ここで暮らす未来の子どもたちへ。身近な植物の力で新しい土着を紡いでいく|亀岡探訪誌 #4

ここで暮らす未来の子どもたちへ。身近な植物の力で新しい土着を紡いでいく|亀岡探訪誌 #4

ここで暮らす未来の子どもたちへ。身近な植物の力で新しい土着を紡いでいく|亀岡探訪誌 #4

植物と人の関係は、このままでいいのだろうか────。

 

そんな疑問を抱え、関係を捉え直そうとする人が、亀岡にいる。身近な植物に目を向けようとするだけでなく、ときには外から持ってきて栽培をする。亀岡に流れる水、豊かな土壌をめいいっぱい受けた植物たち。そこからどんな生活が広がっているか、また新しい文化を編むためにどんな活動がされているのか、のぞいてみよう。


春になると、祖母が作ったつくしの佃煮を楽しみにしていた。甘じょっぱくて、白飯がすすむソレは、筆者の大好物だった。

 

ある日、近くの河川敷で家族と花見をしていると、「ここにもつくしがぎょうさん(たくさん)生えてるね。採ったらおばあちゃんが佃煮にしてくれるかしら」と母が言った。食材はスーパーで買うものと思っていた私は、こんな身近にあるなんて驚いた。お裾分けでもらう蕗のとうや筍も、近くの山から採ってきたものなんだよと、教えてもらった。

 

スーパーやコンビニがまだ普及していなかった時代、身近に生えている植物を活かして私たちは生活をしてきた。ワラビやゼンマイなどの山菜をおかずにするだけでなく、ヨモギやシャクヤクなどの薬草は乾燥させて、病気や怪我の治療として活用されてきた。

 

昔に比べて、“植物と人の関係” は遠のいてしまったのかもしれない。山菜や薬草を取りに行く人を知らない。つくしの佃煮を作っている祖母の姿を、ここ何年も見ていない。

今も昔も亀岡で紡がれる薬草の文化

亀岡には薬草の歴史がある。

 

さかのぼること平安時代。日本最古の医書「医心方」の著者である丹波康頼が、亀岡市下矢田町で薬草園を作ったと言われている。貴族間医者であった丹波康頼は、隋・唐の医書を引用しつつ全30巻にわたる「医心方」を書き上げ、天皇に献上をした。

 

そんな丹波康頼が築いた薬草園では、全国各地から集めた薬草が栽培されていたそうだ。薬草園があった場所は「医王谷」という地名で今も残り続けている。

 

時を経て、現在。丹波康頼の文脈を引き継いでいるのか、亀岡の豊かな水と土壌がそうさせているのか、薬草の価値を再発見して、亀岡の古くて新しい価値として再興しようとする人たちがいる。

 

例えば、「動植物の価値を再び見出し、新しい形で世の中に送り出す」をコンセプトに掲げている福岡ワイルドファーム。自生するセリ科のツボクサを使ったハーブ酒「ツボクサのリキュール」はふるさと納税の返礼品にもなっており、他にも亀岡で採れた特産野菜を販売している。

 

また、京都ほづ藍工房株式会社は、京保藍の藍茶(らんちゃ)を販売したりや藍染め体験を提供したりしている。京都を含めて全国で藍は栽培されていたが、大正時代に入ると輸入品である化学藍が普及して、栽培は激減。「幻の京藍」と言われるほどになってしまった。2015年、徳島の藍師の手によって細々と受け継がれていた京藍を発見し、京都ほづ藍工房が保津で栽培を始めた。

 

身近な植物が持つ力に目を向ける人たち、植物で文化を編み直そうとしている人たち。スタンスはそれぞれだが、亀岡に集まっているのは何かの巡り合わせがあるように感じるのは、筆者だけだろうか。今回は、全国の里山に眠る植生の「食材としての可能性」の発掘を行う日本草木研究所の創業者・古谷知華さんと一緒に、NPO法人チョロギ村の代表・森隆治さんにお話を伺った。

健康を他人に預けない。自分たちが育てた植物で健康に向かう

亀岡市の北西に位置する「神前(こうざき)」は、総人口400人ほどの小さな集落である。森に囲まれて、生き物も多く生息する豊かな土地。地域の魅力を発信する展示・体験施設である〈森のステーションかめおか〉で活動しているのがNPO法人チョロギ村だ。

 

