【with your eyes】7th shot:いぬ

【with your eyes】7th shot:いぬ

【with your eyes】7th shot:いぬ

『with your eyes』連載7回目にインタビューしたのは、広告スタジオに勤務する大阪・本庄在住のフォトグラファー、いぬ。仕事と両立しながら、淀川をテーマにティラノサウルスに扮するプロジェクトや、友人を撮影したポートレートシリーズ『MY DOGS』を制作するなど、作家としても活動を行う。彼の被写体を見つめる眼差しはとてもピュアであたたかだ。そんな彼にノせられて、突飛な小道具を渡されても被写体の表情もとても穏やかで、その状況を楽しんでいるように見える。なぜこんなに愛らしく被写体の姿を描写することができるのだろう?「仲良くなってからじゃないと撮れないですね」といういぬは、何度も会ってじっくり信頼関係を築いてから撮影をするのだそう。彼は作品作りを共同作業だと言ったが、その名前のように人懐っこい性格が相手にも伝搬し、警戒心よりも好奇心があらわになるのだろう。

同じ時間を過ごしていたはずなのに、あの人が撮る写真はなにかが違う。そんな経験は誰しもにあるはずです。写真は「その人の生き方そのものだ」という言葉があるように、「経験・興味・視点」がレンズを通して露わになるのが面白いところ。

 

PORTLAでは『with your eyes』と題して、西日本を拠点に活動するフォトグラファーのインタビューを行う連載をスタート。誰もが写真を気軽に発信できる時代だからこそ、「記録に留まらない、写真のあり方とはなにか」を、彼らのキャリアを掘り下げることで模索します。

いぬプロフィール

2013年ビジュアルアーツ専門学校・大阪の写真学科夜間部卒業。2015年5月大阪のギャラリーiTohenにて個展を開催。2015年度『キヤノン写真新世紀』で佳作を受賞。作品は『MY DOGS』『猫パンチ☆ / Fight the power』『アインシュタイン』UR都市機構『7days scene』など。「いぬ」という名前は、現在の奥さんと初デートをする日に一度だけ投稿したラジオのハンドルネームがそのまま愛称になった。

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Instagram:https://www.instagram.com/inumarukeita/
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RUN DMC

カメラマンでも作家でもなく、写真家・いぬになりたい

──

現在の主な活動や仕事内容について教えてください。

いぬ

仕事では、大阪で一番古い老舗の広告スタジオに勤めています。2013年に専門学校を卒業してから入社したので、8年経ちました。会社というよりもカメラマンが所属する工房に近くて、先代が今まで培ってくださった実績と先輩方の確かな技術力で仕事が来ている感じです。でも昨年先代が引退されて、コロナということもあって変わらないといけない時期で、みんなで知恵を出し合っています。作家活動をしているのは会社で僕だけで、クライアントさんも展示に来てくださったりして、僕の個性としてみんなあたたかく見守ってくれていますね。

──

会社勤めと作家活動を両立されているんですね。広告スタジオの仕事ではどんなものを撮影されるんですか?

いぬ

ポスターであったり電車の中吊りであったり、それと商品撮影が多いですね。クライアントがどういう意図で作るのかを汲み取りながら、どう物に添わすかとか、どうやったらこれが綺麗に見えるかとかを考えながら仕事をしています。自分の世界観を出すものじゃないと思いながらも、我が消えすぎてもいけないのかなという考えはいつもあって。希望の斜め上じゃなくプラスアルファに応えられるのがいいんでしょうけど、勉強中です。

──

ふと気になったんですが、いぬさんは自分のことをどういう肩書きで名乗っているんですか?

いぬ

けっこう曖昧なんですけど、写真家ですね。いまはカメラマンの仕事と作家活動を分けてるんですけど、自分の中ではいずれ一つにしたいなと思っています。でも、けっこうそれが難しくて。

──

一つにしたいというのは、仕事でも自分の色を出したいということなのでしょうか?

いぬ

いまはまだそこが不明瞭なんですが、どちらかというと自分の作品の方に疑問を持ち始めてるかな。なんでこんなに自分を出してしまうんだろうと思って。過激な表現にも飽きてきたので、もうちょっとシンプルに表現したいと思っています。一方で、広告の仕事ではもう少し自分を出していきたい。自分の我を抑えた状態でも「いぬが撮った写真」というのがじわ〜っと滲み出たら理想だなと思いますね。それが自分の目標で、課題ですね。

──

いぬさんが写真を学ぼうと思ったきっかけを聞かせてもらえますか?

