音楽に触れ、思考し、書く 音楽ライターという生き方 天野史彬×ANTENNA副編集長・峯大貴〈editor’s voice〉

音楽に触れ、思考し、書く 音楽ライターという生き方 天野史彬×ANTENNA副編集長・峯大貴〈editor’s voice〉

音楽に触れ、思考し、書く 音楽ライターという生き方 天野史彬×ANTENNA副編集長・峯大貴〈editor’s voice〉

京都のカルチャーを発信するメディア「ANTENNA」、そして姉妹サイトである「PORTLA」。その編集部メンバーの声を、外部との対談を通じて伝えていく年刊シリーズ〈editor’s voice〉が始まります。

 

2022年は「つくる、のこす、ひろめる」をテーマに、ANTENNA編集長・岡安いつ美、副編集長・峯大貴、PORTLA編集長・堤大樹それぞれの対談記事をお届けします。第2弾は、音楽ライターとして活動する峯と、音楽関係の記事を中心に多方面で執筆中の天野史彬さんの対談。


ANTENNA副編集長の峯大貴が対談を行ったのは、rockinon.comやQuick Japanなどの幅広いメディアで活動している音楽ライター・天野史彬さん。二人の生業である音楽ライターという仕事について天野さんは「この間、知人と酒を飲んでいたら、「おまえのやっている仕事は、もうこの世の中には存在しない仕事なんだ」と言われた。」*1と書く。
確かにこの文章のように音楽ライターがいなくても音楽がなくなることはないだろうし、アーティストは歌い続けるだろう。だけど、音楽ライターの仕事はそれだけではない。音楽を聴いてわき起こる言葉にできない感覚を言語化することで、音楽の楽しみ方や音楽に触れる喜びを広げるような役割もある。そんな音楽カルチャーを陰で支え続ける音楽ライターの仕事の意義から二人の対談は始まった。

*1「マカロニえんぴつ、愛しさも愚かさも抱きしめて――アルバム『ハッピーエンドへの期待は』からは今を生きる人間の匂いがする」

天野史彬

1987年生まれ、東京都在住。雑誌編集を経て、2012年よりフリーランスでの活動を開始。音楽関係の記事を中心に多方面で執筆中。

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峯大貴

大阪北摂出身東京在住。ライター/ANTENNA副編集長。ミュージック・マガジン、ユリイカ、CDジャーナル、BRUTUS、Mikikiなどにも寄稿。1991年生まれ。

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音楽ライターという仕事自体を疑う

(C)Daisuke Murakami

天野さんとお話ししてみたかったのは、音楽ライターとして同世代で対等で喋れるという部分、それから、師匠筋や書いてきたメディアが違うということもありますが、一番は天野さんの記事はほぼ必ず読むので、ある意味ファンだということがあります。

天野

ありがとうございます。

天野さんの書く記事は結構幅広い分野という印象があるので、仕事の仕方に興味があるんですけど、レビューとインタビューとレポートなどそれぞれどれくらいの配分で仕事してますか。。

天野

今は半分か半分以上がインタビューかな。それに加えて、レビュー、コラムがありますね。

インタビューに対して苦手意識はありますか?

天野

得意だとは思わないけど、難しいですね。

自分はインタビューはどこかでレビューの延長線上にあるものだという認識があったんですよね。つまり、この作品をどう捉えるかを書くレビューに対して、インタビューも最初にどういうスタンスをとるのかを明示してから、そんな自分とアーティストの対話をどう読者に届けるかという2段階で書くイメージです。だから自分のスタンスを表明することで一度完結してしまうところもあって。だからインタビューは、その上でもう一つ掘り下げていく行為なので難しいです。天野さんはインタビューに対して苦手意識がないということなんですけど。

天野

いや、苦手意識がないこともないんですよ。「あんまりうまくできなかったな」みたいなことは常にありますし。得意とか苦手とかはあまり感じなくて、とにかく、難しい。これに尽きるような気がします。

うまくいかないときってどんなときですか?

