『with your eyes』連載第5回目は、淡い色合いで透明感のある写真が目を奪うフォトグラファー・倉本あかりにインタビュー。写真家には自分の表現をしたいというエゴが少なからずあると思うが、彼女からはそういった欲のようなものは不思議と感じられず、撮影では、相手に寄り添い、被写体が心地よくいられることを第一に考えている。けれども、彼女の写真にはきちんと倉本あかりらしさがあるのはなぜだろう。彼女は写真は記憶だと言った。それは、なんでもない日に窓から差し込む光だったり、人の手だったり、切り取ったのは日常のほんの一部かもしれない。けれども、そこにはたくさんの記憶が詰まっていて、その瞬間に感じていた気持ちや思い出を写真を見ることで思い返すことができるのだ。そういった記憶のカケラのようなものを愛でるやさしさが、写真に現れているのかもしれない。日常を大切にする彼女に、フォトグラファーを目指した経緯ついてお話を伺った。
同じ時間を過ごしていたはずなのに、あの人が撮る写真はなにかが違う。そんな経験は誰しもにあるはずです。写真は「その人の生き方そのものだ」という言葉があるように、「経験・興味・視点」がレンズを通して露わになるのが面白いところ。
アンテナでは『with your eyes』と題して、西日本を拠点に活動するフォトグラファーのインタビューを行う連載をスタート。誰もが写真を気軽に発信できる時代だからこそ、「記録に留まらない、写真のあり方とはなにか」を、彼らのキャリアを掘り下げることで模索します。
倉本あかりプロフィール
京都出身、京都在住。仕事はフリーランスフォトグラファーとして2013年より独立。関西を中心に活動しています。
website:https://www.and-akarikuramoto.com/
Instagram:https://www.instagram.com/every.single.day.akari/
https://www.instagram.com/akari.kuramoto/
写真への思いを爆発させた一枚の広告写真
子どもの頃からポラロイドカメラやトイカメラに興味があったそうですが、昔から写真を撮ることが好きだったんですか?
小学生の頃から撮ったりはしていたんですが、撮ることが好きだという意識はなくて。記念写真や修学旅行の思い出としてだったり、あと動物が好きだったので、犬の写真を撮ったりしていました。中学生の時はインスタントカメラやトイカメラが流行っていましたね。撮るのが楽しいと思ったのは職業になってからなんですよ。それまでは写真をプリントしてあとから見る方が好きでした。
いつからフォトグラファーを目指すようになったのでしょうか?
写真を仕事にしようと思ったのは、社会人になってからです。もともと雑貨店を開きたいという夢があって、高校卒業後はビジネスの専門学校に通いました。昔から好きだった写真と動物も進路を考える時に候補に入っていたんですが、どれが職業にできるだろうと考えて、一番現実的だったのが雑貨だったんです。手に職をつける専門職には憧れていましたが、動物を飼育したり散髪することには興味が湧かなくて。写真も人が撮ったものや広告や雑誌の写真を見るのが好きでしたが、当時は撮ることがそこまで好きではなかったのもあり、写真は写真家のようなアーティストになるしかないと思い込んでいたので、仕事にして食べていくイメージがありませんでした。
雑貨店勤務時代に一枚の広告写真を見て、その会社に入りたいと思われたそうですね。もともと見るのが好きというところから、なぜ自分が撮りたいに変わったのでしょうか?
入社するまでは撮りたいとも、撮る人になりたいとも思っていなくて、ただ通勤電車で毎日見る広告写真に惹かれていたんです。当時22歳で結婚式もほとんど行ったことがないし、結婚式を撮る専門の会社があるとも知らなかったので、座っている新郎新婦が膝上でつないだ手元だけがアップになったモノクロ写真が、何の写真かもわからなかったんですよね。でもずっと気になっていて、ローマ字で書かれた会社名だけメモして調べたら、会社のホームページに前撮りとか結婚式の写真がバーンと出てきて。今まで見たことがないキレイな世界に感動して「これしかない」と思いました。
撮りたいではなく、どうにかこの写真に関わりたいという気持ちが原動力だった。
「この会社で働きたい!」と思って。それまでずっと片隅にあった写真が好きという気持ちが爆発したというか。雑貨屋の夢はちょっと無理かもしれないと思っていた時期で、何ヶ月もやりたいことが見つからなかたったんですが、それを見た時に「これや」と思いました。
写真を続けたくて、フリーランスの道を選んだ
初めはアルバイトからスタートされたそうですが。
未経験歓迎って書いていたのになぜか書類審査で落とされて。その理由を聞きたくて電話したら、希望していた京都の事業部がまだ立ち上がったばかりで、社員の募集をしていないと言われたので、「アルバイトでもいいんです。面接だけでもしてもらえませんか?」と強気で言いました(笑)。一眼レフも入社してはじめて持ったんです。それまでコンデジ(コンパクトデジタルカメラ)しか持ったことがなくて、本当にゼロからスタートしました。それでも半年後には社員にしてもらうことができました。
会社に入って撮ることがどう変化していったのでしょうか?