法人の名前にもなっている「チョロギ」は、シソ科の多年草の植物である。「チョロギって言葉、響きが面白いやろ。みんな興味を持ってくれそうで、覚えてくれるかなって」と、少年のように笑って教えてくれたのは、同法人代表の森隆治さん。

取材はチョロギ村で行われた

原産が中国のチョロギは、江戸時代に朝鮮を渡って日本に伝わってきた。「長老喜」「長老貴」などさまざまな当て字があり、「昔の人たちは直感的にチョロギが体に良いって知ってたんやないやろうか」と森さんは言う。今では、縁起物として、おせち料理に添えられることは多いが、普段の料理で使うことはあまりないだろう。

おせち料理に入っているチョロギの梅酢漬け。NPO法人チョロギ村では、チョロギや金時生姜などの薬草を使った商品を開発・販売している

森さんがチョロギを軸に同法人を設立したのは、さかのぼること2016年のこと。

 

京都府に入庁して公害問題に取り組んだり、製薬会社で薬剤師として働いたり、人々の健康を支えるキャリアを歩んできた。そして、退職後にやりたいと願ったのが、自身が生まれ育った神前に住む人たちの健康を支えることだった。

神前は、高齢化率50%を超える地域。産業は農業しかない。何にもしなければ、10年後、20年後どうなるか予想がつく。『地域の活性化』はどういうものなのかを考えないといけない時だった。

 

まず目標としたのは、地域の大半を占めるお年寄りが、仏様のお迎えを待つだけでなくて、『今日楽しく過ごせてよかったな』と心と体が健康に過ごせることを目指したんや。

最初は、薬剤師の知見を用いて、健康に過ごすためにどういう食生活をおくればいいかなどを地域の学校や施設へ講演したという。しかし、一回きりの講演では、地域の人たちの生活は変わらなかった。そこで、森さんが着目したのが薬草だった。

お年寄りが自ら健康をつくるために、もっと継続的な“活動”が必要やろ。そこで着目したのが薬草だった。僕たちより上の世代は、まだ薬草を暮らしの中で活用してたんだよね。例えば、ドクダミを摘んでお茶を煎じたり、お腹が痛いときはリンドウ科のセンブリを飲んだり。馴染みがある薬草を鍵に健康づくりができたら、みんなに興味を持ってもらえる。さらに、『健康を自分たちの手でつくる』というのが何よりも大切だと思った。

私たちは病気や怪我をしたら、病院に行って、薬をもらったり手当をしてもらったりする。そうやって専門家の力を借りて「健康ではない状態」から「健康な状態」へとなることも重要だが、そもそも病気や怪我をしないことも欠かせない。体の土台となる免疫を高めるような薬草を他の地域から買ったりせずに、自分たち地域で育てられないかと森さんは考えた。

全国の里山に眠る植生の「食材としての可能性」の発掘を行う日本草木研究所創業者の古谷知華さん(森さん左横)と共にお話を伺う

「健康長寿に良い」「素人でも栽培しやすい」「科学的に効く薬草」の3つを条件にして薬草を探し、ヤマトトウキと金時生姜、そしてチョロギにたどり着いた。

 

セリ科の多年草であるトウキは、肩凝りや冷え性、貧血に効果があり、現在でも婦人病薬に活用されている。金時生姜は、消化酵素の働きを高め食欲不振に効果があり、体温上昇効果も期待される。そして、チョロギには「認知症予防」の効果があるという論文を見つけた。

35年前に、2つだけチョロギに関して論文が出ていた。地域の人たちにいい加減なことを広めてもいけないし、チョロギが認知症予防にほんとうに効果があるのか確かめないとあかんなあと。

 

そこで、神戸学院大学薬学部の教授に『薬草で地域の人たちの健康を支えたいんです!』って頼んで実験をした。マウスを使った実験の結果を踏まえて、僕は人にも効果があると思った。

チョロギについて書かれた紹介のパネル

体も心も、自分たちの手で“健康”を作っていく

驚くべきことに、現在神前では150世帯中100戸がチョロギを含めた薬草を自分の畑や庭で育て、普段の料理に取り入れて健康的な暮らしが実践されている。

この村には、まだ有線放送が残っているから、それを使ってチョロギの良さを話した。有線放送だと村全部の家に届けることができるから、とても強い(笑)。『興味ある人は、苗をあげますからここに集まってください』って言ったら、あっという間に広まったんだよ。

