記念すべき連載の一回目は、渡航先でのポートレートやウェディングフォトなど、その人が持つ美しさを鮮やかに映し出す大阪在住のフォトグラファー桑原雷太にインタビュー。これまで幾度も海外に赴くだけでなく、近年ではインドの田舎町ブンディに足繁く通う。ターバンを巻いた男性のポートレートを作品に展示を行うほか、撮影した写真を印刷し次に訪れた際に本人に渡すなど、「撮る・撮られる」といった関係に終わらない、写真を通じたコミュニケーションを大切にしている。フォトグラファーとして活動する傍らで、京都でアパレル販売員の仕事もしながら、自らの作品作りに取り組むそのエネルギーは何に起因しているのだろうか。
同じ時間を過ごしていたはずなのに、あの人が撮る写真はなにかが違う。そんな経験は誰しもにあるはずです。写真は「その人の生き方そのものだ」という言葉があるように、「経験・興味・視点」がレンズを通して露わになるのが面白いところ。
アンテナでは『with your eyes』と題して、西日本を拠点に活動するフォトグラファーのインタビューを行う連載をスタート。誰もが写真を気軽に発信できる時代だからこそ、「記録に留まらない、写真のあり方とはなにか」を、彼らのキャリアを掘り下げることで模索します。
桑原雷太プロフィール
大阪市生まれ・在住
世界を旅するなかで写真に出会う。
毎年作品を撮るために世界のどこかへ旅に出ること続けている。
website : http://raitakuwahara.com/
Instagram:https://www.instagram.com/raitakuwahara/
真正面からポートレートを撮るのは人に声をかけなきゃいけないし、怖かった
「旅をする中で写真に出会った」とSNSで拝見しました。そもそも。世界を旅するきっかけはなんだったんでしょうか?
大学3年生の終わり頃、就職活動が嫌で休学したんですよ。当時のことをあまり詳しく覚えてないけど、旅行するから休学すると大学には届け出て。生まれて初めての海外旅行で、上海からイスタンブールまで飛行機を使わずにアジア横断をしました。
なんで就職が嫌だったんですか?
当時は自分が働くということがどうしても想像できなかった。最近、写真の仕事をするようになってからは、楽しく働いていますけどね。
初めての海外旅行で怖くなかったですか?
めちゃくちゃ怖かったですよ。英語もうまく喋られないし、今よりも人見知りで、お店に行っても「すいません」も言えない。それでも、4ヶ月旅行に行って帰ってきたら、人見知りがだいぶ解消されていたんです。旅の道中で日本の方と一緒になる機会が多かったから必然的に喋るようになって、お互いに助け合いながら過ごしていたので。自分のペースも旅行中に掴めてきて、知らないところに行くのが楽しくなってきました。目的地のイスタンブールに着いて、ヨーロッパが地続きにあるんだと思ったら、この先にも知らない世界が広がっていることにロマンを感じて、もっと先が見てみたくなったんです。
旅を通じていろんな人とものを知って、温度感やその場の空気を実際に現地で感じることで、自信がついて、怖さより好奇心が勝っていったんですね。
アジアの他の国は日本と違って嫌でも喋りかけてくるので、苦手だったコミュニケーションが自然と出来るようになっていったんだと思います。
その旅で、はじめて写真を撮ったんですか?
デジタルカメラはまだ出始めたばかりで普及していなかったから、フィルムカメラを旅行に持って行ったけど、記録するくらいの感覚でしたね。写真というものを意識したのは、インドのカルカッタ(現コルカタ)のブックストアでインドの写真集を見て、「なんでこんなにきれいにかっこよく写ってるんだろう」と思ったのがはじめてです。
その旅行で「30歳までに世界一周がしたい」という気持ちが芽生えて、大学卒業後に就職したアパレルの営業の仕事を29歳で辞めて、1年間の世界一周の旅に出ました。その時にはじめてデジタルカメラで写真を撮ったんですけど、割と自分の思い通りに撮ることができたんです。
どんな風に撮れたんですか?
雑に聞こえるかもしれないけど、写真なんで、絶対に自分の思っていない偶発的なことが生まれますよね。それが楽しいんですけど、そこにプラスして自分の思っている意図が表現できた。それでのめり込んでいったんでしょうね。
どういう表現ができたんでしょうか。
旅行に行く前にアンリ・カルティエ=ブレッソンの大きな展示を大阪でやっていて、街中で起こった一瞬の出来事を完璧かつユニークな構図でスナップに収めている写真に影響を受けました。瞬間のはずなのにちゃんと絵になっているのが良くて。旅行中に記念写真みたいなものは撮りたくなかったし、その展示以降は町を歩いている人とかその一瞬を完璧な構図で撮りたくて、それが出来た。その時から風景とか景色ではなくて、人だったり、動いているものや生きているものに興味を持っていたと思います。
どうして人や生き物を撮ることがおもしろいと感じられるんですか?