まず使い方の説明書を全部読みなさいと言われて、それからカメラに慣れるために、模擬挙式とかリハーサルなどを自由に撮らせてもらいました。まだ「こう撮りたい」というのもなくてピントを合わせるのに必死で、とりあえず被写体に対してまっすぐ撮っていましたね。ピントが合っていて露出と明度が合っていたらバンバンザイって感じでした。でも先輩や上司、フリーランスのカメラマンが私が撮った写真を見て「いいね」と言ってくれたんです。固定観念がなかったからか、シンプルに見たものをそのまま撮っていた自分の写真を素直でいいねと褒められてから、撮る魅力にハマりました。自分の写真で誰かが喜んでくれることが初めてだったのでうれしくて。夢を持って臨んでいたわけではないけど、好きなことに対して背中を押してもらうことができました。
誰かが喜んでくれるという体験が、写真にのめり込んだきっかけだったんですね。そこからフリーランスになられた経緯を教えていただけますか。
実は、フリーランスになろうとは1ミリも思っていなかったんです。会社のような守られる場所で働くのが自分の性格にとても合っていたし、自信がなくて周りに自分の職業をカメラマンと言えなかったですし。でも6年目になって、この会社での自分の将来を考えた時に、目指すものがないと思ってしまって。後輩を育てたいとか、マネージャーになりたいわけでもなくて、自分はただ撮っていたかったので。
会社員としてはわがままな話ですが、人を育てたり日々の業務に大半の時間を費やして、自分の写真に時間を使えないことが苦痛でした。この先どうしようと思った時に、他のブライダル会社に行く選択肢も、写真をやめる選択肢も考えられなくて。どうしたら結婚式しか撮ったことがない私が写真を続けられるのかと考えたら、フリーランスになるしかないなと。もともといた会社でフリーランス契約ができたので、結婚式の写真も撮り続けることができて食べてもいけるという思いもありました。独立して今まで見る側だった雑誌やWebの仕事など、撮ったことのないいろんなものを撮ってみたいという興味と、自分の「こう撮りたい、もっとこうしたい」という意識も高まっていた時期でした。
どんな写真を撮りたいと思っていたんですか?
とにかくいろんなジャンルの写真を撮りたいと思っていました。当たり前のことでもあるんですが、会社の撮影だとプランや撮る場所も決まっていて、なんでもやりたいようにやれる環境ではなかったんですね。その当時、スタジオが二階建てで、妊婦さんが写真を撮るために狭い階段を上り下りする必要があって。リスクもあるし、夏は汗をかきながら、冬は防寒しつつお腹に服の跡が残らないようにしながらとか……撮りたい写真のためとはいえとにかく大変そうで。もっと家とか安心できる場所で撮ってあげられたらいいのにと思って、独立してすぐの頃は自宅で撮ってあげたりしていました。
撮られる人が落ち着ける環境で、その人らしさを撮りたい
現在は〈kuppography〉という横浜の会社に所属を移されて、倉本さんお一人が京都で活動されているんですよね。最近、『Every Single Day』というご自身のブランドを立ち上げられていますが、立ち上げの経緯を教えてください。
ブランドというか、ソロプロジェクトに近いんですけどね。きっかけは、去年の8月にバリで毎年開催されている3日間の写真ワークショップに代表の久保さんとチームメイトのしゅーさんと参加した時のふとした会話でした。ちょうど何を撮りたいかを迷走していた時期で、ワークショップを終えて夜な夜な3人で写真の方向性について話していた時に、個人のInstagramのストーリーズで上げている写真をすごくいいと言われたんです。そこでよく上げていたのはウェディングの写真ではなくて、日常の中できれいだと思って撮った写真と、それにその日あった出来事や思いを一言添えているもので。自分では何の特別さもなくやっていたので、なぜ自分がいつもそれを撮っているのか、その理由を紐解いてみることにしました。
ひとまずプロジェクト用のInstagramのアカウントを立ち上げて、とにかく正解はないから自由に撮ってみようと、何を撮るのかや、こういう写真を撮りますというのも決めずにモデル募集をして。カップルや、ペットと一緒に暮らしている人やファミリーなどいろんな人が来てくれて、自分は目の前にいる人のどんなところを残したいのかを考えながら作品撮りをしていました。一番初めに撮らせてもらったのは猫ちゃんを飼い始めた一人暮らしの女性で、朝から夕方くらいまでほぼ一日中撮らせてもらったのですが、この撮影がターニングポイントになりました。やはり家に行ってポートレートを撮るというスタイルが一番自分にしっくりきていると気付いたんです。
その時はどんなことに意識を向けていたんですか?