森さんの働きかけが、「チョロギを育て、食べる」という習慣を作ったのだ。習慣に留まらず、健康に生きることを文化にするためにも、NPO法人チョロギ村では、「楽しい村」「三世代がバランスよく共生する村」「人々の間に交流がある村」「活気がある村」「誇りを持てる村」の5つの理念を掲げて様々な活動を実施している。

 

例えば、子どもと大人が楽しめるよう水生昆虫教室やしめ縄作り教室など「生活楽しみ塾」を開催。また、薬膳レストラン「おうち薬膳 忘れな」では、神前で採れた薬草や野菜を使った薬膳料理が提供されており、スタッフも神前の住民だ。

 

他にも、地域のおばあちゃんが作った布袋やぬいぐるみ、農家が作った野菜などを販売しているスペースを設けている。

販売スペースの様子

体だけでなく、心も健康のまま1日を過ごせますように。そのためには、希薄になってしまった人との繋がりを回復させる必要がある。「人と関わることが楽しい」「誰かのために働けることが嬉しい」という思いを地域の人たちが抱けるよう、森さんはきっかけ作りに励んでいる。

地域のおばあちゃんが作った布袋やぬいぐるみは、正直言って値段は安くて、生活を支えられるほどではない。でも、300円、500円と売れると、すごく喜んでくれる。『人の役に立てた』という実感が、心の健康を育んでると思う。

 

一方で、お年寄りも多いから無理して働くようなことは本末転倒かなと。薬膳レストランも木・金・土・日の週4日、昼間だけの開店にしている。無理せず、働くことで人との繋がりを感じる。それが生きがいってものではないやろうか。

近所で採れた旬の野菜が並ぶ

「まだまだ子育て世代は少ないが、これから力を入れていきたい」と語る森さん。地域のお年寄りと交流できる場があり、そこには生きがいを持った安心できる人たちがいる。そんな「村」では、共働きが多くなってきた子育て世代も、心を委ねつつ子育てができそうだ。

 

チョロギは決してこの土地の自生の植物ではなかったかもしれない。でもそのチョロギがいま神前地区の多くの家々のまわりに植えられ、身近な植物となっていっている。この薬草をきっかけに様々な活動が生まれ、まちおこしのコンテンツになり、多くの交流や生きがいを生んでいる。これだけ暮らしに根付いている植物とそれに伴う営みは、これからの未来の土着になっていく可能性を大いに秘めている。

「これは食べられる薬草、これは毒がある」そんな“まなざし”で薬草を隣人に

現代の私たちは、体調が悪い時は薬局や病院などで薬や漢方を処方してもらう。「少しお腹の調子が悪いから、近くの山の麓で薬草を見つけよう」と考える人は、ほとんどいなくなってしまった。そこらへんに生えている草には全て名前があって、中には傷を治したり、免疫力を高めてくれたり、そんな特徴を持つものがある。みんな知っているタンポポでさえも、実は効能があるのだ。

 

NPO法人チョロギ村では、「身近な植物が食べられるものなんだということを、子どもたちに気づいてほしい」という森さんの想いのもと、地域の薬草図鑑を販売したり、草原ならぬ「薬草原」をつくっている。

森さんに薬草原を案内していただいた

これはチョロギ村で大切にしている薬草の1つ、ヤマトトウキ。よく見てみたら花が咲いてるやろ。ヤマトトウキは3年目しか花を咲かせない。1、2年目は花を咲かせなくて、3年目に子孫を残すために花を咲かせ実を結ぶ。

こっちの雨庭の上流に植えているのはガマ。日本の文献で、一番最初に出てきた薬草がガマなんや。古事記の『因幡の白兎』って聞いたことあるやろ?ワニに毛皮をはぎ取られた兎に、大国主命が『ガマの穂を塗るとよい』って言ったやつや。ガマは古代から傷を治す作用があるって言われてる。

あとは、薬草原には一つだけ毒を持ってる薬草がある。それが彼岸花。プレートにも毒と記してある。地下茎の鱗茎には強いアルカロイドが含まれていて、これが毒になる。身近な植物の中にも食べられるものと、そうではないものがあるのを知ってほしくて、彼岸花を植えてる。

この薬草原は、未来の子どもたちへの願いでもあるのだろう。いつも遊んでいる場所、歩いている歩道、そこにある植物が食べることができたり、傷を治したり、毒になったり。そんなまなざしで道端の植物を見ると、彼らが違った存在として見えるようになってくる。子どもたちの「好奇心」を刺激するものは、実は至るところに落ちている。

