映画で「とまどい」を案内したい。『ハッピーアワー』出演者・柴田修兵が鳥取でミニシアターをつくる理由

映画で「とまどい」を案内したい。『ハッピーアワー』出演者・柴田修兵が鳥取でミニシアターをつくる理由

映画で「とまどい」を案内したい。『ハッピーアワー』出演者・柴田修兵が鳥取でミニシアターをつくる理由

「即興演技ワークショップ in Kobe」への参加を経て、2015年に濱口竜介監督の映画『ハッピーアワー』に出演した柴田修兵さん。「『ハッピーアワー』はいろんなきっかけや縁をくれた映画」だというが、ワークショップの濃厚な5ヶ月間で何があったのだろう?そして柴田さんはいま、地元の大阪から離れ、鳥取県湯梨浜町に県で唯一のミニシアター〈jig theater〉をつくろうとしている。なぜ湯梨浜町で、なぜ映画館だったのか。取材では、映画の製作プロセスで感じた自身の変化と、映画館をつくるに至った背景を伺った。


ハッピーアワー』は、濱口竜介監督がデザイン・クリエイティブセンター神戸(以降、KIITO)の「KIITOアーティスト・イン・レジデンス2013」で行った「即興演技ワークショップ in Kobe」の参加者17名が出演する、5時間17分の長編映画だ。

 

東京藝術大学大学院映像研究科の卒業制作として発表した『PASSION』ですでに注目されていた濱口監督が実験的な演出方法で製作したことや、演技経験のない演者らがロカルノ国際映画祭最優秀女優賞をはじめとする賞を受賞したことなど、この映画が注目される理由はたくさんある。

 

関連書籍には濱口監督自らが演出について振り返った『カメラの前で演じること』や、映画評論家の三浦哲哉が一冊まるごと『ハッピーアワー』について語った『『ハッピーアワー』論』、それ以外にも考察noteやブログがたくさん存在する。これだけでも、観終わった後に語りたくなる映画であることがわかるだろう。

そんな中でこの記事を書くのは少々勇気のいることだが、この映画が紡ぐ縁について記録してみたいと思う。そもそも私が『ハッピーアワー』を知ったのは、2016年に立誠シネマで上映された時だった。鳥取県湯梨浜町で宿を営む友人が、わざわざ映画を観に京都まで来たというので驚いたのだ。友人はその日の夜に鳥取へ車で帰らなければいけなかったが、「家に帰りたいけど、帰りたくない。誰かにしゃべりたいけど、しゃべりたくない」と、なんとも言えない気持ちになっていると私に連絡をくれた。結局、休憩しながら朝までに帰れたようだが、私は映画を観てそんな気持ちになることがなかったので、『ハッピーアワー』というタイトルが記憶に残るには十分だった。

 

それから5年が経ち、調べものをしていて『ハッピーアワー』と再会した。これも何かの縁かもしれないと思いBlue-rayを購入して観てみると、あの時の友人のように何か消化しきれないものが残った感覚があった。おそらくそれは「とまどい」や「疑問」といったもので、映画を観て4,5週間経ったいまでも小骨のように引っかかっている。

 

この映画に感じるもやもやとしたものの正体を知りたいと思った時、アーティストの鵜飼景役で出演していた柴田さんが、湯梨浜町にミニシアターをオープンする予定で、プレオープンイベントで『ハッピーアワー』を上映したと知った。どのようなきっかけがあって、湯梨浜町で映画館を作ることになったのだろう。そんな湯梨浜町と『ハッピーアワー』をめぐる不思議な縁をきっかけに、この記事を作りたいと思い至った。

「いまだにワークショップの回復期にある」

この言葉は、2021年2月27日(土)・28日(日)の〈jig theater〉のプレオープンイベントの後、オンラインでアフタートークに参加した濱口監督が言ったそうだ。公開から5年経った今もそう感じる5ヶ月間のワークショップは、一体どんなものだったのだろう。

プレオープンイベントでのアフタートークの様子(柴田さん提供)