いぬ

きっかけは単純で、大学に入った10年前はカメラ女子が流行ってて、写真部にかわいい女の子が多かったからです。それと、僕が通っていた四年制大学は留学が盛んだったので、写真部の先輩が写真を学びにニューヨークに留学に行かれたんですけど、ニューヨークで写真学ぶのかっこいいなと思って。それで僕も希望を出したら、ニューメキシコってめちゃくちゃど田舎に飛ばされて。砂漠のど真ん中の学校だったんですけど、そこで本格的に写真の勉強を始めました。

 

その時の非常勤の先生が日系の方ですごくかわいがってくれて。その先生に「あなたはカメラマンになりたいんですか?アーティストになりたいんですか?」ってすごく聞かれました。特にアメリカは商業とアーティストがはっきり分かれてたんですよね。その時はピンときてなくて、写真をやってるのが楽しいから両方やるよって言ってたんですけど、「いつかそれを選ぶ時がくるよ」ってずっと言われてて。いまどっちもやってるな、みたいな。自分の中でその言葉が印象に残っています。それと先生に「あなたは意欲があるけど技術がないから日本の専門学校に行き直しなさい」って言われて、言われるがまま帰国してから夜間の専門学校に入りました。

──

それで専門学校に通われてたんですね。先生のおっしゃった写真の技術ってなんのことを言ってたんですかね?

いぬ

なんのこと言ってたんだろう。写真の歴史であったりとか美術的な視野であったりとか、すべてじゃないですか。もうちょっと勉強してからアーティストなのかカメラマンなのか選びなさいってことだったのかもしれない。現に日本とアメリカの学校で写真の捉え方が全然違いました。僕が行ってた専門学校はめちゃくちゃ体育会系で、フィルム100本撮ってこい!みたいなことをやったんで。アメリカの学校はファインアートについて学んだので、コンセプトから考えなさいとか、カメラはあくまで道具だからどう使うか、どんなカメラがいいのかとか、そういう哲学的なことをめっちゃ考えさせられました。

──

カメラマンか作家かどちらかを選ぶのではなく、その境界を曖昧にしていこうとされているいまの状態が先生へのアンサーなのかもしれないですね。

いぬ

どうなんですかね、この先もずっと悶々としてそうですけどね。選ぶとかじゃないとは思いますけどね。いまの時代、こうあるべきとかないし自分がこうありたいって思ったらそうなっていくんじゃないですかね。メジャーリーガーの大谷くんもいるわけだし(笑)。

作品作りは被写体との共同作業

──

作家としてのいぬさんの写真を拝見すると、人がお好きなのが滲み出ているなと感じます。ポートレート撮影をメインでされているそうですが、被写体はご友人ですか?

いぬ

友人が多いですね。一回知り合わないと撮れないというのもありますし、いきなり道端の人には緊張して声をかけられないので。はじめは身近な人から撮り始めて、最近は気になった人とか、友達の友達とかと一回お茶したりして仲良くなってから撮らせてもらっています。あと淀川を歩いてて出会った凧上げのコミュニティの人らと仲良くなってきたんで、そろそろ写真を撮らせてもらおうかなと思っています。

──

知り合って仲良くなってから写真を撮る理由はなぜでしょう?

いぬ

その人がどういう人なのかを知って、自分で噛み砕いて解釈してから撮りたくて。自分で想像して、その人のストーリーをつくるというか。人はみんな違うし、同じ人の見方も人によって違うから、撮らしてもらった人たちは僕が解釈したその人なのかなと思います。

──

その人のことを撮りたくなるまでの期間は人によって違ったりするんですか?

いぬ

しますね。一目惚れする時もありますし。やっぱりちょっとクセがあって、その人らしさが滲み出てる人はいいですよね。いま50人くらい撮ってるんですけど、トータルおっちゃんが好きだなと思います。包容力もありますし、その人の人生観とか苦労とかが滲み出てて、なんかわからないけど癒されます。だから疲れた人とか見ると「一緒に飲んでください」って声かけちゃいますね。「いいよ。いぬくん好きに撮って」って言ってくれたりして、本当に優しい。

いぬさんの作品
いぬ

それと、最近ターニングポイントだったことが、(Instagramを見せながら)この方を撮らせてもらったことです。 ALSという難病で身体が麻痺してはって目しか動かないんですけど、その時からDJをはじめはって。イベントで知り合って、純粋にかっこいいと思ったんです。不自由な部分を生かしてその人の良さを出せた写真だと思っていて、本人もすごくよろこんでDJイベントする時のプロフィール写真を全部これにしてくださって。それは何回も会ったりとかお互いを知る期間があったからできたのかなと。

──

他には小道具を使ったりいろんな設定で写真を撮られていますが、それにはどんな意図があるんですか?

いぬ

全部に意味があるわけじゃないんですけど、この写真の鈴木さんは、街のスケッチを描くスケッチ魔で。街角に座って、取り壊される前のビルとか変わりゆく風景を一日中ずっと描いているような人なんです。そういう話を聞いたら、えんぴつを持った方がいいんじゃないかなとか。それでちょっとだけ小細工した方がなんかかわいいかなと思って。

いぬさんの作品
──

うん、かわいいですね。

いぬ

そういうストーリーを膨らませてビジュアルに落とせたらなと心がけてて。そこが難しいですが、僕が普通に撮ったら誰でもええやんってなるし。そこの解釈は共同作業で、何回も話したりしてその人のことを僕がよく知ってるからできることで。だからえんぴつ持ってくださいとかが言える。

──

お花を付けたり河原に寝たりとか、どうやって声をかけたらみんなこんなに楽しそうに撮られてくれるのかなって思ってたんですけど、作品は共同作業だとおっしゃっていたように、信頼関係が築かれているからできることなんですね。いぬさんの巻き込み力のすごさも感じます。