例えば、タンポポが薬草ということを知って、次はタンポポは体にどのように効くんだろうかと調べる。発見する喜びから、自主的に行動をしていく。そういうことができる子どもが、これからは大事なんだろうなと思う。

現代の私たちは「薬草」と聞くと、自分たちの身近には存在しない特別な植物のように思ってしまう。漢方薬局など特別な場所でしかもらえないもの、田舎や海外の山奥に生息しているものと、漠然とイメージする人も多いだろう。しかし、薬草原が教えてくれる見方で子供も大人も周りの植物を眺めてみると、薬草はすぐ足元に生えていることがわかる。

 

NPO法人チョロギ村では、人間と薬草が共に生きていく文化をつくっている。薬草は何ら特別なものではなく私たちの人間の隣人であり、健康や豊かさを手助けをしてくれる存在として位置付け直せる可能性を教えてくれている。

食べること。それが植物と私たちを近づける一歩となる

取材に同行いただいた日本草木研究所・創業者のである古谷知華さんは、日本草木研究所のほかにもクラフトコーラ「ともコーラ」やノンアル専門ブランド「のん」など飲食料ブランドを立ち上げ、植物と私たちの関係を食を通じて紡ぎ直してきた方だ。古谷さんにもも、取材に同行。NPO法人チョロギ村の活動や森さんの理念を踏まえて、感想を伺った。古谷さんは、日本全国の里山に眠る“美味しい植生たち”を蒐集し、クラフトコーラ「ともコーラ」やノンアル専門ブランド「のん」など飲食料ブランドを立ち上げている。

森さんもさまざまな形で、“植物と人の接点”を作ろうとトライされていて、チョロギを安定的に生産しつつ、地域全体が森さんの活動に協力していることに感動しました。私は主に「味と香りの良さ」という嗜好的観点から植物を蒐集していますが、森さんの活動は「健康」が軸にある。そこが大きな違いだなと感じました。アプローチは違えど、どのような文脈でも日本の植物が世界的なポジションになれたら、どのような文脈でも素晴らしいことだと思っています。

 

森さんもさまざまな形で、“植物と人の接点”を作ろうとトライしています。その中なかでも、共通しているのは食べること。それが一番の接点だなと考えてます。食卓に日本の山菜や薬草が当たり前のように出てくる。そうすると、植物へのまなざしも自然と形成されていきます。

 

文明開化以前の日本の文化や知恵には、素晴らしいものがいっぱいあります。それを現代で紡ぎ直して、未来の子どもたちへ繋いでいきたいですし、日本の植物が世界的なポジションになれたら、それも素晴らしいことだと思っています。

私たちの身近にある植物は、私たちが思っている以上に可能性に満ちている。

 

日本最古の医書を書いた丹波康頼は、日常の食事と病気になったときの薬草は、ともに生命を養い健康を保つために必要なもので、源は同じだということを「医食同源」という言葉で『医心方』に記している。 

 

きっと先人たちは、その土地で採れる植物を活かして、生活を営み、文化を紡いでいったのだろう。そしてそれが健康にも良いことを知っていた。土を離れ、植物に触らなくなってしまった私たちが、もう一度それらとどう関係を作っていくか。この記事をヒントに、ぜひみなさんも考えを巡らせてほしい。

探訪のガイド

森隆治さん

1951年生まれ。NPO法人チョロギ村理事長。前職は京都府保健環境部にて薬事・環境行政に従事後、日東薬品工業㈱常務取締役研究開発本部長。主な開発製品にザ・ガードコーワ整腸錠などがある。薬剤師。専攻は薬品分析学(京都大学薬学部卒)。退職後、NPO法人チョロギ村を設立し、少子高齢・過疎化する地域の活性化に取り組む。

古谷知華さん

1992年生。2015年東京大学工学部建築学科卒業。調香やハーブ・スパイスに関する知識を活かし、クラフトコーラ「ともコーラ」やノンアル専門ブランド「のん」等の飲食ブランドを設立する。日本各地の山に入り食材獲得するのが趣味。

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Deep Care Labは、祖先、未来世代、生き物や神仏といったあらゆるいのちのつながりへの想像力をはぐくみ、ケアの気持ちが立ち上がる創造的な探求と実践を重ねるリサーチ・スタジオです。人類学、未来学、仏教、デザインといった横断的視点を活かし、自治体や企業、アーティストや研究者との協働を通じて、想像力がひろがる「窓」を新たなインフラとして形成します。

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