廃校になった小学校をクラフトビールの学び舎に。 地元に愛される場所で育む文化

廃校になった小学校をクラフトビールの学び舎に。 地元に愛される場所で育む文化

廃校になった小学校をクラフトビールの学び舎に。 地元に愛される場所で育む文化

クラフトビールがブーム化し、10年前まで200余りだった醸造所の数が今では500を超えるまでになった。これからもっと多種多様なビールが楽しめると胸が高鳴る一方で、業界ではブルワー(醸造家)不足が深刻だという。クラフトビールづくりを学べる専門的な学校もなく、自家醸造も認められていない日本で、どうすれば後継者が育つのだろう?「クラフトビールをブームから文化へ」を目標に掲げ、次世代のブルワー育成のために自身のブルワリー〈Brasserie Knot〉を準備中の株式会社Knot代表・植竹大海さんにお話を伺った。


ブルワーとして14年のキャリアを持つ植竹さんは、ブルワリーの立ち上げ支援やコンサルタント業務を行う中で、確かな技術と知識を持ったブルワーの不足を実感する。これまで各地のブルワリーに短期間出向いて教えてきたが、技術の習得には時間が必要だと思った植竹さんは、自分の暮らす北海道で共に働きながら学べる場所をつくろうと、自身のブルワリーの立ち上げを決意したのだった。そして出会ったのが、釧路空港から車で30分の立地にある人口2,500人ほどの鶴居村の廃校、旧茂雪裡(もせつり)小学校だ。80年間、村の子どもたちの成長を見届けてきた場所が、今度はクラフトビール文化の未来を背負って立つ人たちの学び舎として生まれ変わる。

 

ものづくりの世界に限らず何かを極めようと思った時には、まず目が育つ必要があると聞いたことがある。知識や技術は時間をかけて習得できたとしても、ブルワーの精神や感性に通ずるものはどう継承するのだろう?はじめは育成方法に焦点をあててお話を伺ってみたが、それらを継承するにはそもそも文化をつくる必要があり、そのためには場所が不可欠だということがわかった。でも、外食ができるお店がほとんどなくクラフトビール文化が根付いていない鶴居村でどう場所づくりを進めていくのだろうか?人を育てるだけでなく、地域を巻き込んだ文化づくりにコミットする植竹さんの挑戦にその答があったのだ。

植竹大海プロフィール

1985年生まれ、埼玉県出身。専門学校東京テクニカルカレッジで微生物学、生化学などを学んだ後、2008年株式会社協同商事コエドブルワリーに入社し、醸造工程全般、原料管理、新製品開発などビールづくり全般に関わる。その後、うしとらブルワリーで醸造長として醸造工程全般を請け負う。忽布古丹醸造株式会社、カナダ・トロントのGodspeed Breweryではヘッドブルワーとして醸造に携わる。個人事業としては2017年に花鳥風月を立ち上げ、コンサルタント事業をスタート。2021年、花鳥風月から法人成りし、株式会社Knotを設立。現在、北海道鶴居村に自身のブルワリー〈Brasserie Knot〉を準備中。2022年夏にオープン予定。

 

note:https://note.com/sakura_brewer
Instagram:https://www.instagram.com/brasserie_knot/

数字で学んだクラフトビールの世界

植竹さん提供
──

東京テクニカルカレッジのバイオテクノロジー科を卒業されていますが、学生の頃からブルワーを志していたんですか?

植竹

専門学校では授業の一環として発酵のことも勉強していたんですが、私の専攻は微生物学で、主に研究してたのはきのこだったんですね。ですので、まだその時点では自分が醸造の道に進むとは思っていなかったんです。クラフトビールに出会ったのは最終学年の夏でした。コエドブルワリーが年に一度開催している『コエドビール祭』という感謝祭に、知り合いのバンドが出演しているのを見に行って、その時にはじめてクラフトビールというものを飲んだんです。こんなに面白いビールがあるんだなと思いました。

──

クラフトビールのどんなところが面白いと思ったんですか?

植竹

普段飲んでいる大手さんのビールと味も香りも全く違いましたし、いろんな種類のビールがあることが単純に新鮮でしたね。

──

その出会いがあって専門学校卒業後の2008年にコエドブルワリーに入社されたんですね。コエドブルワリーのビールづくりではどんなことを学んだのでしょうか?