よく考えるけど、おもしろいとしか言いようがない。一瞬たりとも同じ瞬間がないというのもあるし、1人として同じ人はいない。撮る人によっても全然違う写真になる。ポートレートではちゃんとコミュニケーションが取れれば、どんな人を撮る時も楽しいと思える。人見知りだけど人と話すのは好きですし(笑)。
今思えば、最初にスナップばかり撮っていたのは人と向き合わなくても撮れるからなのかもしれないですね。真正面からポートレートを撮るのは人に声をかけなきゃいけないし、怖かったから。
どういう風にスナップからポートレートに興味が移っていったんですか?
スナップは基本、ストリートで起こっていることを切り取ります。それも創作性があって自分の力が試されるけど、偶発的なことを待っているのが物足りなくなってきて。演出というかフィクションを入れて、自分の意図が入ったものを作りたいと思うようになりました。
最近ブンディでポートレートを撮る時に黒の背景を持って行っているのも、「こういう人がいました」ってスナップを撮るんじゃなくて、自分の思う絵にしたいからです。
どうしてそのように感じるようになったんでしょうか。
今ではみんながカメラを持っているし、僕がよく行くインドなんて刺激も多くて、場所の力がすごい。行けばみんなうまく撮れるんですよ。そんな中で自分にしか撮れない作品を作りたいと思うようになったからです。
お話を伺っていて感じたんですが、雷太さんって承認欲求が強いですよね。
めちゃくちゃ強いです(笑)。
今までの人生で満たされた事はありますか?
大学の部活でバンドを組んでギターをやっていた時は満たされていたかな。子どもの頃から自分が描いたり、作ったものを褒められるのが好きだったし、今でも撮った写真をインスタに上げたら「いいね」つくかな、とか考えますよ。写真を始めた頃はmixiに上げて、それがきっかけで写真の展示もやった。自分が納得いったものを発表したいっていう気持ちはもちろんあるし、個展って人に見てもらう場所だから承認欲求がないって格好つけても嘘になる。
写真ではなくアパレルの仕事は、その欲求を満たしてくれますか?
ファッション性というところに対しては全く満たされないけど、売るのは楽しいんですよ。お客さんとめちゃくちゃ喋って、コミュニケーションを取って、自分の提案したものを買ってくれる時とか。写真を撮るのも楽器を弾くのもまずは自分が満足するためで、自分が満足しなければ認められる・ 認められない以前の問題だと思います。
他に満たされたと感じるものはありますか?
ブンディに7回くらい行っていて、同じ場所に行くのも飽きがくるので、誰か一緒に連れて行こうと思って前回アシスタント同行者を募ったんです。作品作りが目的だけど、副産物としてついでにインドを好きになってもらえたらなと。結果的にみんな楽しんでくれたみたいだし、自分の好きなインドという場所が認められたようで嬉しかった。
「インドに行くならヨーロッパに行けばいいじゃん」って否定的なことを言う人も周りにいるけど、ヨーロッパも何度も行ったうえで僕はインドを美しいところだと思っているので、それを身近なところから伝えたいという気持ちはあるのかもしれない。
インドのどういう部分に美しさを感じるのですか?
清潔さでいうきれいとは違うけど、その土地に住む人の営みが感じられる建物・人・文化・ファッション、すべてが独特で美しいとしか思えない。ちょっと前はインドの美しさを聞かれた時に、うまく言葉にできないことにイライラしていたけど、今は写真でそれを見せられればいいなと思っています。小説家ではないしね。
私も行ってみたくなりました。7回も訪れるブンディの、他の都市との違いは何ですか?
ブンディみたいなあまり観光客が行かないところだと、写真に撮られること自体に街の人が興味を示してくれるんですよね。子どもの時ってカメラ出されたらピースしたりしませんでした?そういった純朴さが残っている。写真をプリントして持って行くのも小さい街だから、誰がどこにいるかわかるから。暇つぶしでやっていたんですけど、渡すとみんな予想以上に喜んでくれて。人とのコミュニケーションを写真を通して取れることが、僕には楽しいんです。本来、写真を撮られることや、写っている自分を見るのは、誰であれどこであれ嬉しいもののはず。それが写真の原始的な、楽しみ方だと思っています。
#写ってる本人に写真を届ける旅
旅での出会いが、フォトグラファーとしての仕事の第一歩
初めて仕事として写真を撮ったのはいつですか?
旅での出会いがきっかけで、結婚式を撮ったことが初めてですね。10年前くらいに香港で相部屋になった日本人の男の子がいて、何年後かに神戸で再会できて。それからしばらくして彼が結婚する時に「結婚写真撮ってくれませんか?」って言ってきてくれたんです。撮ったことなんかないし、緊張したけど、いざ行ったらすごくおもしろい結婚式だった。神戸の塩屋にある旧グッゲンハイム邸を借り切った結婚式で、まるでその時好きだった初期の雑誌『KINFOLK』みたいな世界観。撮っていると楽しくて楽しくて。ギャラをもらうつもりもなかったけど、その時に初めてお金をもらったんです。撮った写真をInstagramに上げたら、それもすごく評判が良くて、そこから今の仕事に繋がりましたね。
アパレルの仕事もしながらですよね?