「KIITOアーティスト・イン・レジデンス2013」の成果物として制作された冊子『自分が誰なのか言ってごらん?』と『カメラの前で演じること』によれば、演技レッスンはほとんど行わず、「聞く」というテーマに向き合ったということだった。

 

「聞くことは、率直なその人自身の現れを助ける」とは、著書の中で濱口監督が言った言葉だ。酒井耕監督と共同制作した『東北記録映画三部作(2011)』で、津波による甚大な被害を受けた被災者へのインタビューを撮影した経験から、「聞く」ことが「演じる」ことの手助けになるという仮説が生まれた。インタビュー中、インタビュイーが被災者ではなくその土地に住む「一個人」の姿で話した時、その声がとても「いい声」だったという。この声は聞く人がいることで発揮されるとわかり、聞くことが演者が率直にその人自身を表現し、カメラの前で演じることの支えになると考えたのだ。

 

そこでワークショップでは「いい声」とはどんな声なのか、「聞く」とはどういうことなのかを知るため、街に出てインタビューを行ったり、ゲストを招いて「ダイアローグ・カフェ」というトークイベントを開いたり、他者の話を聞くことに専念した。

 

そうやって5ヶ月間、他者の話を聞き、自分自身と向き合い続けた柴田さんにどんな変化があったのだろう。その問いに、一つのインタビューワークを例えに出して答えてくれた。それは、助監督なども交えてペアを作り、2組のペアでお互いのこれまでの人生についてのインタビューを再現し合うというもの。ペアAがお互いにインタビューし合う様子をペアBが側で見て、インタビューの録音を元に1,2週間後にペアBがペアAそれぞれになりきってインタビューを再現。その逆のパターンも行った。

(柴田さん提供)

「目の前にいる他人の話を自分が体験したようにしゃべるのはすごく気を遣うし、間違ったことを言っちゃダメなんだけど、遠慮してもそれはそれで失礼というか。お互い自分じゃない人になってしゃべるので、すごく不思議な感じでした。

 

さらに、再現されたインタビューを言い淀みも含めて厳密に文字起こしするんですよね。僕はもう1組のペアの僕としてしゃべった方のインタビュー音源を聴いて「いい声していたな」と思ったところを抜粋して書き起こしました。それを4人以外の人が「電話帳読み※」をするんですけど、自分が話した自分の体験が何重ものプロセスを経てすごくバラバラに解体された感じになるんです。

※短編ドキュメンタリー『ジャン・ルノワール演技指導』に収められている「イタリア式本読み」を範とし、ニュアンスを込めず、抑揚を排して読み上げること

自分のエピソードが電話帳のように読まれると、大げさに言えばある種、民話とかそういうものになった感覚がしました。イメージ的には、「これがあなたです」と渡されるんじゃなくて、自分を構成するはずの要素がバラバラバラ……ってすべてヒエラルキーがない状態で目の前に提示される感じですね。人の手に渡ってさらに一部が抜粋されてテキストとして読まれるので、自分が自分の手の届かないところにいってしまったなと思いました」

演技は、相手の言葉を受け取り合う本気のキャッチボール

自分がバラバラに解体された状態でカメラの前に立つって、そんな心許ないことはないのではないだろうか。あまりにも無防備というか、自分にも役にもなれていない状態で演じることは可能なのだろうか。すると、柴田さんは2つのものが支えになったと話してくれた。

 

「解体されたままだとよすががないですよね。そんな中で支えになったものの一つはカメラそのものです。ずーっと関わってくれたスタッフの方が回してくれていて、その奥に濱口さんもいて。もう一つは、相手の演者です。お互いによすががない状態でしゃべっているから、相手のことをよく聞き合う状態になっていたと思います。自分の与えられたセリフの言葉をちゃんと言って、言葉をちゃんと聞き返すっていう。役を演じているというより、言葉をちゃんと受け取る係みたいな感じでした」

 