植竹

ブルワリーごとにつくり方はかなり違うのですが、コエドビールは数字を元にビールをつくるブルワリーでした。いろんなことを経験とか勘でなく、きちんと数値化してデータを蓄積してよりいいものに仕上げていくつくり方をしていたので、最初にそこでビール作りを学べたことは幸運だったなと思います。教わる時に経験や勘だけだと結局見て覚えるしかないですし、人間の感覚ってあやふやなもので、その時の感覚が常に一定だとは限らないので。もちろん経験や勘に頼る部分もありますが。

──

数字にすると誰にでも明快ですよね。専門的な話になると思うんですけど、どんな数字を見るものなのか参考までに教えていただいてもいいですか?

植竹

例えば、一番ベースのところになると水のミネラルの量だったりとか、仕込みの時のpH、温度は基本ですね。あとよく見るのは水のアルカリ度だったりとか、溶存酸素量(DO)、発酵中の温度とか。もっと細かいところでいうとホップのオイル成分の量とかですね。数字の話をすると理系出身でない方達はすごく難しそうに思われるみたいなんですけど、自分にとっては数字が基準になりますので逆に簡単だなと思いますね。

──

そんなに細かいんですね!数字はあくまでデータなので、読み解く力も必要ですよね。

植竹

それは本当におっしゃるとおりで、ビールを仕込む時の温度を何度にするかというのはビールをつくっている人間が決めていくことなんですね。自分がつくりたい味わいをイメージして、それに合わせていく作業になるので、数字に正解はないんですよね。そこがなんというかブルワーの自由なところでもあって、それぞれの感性が関わってくるところだと思います。

──

植竹さんのように経験を積めば、ロジックと感性を併せ持ったブルワーになれるんでしょうか?

植竹

難しいのが、ブルワーそれぞれにスタイルがあって、必ずしも数字でつくることが最良の結果に結びつくかというとそうではない部分もあるんですよ。音楽で例えると、音楽の学校を出て、音楽理論を知ってる人が一番いい音楽をつくるわけではないので。

旧茂雪裡小学校の現存の姿はこの日が最後
──

なるほど。クラウドファンディングの記事やnoteで書かれていた「確かな知識と技術」は何を指すんでしょうか?

植竹

一つは、まず自分がつくりたいと思い描いたビールをちゃんとつくれることですね。偶発的にできるわけじゃなくて、きちんと再現性を持ってつくることができるというのは大きな要素の一つだと思います。もう一つは、どんな時も不測の事態は起きるものなので、原因を見極めてトラブルに対して対処できるかどうかですね。

──

もう少し詳しく聞いてもいいですか?

植竹

例えば、発酵中のビールって発酵の具合を確認したり毎日いろんな数値をチェックするんですけど、おかしな数字が出ていても気付かない人っているんですよね。数字を測ることを目的にしていて、その数字が何を意味しているか考えていないというか。やっぱりそこを読み取れるかどうかが一つセンスのあるなしだと思います。

──

Brasserie Knotではブルワーを目指す方にどのように数字を見る力を教えるんですか?

植竹

まずは毎日数字を見ることを繰り返して、いつもだったらこうなるはずという自分の中の感覚を身に付けることを教えますね。それと座学もやりますよ、がっつり。授業としてというよりは、仕込みをしながら、いまはこういうことが起きてるんだよということを黒板とかホワイトボードに書いて教えることになると思います。それと基本的には、うちの社員と同じように一緒に現場に入って働いてもらおうと思っています。できれば一年ぐらい一緒に働いてほしいので、研修費用は少しいただくつもりですが、そのかわりパート、アルバイトとして雇用して、経済的な負担にならないようにして勉強していただきたいなと思っていますね。不測の事態っていつ起こるかわからないので、対応できるようになるためには実際に体験した方がいいと思うので。

──

先ほど「音楽理論を知っていてもいい音楽がつくれるわけじゃない」とおっしゃっていましたが、いいビールづくりにはどんなことが必要だと考えていますか?

植竹

私にできるのはつくり手が思い描いたビールをかたちにすることだけなので、教えられることでいえば、ないと思います。それよりも、どういうビールをつくりたいかとか、どういう味が好きなのかが重要で、それについてはそれぞれのイマジネーションが必要だと思います。好きなものを一言で答えるのは難しいですが、たくさん飲むことで自分の好みがわかってきますし、ぜひ探究してみてほしいですね。

 

技術もどんどん進化していますし、どんどん新しいビールも出てきているので、いまいいと思っていることが明日いいと思うかはわからないですし。トレンドは目まぐるしく変わっているので、もちろんその大きなトレンドを追いかけていくのも一つのスタイルですが、古くから変わらず作られているものの良さもありますよね。自分はどっちかというと後者寄りで、実験的なことをやるよりベーシックなものをひたすら丁寧につくる方が得意なので。どちらもビールの面白さだと思うので、偏ることなくやっていくのがいいのかなと思います。

クラフトビールは文化との結び目

植竹さん提供
──

ビールづくりにおけるベーシックってどんなことを言うんですか?

