楽を聴いたり、空間全体で体験してもらうってすごく伝わるんだなぁと最近は思います。
 
例えば、箸置きは五条モールで木工作家をしているヤマネダイスケさんのものだったり、sonihouseさんのスピーカーだったり。お店でつかうことで伝えられるものってあると思います。
今かけている音楽もお付き合いのあるアーティスト 木下美紗都さんの曲です。大阪のINSECTSさんからのご紹介で蓮沼執太フィルのツアーをプリンツでやってもらったご縁があり、うちの空間にもいいなーと思ってセレクトしています。他にもプリンツでライブをしていただいたコトリンゴさんや、京都在住のアーティスト たゆたうさんの音楽をかけたり、なるべく知り合いの方の曲をかけて聴いてもらいたいんです。
 
僕のセンスのうんぬんはよくわからないですけど、やはり良いものは敏感な方はキャッチしてくれるんだなと、そしてそれを伝えられることが嬉しいなと思います。帰り際に「この曲誰のですか?」って聞かれると心の中でガッツポーズしてまいます(笑)
──

今流れている曲もお店にとても合いますね。それでは最後に、今年で2周年を迎えられて、今後3周年、4周年とどういうお店にしていきたいですか?

飲食店は待つ仕事だと思うんです。ケータリングの人は今いろんなイベントがあるし出かけるじゃないですか。僕も森道市場とかに誘われたりするんですけど、ちょっと今は、お店を構えたばっかりですし、今はお店でお客さんを待とうと。イベント用のフードを売るとお店のメニューが売れなくなると思うんです。

まずお店で自分が良いと思っているものを提供して、知ってもらうことが先かなと思います。

 

一度うちでもナイトマーケットみたいなことをしたんですが、これはやりすぎてはだめだなと。吉岡のお店として来てくれたら嬉しいけど、身内の店にしたいわけではないし、こんだけ美味しいお野菜を使っているし、こういうお野菜料理よくないですか?こういう順番とかバランスで食べるのよくないですか?というのを提案したいんです。お店を持つという手法を選んだのだったら、まずは土台をしっかりすべきだと考えています。

──

なるほど。

3周年まではしっかりやって、イベントとかはそれ以降かな。うちのお店なんてまだまだ知っている人が少ないと思うんですが、でも、3年やったしちょっといいかなって自分の中で思って(笑)、月に1回くらい発信のイベントをやってもいいかなと思っています。出張なのか、ちょっとしたイベントなのか、まだ構想段階ではあるんですが。

 

自分の中で熱い想いはあって、今まで飲食店をやってきた中で感じて来たことを伝えていきたいです。イベントってなにか僕の中でふわついている部分もあるんですが、時代的に、していいかなって。SNSも流行っていますが、あまりやっていないです。美味しそうな写真をあげてくださる方もいるんですが、やっぱり実際に来て食べて体験してみないとわからないと思いますし。

──

やっぱり来てみないとわからなかった衝撃はありますね。

僕の想いを全部汲み取ってくれなんておこがましいので、受け取り方は人それぞれで良いけど、はじめに話したオクラみたいに、あるんです、ちょっとしたこと。

それを積み重ねていったら何かに芽が出ると思う。まず感じてもらうのが大事だと思う。まずはやっぱり食べてみてほしい、僕も一生懸命やってますし。そんな感じですかね。

──

ありがとうございました。

インタビューをする前からいくつか回答を用意してきていただいて、追加で聞いた質問にもきっと常に考えているからこそ、しっかりはっきりと答えられるんだなと、感動しました。

 

1人でふらっとでも、お友達を誘っても、デートでも、京都に来た友達を案内しても。きっとバイタルサインを訪れた人みんなが、美味しいお野菜とワインに酔いしれると思います。私も初めて友人と訪れたときはあまりに気に入ってワインをボトルで飲んだり、あれやこれやとたくさん頼んでしまいました。思い返したらまたすぐに行きたくなってしまいました。この記事を書き終えたら、ふらりと一杯行こうかしら。

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ケガニ
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神戸の片隅で育った根暗な文学青年が、大学を期に京都に出奔。
アルコールと音楽と出会ったせいで、人生が波乱の展開を見せている。

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岡安 いつ美
岡安 いつ美

昭和最後の大晦日生まれのAB型。大学卒業後に茨城から上洛、京都在住。フォトグラファーをメインに、ライター、編集等アンテナではいろんなことをしています。いつかオースティンに住みたい。

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