いぬ

自分でもそうやなって改めて解釈できました、ありがとうございます。

デリケートな部分もかわいいよねと提示してもいいんじゃないかな

──

被写体のかわいらしさを表現するのもお得意なのかなと思いました。

いぬ

意識したことはないんですけど「写真かわいいね」って言われることは時々あります。別に自分のことをアーティストとは思ってないんですけど、表現をする時に自分が緩衝材になるというか、物事の違う側面から見る方法を提示できるのがアートというか表現だと思うんで。そういうのの一つがおっちゃんがかわいいであったりとか、僕は太ってる人とか友達をチャーミングに捉えちゃうところがあるので、人のコンプレックスと言ったらあれなんですけど、その人がもしかしたら気にしてるかもしれないところも「かわいいんじゃない?」と言えることを大事にしたいのかなと思ったりもします。でもそういうのってすごくデリケートなところだから、失礼のないようにちゃんとお互い理解して丁寧に提示しないといけないし、気をつけないといけないことですよね。

──

いぬさんの写真からポジティブなパワーを感じる理由は、きっとそこにあるのかなと思いました。モデルの方がいぬさんのことを信頼しているから、先ほどおっしゃったデリケートな部分に私もかわいらしさを感じます。

いぬ

ありがとうございます。

──

でもちょっと踏み込んだ質問をさせてもらうと、いぬさんにはかわいいと思えても、相手にとってはそうじゃない可能性もあると思うんです。それに、良くも悪くも写真や文章は出来上がったものがすべてだから、本意じゃない受け取られ方をしたり、もしかしたら傷つく人もいるかもしれない。発表する勇気みたいなものって必要じゃないですか?

いぬ

難しいですよね。永遠の課題で、相手の立場に立って考えられる想像力が必要かなとは思うんですけど。正直、作品を撮る時もこれっていいんかなと思って躊躇う時はありますね。作品が増えてくるにつれて自分の中で作品に対する重みが出てきてしまってて、いますごく葛藤がありますね。最初に話したようにエゴが強く出てしまってるんじゃないかとか。だからちょっとブレーキがかかってしまってる部分もあって、昔ほどスマートに進められていないです。でも、そこが自分の中で解決されたらもっと強固な作品になるし、ある種いまの時代に対するアンサーというか価値観の一つになるんじゃないかなと思います。

撮影:いぬさん
──

いまの時代に対して、どんなことを感じますか?

いぬ

こないだ『​​東京の生活史』を読んだんですけど、みんな何かを抱えていて「普通」ってないんだなと思ったんですよね。いま時代の流れが変わってきているのは感じていて、あたりまえだと思われていたことがあたりまえじゃなかったりする。常に自分は偏らないように半信半疑でいようとは思っているので、そういう自分のまなざしを作品を通して伝えて、何か新しい価値観を提示できたらいいですね。

いぬさんはモデルを募集しています。ご興味のある方は、いぬさんのInstagramのメッセージからご連絡をお願いします。

Instagram:https://www.instagram.com/inumarukeita/

いぬさんのお気に入りの一枚

いぬ

この人の優しさがにじみ出ていて、見ているだけで癒されちゃいます。

一緒にフォトウォークをしながら撮った写真

今回の取材は、いぬさんが長らく暮らしている大阪の本庄周辺で行った。このあたりは昔アルバイトをしていたこともあって、私にとっては懐かしい場所だ。この街で暮らしているいぬさんにはこの街がどんな風に映っているのか、私のイメージする本庄周辺がどんな風に切り取られるのかとても興味があった。フォトウォークを楽しみにしてくれていたいぬさんがカバンから取り出したのはハッセルブラッド。スタジオに三脚を立ててどっしり構えて撮るのが一般的だけど、いぬさんは軽やかにスナップするようにシャッターを切っていく。

 

「どんな時にシャッターを押したくなるんですか?」と聞いてみたら、「テンションが上がって、言葉では説明できない時ですね」と返ってきた。今まさに言葉に頼らない表現をあえて言葉にさせてもらっているけど、想像する余白を持たせることもこのインタビューには大事なのかもしれないなと、もやっと考えていた部分がすっきりした。そして僭越ながら、ポートレート撮影のモデルをさせていただいた。「女性を撮るのは久しぶりだ!」とテンションが上がってくれて、そんないぬさんを見て「好きに撮ってくれていいな〜」という気持ちになった。いぬさんには人との距離を一気に縮めてしまう能力があるらしい。

紹介したいフォトグラファー

木村 華子さん
Instagram:https://www.instagram.com/koha85/

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EDITOR

橋本 嘉子
橋本 嘉子

映画と本、食べることと誰かと楽しくお酒を飲むことが好き。

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PHOTOGRAPHER

岡安 いつ美
岡安 いつ美

昭和最後の大晦日生まれのAB型。大学卒業後に茨城から上洛、京都在住。フォトグラファーをメインに、ライター、編集等アンテナではいろんなことをしています。いつかオースティンに住みたい。

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