植竹

例えばすごく伝統のあるビール文化という意味では、ドイツ発祥のスタイルは長い歴史がありますね。ドイツは日本みたいに大きなビール会社がドイツ全土にビールを流通させるという現象が起きていなくて、どの地方にもビール会社があるので、地元の人は当たり前にそれを飲むんですよ。ハノーバーやミュンヘンなどその街を代表するスタイルがあって、例えばケルンだとケルシュってスタイルが有名で、ハノーバーだとホップがしっかり効いてるピルスナーが有名だったり、そういうものを脈々とつくり続けているというのが自分の目指すベーシックですね。Brasserie Knotも町のビール屋さんになりたいと思っています。

──

Brasserie Knotのビールがベーシックなものとして受け入れられれば、それも一つの文化になるんじゃないでしょうか。ここで、植竹さんが掲げる「クラフトビールをブームから文化へ」についてお聞きしたいのですが、クラフトビールが文化として定着すると、私たちはどんな風にビールを楽しめるようになりますか?

植竹

居酒屋に行って「とりあえず生」というのももちろんいいですし、私もそうやってビールを飲んでいるんですけど、それだけじゃなくてプラスアルファの選択肢があることによって、みなさんにとってちょっと楽しいことになるんじゃないかなと思いますね。私がクラフトビールの一番魅力的だと思っているところは、選べることなので。シチュエーションや一緒に食べるものなど、個人の好みは多種多様なので、選択肢があるっていいことですよね。

──

いいですね。でも道東出身の私が言うのもなんなんですが、車社会なので夜に飲み屋で飲む習慣があまりないですよね。クラフトビールが飲める場所も多くはないのかなと。そのような土地でどうやってクラフトビールをベーシックなものとして根づかせようとしているんですか?

植竹

すごく難しいご質問ですよね。今回拠点になる鶴居村は人口が2,500人くらいの小さな村で、飲み屋さんも少なく、外食できる場所も数カ所だけで、そもそもクラフトビール以前に外でお酒を飲む文化すらあまりないといっても過言ではない土地なんですね。だから、まずお店でお酒を飲むという文化を自分たちでつくって、コツコツやっていくしかないかなと思います。何か大きなことを一つやればクラフトビールが浸透するってことは絶対ないですし、自分たちが何をやっていて、どういうビールをつくっているかをひたすら丁寧に説明していくのが一番の近道だと思っています。

──

まずはお店でビールを飲む楽しさや美味しさを、体験を通して伝えるわけですね。その場にBrasserie Knotのビールが一緒にあることで、楽しい場を提供してくれるブランドだと思ってもらえると。それは場所があるからできることですよね。

植竹

はい。それと、今回ブルワリーがガラス越しに自由に見学できるようになってまして、見ながら試飲できるスペースも設ける予定なんです。見学用にビールの作り方がわかるように展示して、つくる過程を知ってもらうことでお店で買うビールよりも愛着を持ってもらえると思うんですよ。そういうところを丁寧にやっていきたいですね。

 

もう一つ、ブルワリーと会社名の由来にもなってるんですけど、knotには結び目という意味があって。釣りやアウトドアといった他の文化とクラフトビールを一緒に楽しんでもらうことをコンセプトにしています。正直、クラフトビールが主役じゃなくてもいいと思ってるんですね。アウトドアに行った時にクラフトビールがあればもうちょっと楽しいとか、そういう引き立て役みたいなポジションがちょうどいいというか、一番居心地がいいような気がするんです。そうやって他のカルチャーと一緒に楽しんでもらうことが、クラフトビールが浸透するきっかけになるんじゃないかなと思います。

──

自分のビールをつくることがブルワーの面白みの一つなのかなとも思っていたのですが、ビールは引き立て役でいいという考えはいつから持っていたんですか?