その人がその人でいやすい場所とか、居心地のいい場所、好きな時間、落ち着く場所を聞いて、着飾っていない環境で撮りたいと思っていました。そうするとやっぱり家が落ち着くと答える人が多かったんです。写真を撮られることに対しての抵抗感とか緊張感をなるべく排除するために、会話をしながら自然光でシャッター音もなしで撮るんですが、そうすると自分も落ち着いて撮ることができました。人の家で撮ることに全く抵抗感はなくて、むしろインテリアや本棚からその人を知ることができて好きなんです。
キレイに着飾った最高の一日を撮るウェディングフォトとは全く違って、着飾っていない姿を撮りたいと思ったきっかけは何だったんですか?
最初に感じたきっかけはずいぶん昔ですが、花嫁姿で「はじめまして」をした二人が、結婚式を終えて普段着で帰っていく姿を見た時に、結婚式を終えた安心感からか気が抜けたようで、そこに二人らしさを感じました。さっき見た花嫁姿とは別人のようにも思えたんです。でもその姿が素敵にも思えました。それからエンゲージメントフォトを撮る機会が増えたり、結婚式の特別な時とは違う当たり前のようなその姿を残す意味を感じて、ポートレートで今の姿を撮るということにも繋がっていったのかもしれません。
なんでもない日常の一部が記憶を作る大切なカケラ
倉本さんのお写真からは、透明感の中にも被写体の持つ強さのようなものを感じるのですが、写真の表現でこだわっていることはありますか?
強さはその人の意思が写っているからだと思います。笑顔の写真もそうでない写真も本人の意思や感情が動いたと感じる時に撮っています。どんな表情でも、撮りながら自分がどきっとする表情が向けられた時はいい写真が撮れている印象ですね。透明感はよく言っていただくのですが、好きなシチュエーションを選んで、好きなところにフォーカスしていると、自然と白っぽい淡い色がベースになっています。光の選び方もあるのかなと思いますが、自分の好きな光だけを選んでいますし、Instagramとかはその中でも好きな写真を選んでいるから透明感とかそういう印象を持っていただけるのかなと。写真は自分がいいと思って目を向けていることしか映さなかったりしますしね。
『Every Single Day』ではトーンを決めたいと思っていたので、白、グレー、青でまとめています。あまり要素が多い写真は自分では撮ろうと思わなくて、パッと見た時に要素が3,4個くらいで収まっている方が好きですね。
『Every Single Day』のアカウントでは、「流れゆく日常を、少しだけ豊かにするカケラアツメ」と表現されていますが、倉本さんは日常の豊かさをどういう時に感じますか?
特別な日にだけ写真を撮るんじゃなくて、楽しい日だったりなんでもない日だったり、なぜか忘れられない日や悪い日、そういう日常も写真で残したいと思っています。特別な日が大きなカケラだとしたら、日常はそれを埋める小さなパズルのピースのようなものです。写真を残すことで、記憶になるんじゃないかと思うのですが、自分が写真に写ることってあまりないので、意識して撮らないと写真が一枚もない時期とかがあるんですよね。だからその当時のことは何も思い出せない。でも、写真に「何か」が残っていると、この時は誰といてどんな気持ちだったかを不思議と思い出せる。なんでもない日常の一部が記憶を作る大切なカケラなんですよね。人を撮る時も、その人が思い返した時に未来の人生を支えているものになってくれていたらいいなって、撮らせてもらいながらそんなことを考えています。
特別じゃない日常にこそ、人生を支えてくれたり豊かにするカケラがあるんですね。倉本さんはこれから、どんな写真を撮っていきたいですか?
『Every Single Day』の取り組みのように、その人のありのままの姿を残せるポートレートをこれからも撮っていきたいですし、撮ってほしい意志がある人を撮りたいです。その意志が素敵なことだと思うし、求められて撮ることが生きがいなのかなと思っています。その人の人生の中で今の姿を残していきたいです。
お気に入りの一枚
2018年にポルトガルに旅行に行った際の写真です。場所はリスボンにあるサンタ・アポローニャ駅の近く。この日はリスボンからポルトへの移動日で、特急電車に乗るまでの待ち時間に撮ったものです。カモメが2羽いると一緒に同じ方向を向いたり、向かい合ったり、時にはそっぽを向いているように見えて、じっと見ているとなんだか人間同士みたいだと思ったんです。
それは私がてっきりクチバシが向いている方向を見ていると思い込んでたからなのですが、実は写真を撮っている私の方を見てたんですよね。ずっとカモメと目を合わせていたんだと気付いた時は笑ってしまいました(笑)。
そんな日本でも味わえそうな何気ないエピソードなんですが、電車を待っていた時間にしばらくいた街を離れてまた新しい街に行くさみしさとたのしさを同時に感じていたりして、とてもいい時間だったなとよく思い出すんです。いい旅でした。
どこでどんな写真を撮っていても、その時の出来事や気持ちを一緒に思い出せるような写真を撮っていたいと思います。