私が『ハッピーアワー』を観ていて一番に感じたのは、言葉の強さだった。普段観ている映画やドラマのように、セリフに抑揚があり、感情表現が豊かなことがいわゆる演技が上手いと認識されている中では、『ハッピーアワー』の演者のまるでテキストを読むような話し方は、一見すると演技が上手いとは言えないかもしれない。でも、どちらが耳に残るかと言われると、後者なのだ。それは、濱口監督の言葉を借りるならば「自分が自分のまま、別の何かになること」に一生懸命向き合った人から発せられる嘘のない言葉だからだと思う。よすががない中で、相手の言葉と、それに反応する自分のからだだけに集中したことで、言葉自体に強さが生まれたのではないだろうか。

「映画館にしたらいいんじゃない?」

(柴田さん提供)

柴田さんが3歳になるお子さんと妻の三宅優子さんと3人で大阪から湯梨浜町に移住を決めたのは、昨年末のこと。それまでは大阪で仕事をしながら、18,19歳の頃からイベントのオーガナイズを手掛けてきた。5年前にサンプラーを買い、友人が営む〈ギャルリー・チガーヌ〉でトラックメイカーとしてイベントの企画や出演をしたり、写真の個展を行ったり、映画のイベントも定期的に開催していた柴田さん。イベントオーガナイザー、トラックメイカー、フォトグラファーと、いろんな顔を持ち、大阪で自由にやりたいことを叶えていたように見える柴田さんが、なぜ湯梨浜町に移住し、映画館を始めようと思ったのだろうか?そのきっかけは、妻の三宅優子さんの一言だったという。

 

「子どもができたことをきっかけに、妻と一緒に今までの生活を見つめ直したんですよね。大阪も楽しいけど、違うところに行ってみてもいいんじゃないかなと思って、候補を探して西表島にも行きました。湯梨浜町は妻の高校時代からの友人でうかぶLLC共同代表の蛇谷りえがいることもあって馴染みのある町でした。ですが改めて訪れると、〈汽水空港〉という最高の本屋があって、その店主のモリテツヤくんとモリアキナさん、さらに一緒に田んぼをやることになった中川亮二と毛利愛実子という彫刻と陶芸をやっている2人の存在が決め手でした。子どもを育てる環境がよかったこともあって、湯梨浜町の東郷湖周辺に移住を決めました。

 

移住先では今までの経験を踏まえて、何かイベントができるオルタナティブスペースみたいなものを持とうと思ったんです。すると妻に、「映画館にしたらいいんじゃない?」と言われまして。突然の提案に驚いたのですが、どうやら付き合いはじめの頃に僕が映画史的な背景も含めて映画をすすめたことで、今まで自分が見なかった視点で映画を知ることができて面白かったと。そんな風に映画をすすめられる人が映画館をやれたらいいんじゃないか……と思ったそうなんです。

 

最初は無理だろうと思っていたのですが、大阪の〈シネ・ヌーヴォ〉や〈第七藝術劇場〉の副支配人をしている友人らに話を聞いてみたら、こじんまりとしたスペースだったらそこまで高い機材は必要ないというので、現実の目標になっていきました」

自分がつくった構造で、みんなに遊んでほしい

〈jig theater〉の準備中の様子(柴田さん提供)

そもそも柴田さんが「即興演技ワークショップ in Kobe」に参加したのは、最も好きな国内の映画監督の1人である濱口監督の考えを探求してみたいと思ったからだという。そんな柴田さんが映画の魅力を知ったのは、高校生の頃に深夜のテレビ放映で観た黒沢清監督の『CURE』がきっかけなのだそう。

 

「萩原聖人さんが演じる間宮が、催眠術を使って間接的に人を殺させる映画なんですけど、今まで見知ってた映画と全然違うかたちをしているなと思いました。内容も相まってものすごく怖さを感じる構造になっていて、映画というのは今まで自分がこうだと思っていた世界の構造を違うかたちで提示できるんだ、と。映画を好きになったのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とかを観て面白いと思ったからですけど、映画そのものの構造を意識したのは『CURE』を観た時からですね」

 