だんだん結婚式撮影の依頼が増えてきて、今はアパレルの仕事は月10日くらいに減らしています。他にはインタビューの撮影の仕事も、これも旅つながりで依頼されるようになったり。
ちなみに、どのようなタイミングでフォトグラファーって名乗ろうと思ったんですか?
ここ1年半くらいだから43、44歳の時かな。いくつかアパレルの仕事を削るタイミングがあったんだけど、最低限生計を立てられるレベルになったから名乗ってもいいのかなと。
違うキャリアに舵を切るって大きな決断ですよね。
なんとかなるかな、と思っています。大学の旅行の時もそうだけど、一歩目を踏み出すことは怖がらずにできるみたいで。好きなことはやってみないと後悔するからね。
そういうマインドは子どもの頃からですか?
子どもの頃は引っ込み思案で出来てなかったこともあったから、今やってるって感じかな。でも飛び込んでいけるようになったのは、学生の時の4ヶ月の旅の経験が大きいと思います。
飛び込んでみたら、意外と「できるやん」って成功体験を得たんですね。
昔から自転車で遠出して、知らない世界を開拓していくのが好きだったんですよ。旅行も、知らない国に行って観たかったものを観るけど、その横に立っている人、売っている食べ物とか、行けば行くほどわからないものが増えていく。でも、それが楽しい。自分の目で確かめるまでは知った風には言わない、ということは常に気を付けています。それこそ「わかったことは、わからなかったということだけ」ってセリフが『深夜特急』にもありましたね(笑)。
※『深夜特急』…ルポライター沢木耕太郎著。沢木がアジアやインド、ネパールを放浪する様子を写真と文章で綴った本で、バックパッカーのバイブルとして人気がある。
人と違うこと自体が美しい
雷太さんの写真に写っている人たちは、自然体で楽しそうに見えます。撮る時に、相手の良さを引き出すために意識していることはありますか?
結婚式の現場は、会話を通してリラックスしてもらえる雰囲気作りを心がけていますね。インドの作品作りは、なにかを引き出そうという気はなくて、自分が満足する形を見つけて素早く切り取っています。被写体の人柄はあまり考えていないです。
自分が満足する形というのは?
なにかこれ、というひとつの形ではないんですが、自分の理想の絵である、穏やかで凛としている様を写し出したいと常に思っています。そこに近づける為に、構図と空気に余白を持たせたり、被写体に撮られていることを自覚させて、その佇まいに意志が感じられるように意識しています。
ブンディのポートレートでも、1人ずつに撮りたい絵があるんですか?
ぱっと観た時に、この人は一番この角度がきれいに撮れるなっていうのがあります。目、鼻、口、シワ、とかそれぞれ違って美しいと思えるし、その人の美しいと思うもをの見つけるのが得意なのかもしれません。そういうものが際立つように、写真に撮りたいと思います。
違うこと自体が美しいんですか?
パーツがどうこうより、人と違うこと自体が美しいと思いますよ。
美しいところを見つけるには、たくさんのものを観る力が必要なのかなと思うのですが。
そうですね、興味を持って人の顔を見ているからできるのかもしれないです。それに加えて撮影の技術も必要ですけどね。モデルさんは別だけど、普通の人はじっとカメラを構えられたら嫌がって良い角度で撮影できなくなるので、一瞬で切り取らないといけない。それはこれまでの旅で撮ってきたスナップの技術が活きていると思います。
ちなみにアパレルの経験は写真を撮る時に活きていますか?
販売はコミュニケーションなので、そこは役に立っているかな。京都の年配の人って最初はそっけないけど、たくさん喋って打ち解けると良いお客さんになってくれたりする。それは撮影も同じです。
雷太さんは、仕事でも人と接することを楽しんでいらっしゃいますよね。
今、フォトグラファーという職業を通して、自分の好きなことをやっている人たちと関われるから、楽しいですよ。
お気に入りの一枚
雷太さんがこれまで撮った写真の中で、お気に入りの一枚とそのポイントを教えてください。
向こうから歩いてきたこの老人と目が合い、互いに立ち止まった。手を合わせてナマステを伝えあうと、老人は凛と立ち、まるで「撮りなさい」と優しく語りかけてくれているようだった。その瞬間、鳥たちがいっせいに羽ばたいた。
写真ならではの瞬間を切り取れたことと、通い続けたからこその被写体との意思疎通が実現できた一枚です。
一緒にフォトウォークをしながら撮った写真
「撮られる相手を待たせないように、一瞬で絵を切り取る」とおっしゃっていたように、ひとつのカットに数回しかシャッターを押さなかった雷太さん。撮影のシチュエーションやポーズ指定、モデル役の私たちに掛ける声も的確で、安心して身を委ねることができましたし、撮られるって楽しいと思ってしまいました。サクサクサクと進んでいく撮影の中、夕日の差し込む路地や、「来る時に良い撮影場所見つけてん」と案内してくれた道路脇の街路樹の前など、一瞬のシャッターチャンスを逃さない観察眼はさすがの一言。いただいた写真を見ると、今まで写されて来なかったような表情の自分もいて、雷太さんが見つけてくれたそれぞれの美しさが表れているのかも、と思いました。