【旅行気分 Vol.4】無邪気な旅人だった頃 『馬馬虎虎 』vol.2 タイ・ラオス紀行 檀上遼 

【旅行気分 Vol.4】無邪気な旅人だった頃 『馬馬虎虎 』vol.2 タイ・ラオス紀行 檀上遼 

【旅行気分 Vol.4】無邪気な旅人だった頃 『馬馬虎虎 』vol.2 タイ・ラオス紀行 檀上遼 

2018年のとある8月の10日間のタイ・ラオス旅行記。著者の檀上遼さんは帰国後2年かけて執筆したそうです。なかなか旅行に行けない今読むと、ある気持ちにとらわれるのでした。


『馬馬虎虎』vol.2 タイ・ラオス紀行

『馬馬虎虎(マーマーフーフー)』は中国語で「まあまあ」とか「ぼちぼち」という意味の故事成語。vol.1は台湾生まれ香港籍の母親をもつハーフという視点から、自身のルーツを辿るような文章が印象的な台湾留学記だった。vol.2は2018年のとある8月の10日間に訪れたタイとラオスの旅行を描く。

観察眼が光るユーモアなエピソードと人物描写

この旅行記は、檀上さんが早朝のフアランポーン駅に降り立つところからスタートし、バンコク郊外のイサーンディスコで地元の人達と盛り上がった一夜で終わる。

 

旅行記にありがちな感動的な出会いや、スリルある冒険で盛り上げるというよりも、薬草サウナで出会った不良少年僧たちに困惑したり、メコン川の淡水魚が一堂に会するノンカーイアクアリウムで大興奮するといった日常の延長にあるエピソードを、淡々とした筆致ながらもユーモアを交えて描いている。

 

そして、旅で出会ったタクシー運転手や屋台の店主、喫茶店で居合わせたおじいさんたちの姿が、一瞬の出会いにもかかわらず、印象的に描かれている。そんな檀上さんのゆるやかな旅の様子が、行ったことはないけどタイの大らかな雰囲気に通じるものがありそうで、先が読みたくなって、ついついページをめくってしまった。

 

この旅行記にはそんな旅先でのくすっとするエピソードに満ちている一方で、巻末の膨大な参考文献からもわかるように、檀上さんの思索についても描かれている。写真を撮りながら観光と写真の関係について『観光のまなざし』から考察し、タイ料理を食べながら「オリエンタリズム」について考える。

 

しかし、檀上さんは思索する観光客だが、批判的な観光客ではない。写真を撮るだけの観光なんて薄っぺらいとか、オリエンタリズムは西洋社会からのレッテル貼りだと憤るわけでもなく、そのような学術的な記述と自分の感覚を照らし合わせながら、そのときの自分の考えや感覚を丁寧に描いている。この頭でっかちになりすぎない書きぶりのおかげで、タイトル通り「まあまあ」と気楽な気分で、檀上さんと一緒にタイとラオスを回っているような気分になる。

私たちがまだ無邪気な旅人だった頃

驚いたことに、檀上さんはこの旅行記を2年近くかけて書き上げたという。2018年の帰国から随分と時間が経った2020年、新型コロナウイルスが流行する中で執筆を始め、極力SNSやインターネットから距離を取りながら書き進めた。執筆しているうちに、檀上さんはなんだか自分がまだ旅を続けているような気分になったそうだ。そのせいだろうか、この本を読んでいると私も奇妙な懐かしさに襲われた。

 

檀上さんは大学生の頃、バックパッカーの武勇伝に反発を覚え、タイに行きたい気持ちはありながらも、そのブームには乗りたくないという逡巡を経て、やっと「行ってみたいから」という単純な動機でタイへ飛ぶことができた。そんなふうにぽーんと旅に出た檀上さんの姿は、パスポートとお金と時間さえあれば、思い立ったときに飛行機に乗り、国境を超え、知らない街に降り立っていた数年前までの私たちの旅の姿に重なる。それがいかに自由で貴重なことだったか。この旅行記が思い出させるのは、そんな私たちがまだ無邪気な旅人でいられた頃の姿だ。

 

 

長い旅の準備期間に

この本が刊行されて1年が過ぎたが感染症はまだ収束しそうになく、私たちがかつての無邪気な旅人に還れるほど、まだ世界は快復していない。さらには世界には戦争という新たな火種さえ生じている。そして日本にいる限り、その火の粉はわが身には降りかかってこないはずだとどこか無関心に思っていられる。もちろん当時も、いや、それ以前からだって世界にはそんな火種があった。この本でも緊迫する香港情勢やタイとラオスの緊張関係について触れられている。それでもその頃の世界は、まだその気になればいつでも行ける、あるいは、いつかは行ける開かれた場所だった。でも、もう私たちはそんな無邪気な旅人ではいられなくなった。

 

だけど、あとがきの「とにかく読んだ人が気軽に海外に行ってみたくなるような、いまの時代にフィットした本を書いてみたいと思ったのだ。」(197ページ)、という部分を読むと、いつまでも悲しみにくれていてもという気分になる。

 

『馬馬虎虎』のタイトルのように、あまり頭でっかちにならないで、今は次の旅への長い準備期間だと気楽に構えていようと思える。檀上さんが2年の間旅行記を書いていたように、読者の私たちはこれを読みながら次の旅を準備しよう。

 

ところで旅の準備といえば、旅行会社に行ったり『地球の歩き方』でも読んだりするところだろうか。私はといえば、檀上さんがルンピニー公園で次から次へと屋台で朝食を注文する描写に居ても立ってもいられなくなって、さっそくタイ料理を食べに行ったのだった。

著者プロフィール

檀上遼(だんじょうりょう)

 

1983年生まれ、神戸市在住。これまでに台湾滞在記『馬馬虎虎 vol.1 気づけば台湾』、2015年10月に台湾旅行をした10日間を描いた台湾旅行記『声はどこから』(友人の篠原幸宏さんと共著)、『馬馬虎虎 vol.2 タイ・ラオス紀行』を出版。旅行記というスタイルで自らの旅を記述し続けている。現在は篠原幸宏さん、池上幸恵さんと3人で同人文集『締め切りの練習』を継続的に出版。

HP:https://ryodanjyo.com/

 

RECENT POSTS

EDITOR

堤 大樹
堤 大樹

26歳で自我が芽生え、なんだかんだで8歳になった。「関西にこんなメディアがあればいいのに」でANTENNAをスタート。2021年からはPORTLA/OUT OF SIGHT!!!の編集長を務める。最近ようやく自分が興味を持てる幅を自覚した。自身のバンドAmia CalvaではGt/Voを担当。

Other Posts