この話を聞いて、柴田さんのこれまでのキャリアを振り返ると、一から「構造」をつくることに面白みを感じていたのではないかと思った。トラックメイクは、音の素材を組み立てて音楽を作ることで、イベントのオーガナイズは、人が集まりたくなる場や空間を設計することだとも考えられる。そして〈jig theater〉は、湯梨浜町に住む人たちの生活に映画文化を根付かせるための装置なのだろう。名前の由来となった「治具(じぐ)」は大工用語で、構造物を加工する際に、作業位置を案内するための器具の総称だ。最終的な成果物には残らずガイド役である治具のことを柴田さんは「映画が始まると見えなくなる映画館はまさに治具のようだ」とも例えた。

 

「小さい頃から兄と新しいルールや遊びを作ることが好きだったので、やりたいことはずっと一貫していたのかもしれないですね。それと、何が一体どうなっているかをわかるには、実際に作ったりやったりするのが一番はやいと思っていて。めちゃめちゃ器用なわけじゃないので、作ったものは上手ではないんですけど、つみき遊びをするように自分で手を動かして作って、その感触が楽しめたらそれがいい」

ずっと考え続けてしまう何かを届けたい

奥泉理佐子さんが設計を担当したプレオープンイベント会場(奥泉理佐子さん提供)

現在まさに製作中の映画館は、柴田さんが実際に手を動かして作ってみているものの一つ。プレオープンに合わせ建築家の奥泉理佐子さんが設計した会場は20席ほどのゆったりした空間となった。場所は湯梨浜町立桜小学校跡の3階で、上映会場の隣の教室には映画を観終わった後に茶話会をできるようなスペースを用意しているという。不定期開催で、長居できて、映画を観る前と後に誰かとおしゃべりができる空間。湯梨浜町のゆったりとした雰囲気に合うような、この場所にできるべくしてできる映画館なのかもしれない。

 

最後に、〈jig theater〉を湯梨浜町でどのような場所にしていきたいかを伺うと、「〈jig theater〉は「とまどいを案内する」をコンセプトにしようと思っています。僕の映画体験として黒沢清監督の『CURE』を挙げましたが、「あれはなんだったんだろう」「自分は何を見せられてるんだろう」と何かしらのとまどいが残る映画を基準に選べたらいいかなと思います。それが大事かはわからないし、その後の自分の人生に役に立つかもわからないですけど、ずっと考え続けてしまう何かをみんなに届けられたらいいなと思ってやっていこうかなと。それと、映画館主体で映画が終わってからちょっと談笑するみたいな時間って意外とないので、茶話会のようなものも開きたいですね。湯梨浜町に住むお年寄りから子どもまでみんなが、映画を観終わった後にしゃべれる空間にしていきたいです」と答えてくれた。

 

私にとって『ハッピーアワー』は、まさに「とまどい」を与えてくれた映画だ。毎日、私たちはたくさんの言葉をやり取りするが、その中で、本気のキャッチボールをする割合はどれくらいだろう?意図的ではなくても、からだで反応する前に、反射的に言葉を投げ返していることもあるはずだ。でも、『ハッピーアワー』を観ていた5時間17分間は、適当には流せない言葉を浴び続けて、いまだに処理できないでいる。この記事を書きながら、私が『ハッピーアワー』から受け取ったとまどいとの関係は、まだはじまったばかりなのだな、と思った。

オープン情報

2021年7月15日(木)に〈jig theater〉がオープンする。こけら落としに選ばれたのは、ホン・サンス監督の新作『逃げた女』だ。 上映は7月15日(木)〜7月18日(日)の4日間。最新情報はTwitterをご確認ください。

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EDITOR

新原 なりか
新原 なりか

ライターや編集を中心にいろいろやっているフリーランス。大阪市在住。蚕とクミンが好き。京大総合人間学部卒の人間性フェチ。
Twitter: @kekkaohrai

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岡安 いつ美
岡安 いつ美

昭和最後の大晦日生まれのAB型。大学卒業後に茨城から上洛、京都在住。フォトグラファーをメインに、ライター、編集等アンテナではいろんなことをしています。いつかオースティンに住みたい。

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