植竹

わりと最近、ここ数年ですかね。これまれのブルワー人生では、毎週のように新しいビールをつくり続けてきて、いろんなものを出し切ったんだと思います。自己顕示欲みたいなものが消えて、ビールをつくることによって自分を表現することを考えなくなったというか。今回のブルワリーは北海道内でも2番目の規模で、一緒に加わってくれる醸造家だったりメンバーがいてビールがつくれるので、私個人というよりはブルワリー全体のファンになってもらいたいです。

Brasserie Knotがつくるのは、道東のビール

──

植竹さんはその町らしいビールというのはどこに表れると思いますか?素材なのか、人なのか……。

植竹

鋭いご質問ですね。まず原料のお話をさせてもらうと、実は日本のクラフトビールメーカーで使っている素材の99%が輸入品なんですね。日本では麦芽の元になる大麦がそれほど盛んに栽培されてないこともありますし、麦を麦芽に加工する工場も大手さんの子会社しかないので、大麦だけ収穫できても、その工場がビールを作ることができないんですよ。国産原料を調達することがほぼ不可能なのに、それでなんで地ビールなの、クラフトビールなのってご指摘を受けることはすごく多いのですが、自分の中のひとつの答えが、泡盛なんですよ。

 

原料はほぼ100%輸入品のタイ米なんですが、誰もが泡盛が沖縄のお酒ってことは知っているわけで、その土地のお酒になることはきっと原料の調達先が問題じゃないと思うんですよね。じゃあなんで泡盛が沖縄のお酒になったかというと、長い時間をかけてその場所で作り続けていくことでそうなったんじゃないかなと。あとは、売り方もあると思います。

──

流通のさせ方ですか?

植竹

広く全国に流通させてしまうと、その土地感って薄れてしまうと思うんですよね。そこに行かなければ飲めないとか、そこに行って飲む価値があるとか、そういう楽しみ方を提案していくことがその土地のビールに近付く方法かなと思いますね。ごめんなさい、あんまり明確なお答えではないと思うんですけど……。

──

今回、色々調べていて、ワイン作りの原料であるブドウは生産できる土地が限られているのに、地ビールは観光土産として全国いろんなところで作られていたので、それがなんで可能なのかと、その町のビールらしさはどこに表れるのか不思議だったんです。

植竹

ビールメーカーでも岩手県のベアレンというメーカーとか、大阪の箕面ビールさんとか、同じように輸入の原料で作っていても確実にその土地のビールになってると思うんですよ。そういうところの共通点がなにかなと思うと、まず第一に地元を最優先にしているところが大きいと思うんですよ。少し打算的な意見になってしまうかもしれないんですけど、こちら側が地元が第一ですという考えをもっていれば、地元の方も愛着を持ってくれると思うんですよね。

 

自分の場合はちょっとずるくて、鶴居のビールというだけではなく北海道の中の道東のビールですという言い方をしてるんですね。鶴居村だけで商売をするには厳しいですし、道東という地域の括りがいいなと思っていて。十勝、釧路、根室、オホーツクで全然気候も文化も違うし、多彩な文化がある土地なので、いいポテンシャルを持っているなと。

──

道東のビール、いいですね!それはどんなビールですか?

植竹

邪魔しないビールにしたいと思っています。表現がちょっと難しいんですけど、すごく個性的な面白いビールも色々ありますが、インパクト勝負のものだと繰り返し飲めないですよね。飽きさせず、かつしっかりした個性が感じられるビールにしたいと思っています。どうしたらそれをBrasserie Knotらしいと感じてもらえるかはまだこれからですね。

あとがき

オンライン取材の後日、写真撮影のために植竹さんの元を訪れると、前日に降った雪が校庭一面を真っ白に覆っていた。旧茂雪裡小学校は廃校になってから17年間あまり活用されることがなく、地域活性化への期待と、維持と管理を引き受ける代わりに借りられることになったという。醸造用の大きなタンクが並ぶ予定の体育館と事務所用のスペース以外は補修をしてそのまま廃校としてのこすそうで、ブルワリーに来た人が見学できるように計画中だという。

 

鶴居村には飲食店がほとんどないため、観光に来た人がお金を使う場所が宿以外にないとのことだった。Brasserie Knotや、もう一つ計画中の飲食店ができることで、村が潤うことになるだろう。地元の人の生活を邪魔しないビールをつくることだったり、こうした地元の人を第一に考えた植竹さんの行動は、場所を貸してくれた村への恩返しでもあるのだろうと思った。場があれば、人が集まって文化が育まれるきっかけになるし、そして文化が育まれれば、人が集まることに繋がるからだ。そうやって少しずつ循環が大きくなって、クラフトビールをブームから文化へと発展させ、人や味、技術が継承されていくのだろう。

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EDITOR

橋本 嘉子
橋本 嘉子

映画と本、食べることと誰かと楽しくお酒を飲むことが好き。

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堤 大樹
堤 大樹

26歳で自我が芽生え、なんだかんだで8歳になった。「関西にこんなメディアがあればいいのに」でANTENNAをスタート。2021年からはPORTLA/OUT OF SIGHT!!!の編集長を務める。最近ようやく自分が興味を持てる幅を自覚した。自身のバンドAmia CalvaではGt/Voを担当。

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