天野

「あのとき、もっと違う受け答えができていればなあ」とかですね。でも一方で、同じインタビューの中でうまくいったと感じるときもあって。うまくいったとうまくいかなかったが常に同時にある感じです。

天野さんの文章でびっくりしたのが、rockinon.comのマカロニえんぴつのレビューで、
「お前のやってる仕事は、この世の中には存在しない仕事なんだよって言われてるところから始めてる」と書いていて、「すげえな」と思ったんですよね。
レビューの中で、個人的なエピソードを語って読み手を引き込める案配って難しいじゃないですか。いわゆる忌み嫌われる「自分語り」ではあるんですが、でも色んなものを飛び越えてその文が胸にがーんって来たんです。

天野

実際にそんなことを言われたことがあって。それを言われたときの自分のこととか、それを言った人の気持ちを想像したりしたりとか、なんだか、いろいろ感じたんですよ。それが自分の中に残っていて、原稿に出てきた感じでしたね。あと『ROCKIN’ON JAPAN』の巻頭特集のレビューであるという謎の気負いもあったと思いますね(笑)。あれは不思議な、初めて「書けた」みたいな感触がつかめた原稿だったかな。

すごく刺さりました。自分のやってることに意味がないかもと思ったことがなかったので、あの文章を読んであくまで音楽ライターとは音楽を生み出す人の脇にいる存在で、なくてもいい存在であることを自覚しながら、それでもやっているという自負を感じました。ディスクレビューなのに(笑)。

居場所としての書くこと

天野

僕にとって峯さんのイメージってまずANTENNAなんですよね。

ANTENNAは関西のローカルカルチャーを取り上げるメディアとして立ち上がったから、「関西のアーティストを取り上げる=ローカル」という文脈につながっていくし、ライターとしての個性を醸成する環境としてはすごくやりやすいと思いました。

天野

上京してスタンスは変わりましたか?

そうですね。2014年に上京して、徐々に関西よりも東京のライブハウスに熱心に行くようになってからは、自分のライターとしてのアイデンティティはどこにあるんだろうか、関西の音楽シーンに密着していることを武器にしていたのにその武器が徐々に失われていく感覚があって、どうすればいいんだろうという迷いはありました。実際にANTENNAに入ったのは2018年ですが、すでに東京にいたので、ANTENNAのおかげで関西に根差す視点を繋ぎとめていてくれた感覚があります。でもそこに加えて、東京にもローカルなシーンはあるよなと考え方を変えた感じはあります。

天野

ローカルと音楽に関していうと、音楽がコミュニティの中の言語やツールとなる場合があるじゃないですか。音楽がそういう風に「これわかってるやつ」と「わかってないやつ」みたいなことを振り分けるツール化してしまう危険性があるような気がしてるんです。峯さんはそういう迷いはありますか。

確かにその危険性は常にありますよね。ローカルを突き詰めすぎると内々の話になってしまう可能性があります。自分もそこに閉じこもってしまいがちなのですが、でもここにある面白さを外に向けて発信していかないとって、要所で気づかせてくれるのはやっぱANTENNAメンバーや先輩ライターのおかげですね。

天野

ANTENNAとか峯さんのやられていることは、音楽は音楽としてちゃんと扱っていて、そこがすごく好きですね。

天野さんは自身が所属しているコミュニティをどのようにとらえていますか?

天野

僕は最初『MUSICA』という音楽雑誌からキャリアをスタートさせて2年ほどで独立したんですが、何年やっても居場所がないです。というか、そもそもあると感じたことがないです。

居場所をつくりたいという気持ちはあるんですか。

天野

いやあ、あんまり。居場所探しをするたびに、「自分の居場所はどこにもない」と思ってる思春期の少年みたいな感じで。もう、自分で自分が自分の居場所になるしかないみたいな状態です。

自分は音楽を書いてることで居場所ができた感覚が強いし、それがライターを続けるモチベーションというか、変わらない原点にあります。大学でバンドを組むつもりが音楽サークルに入りそびれたから音楽とのつながりを求めて書き始めたんです。 そうして書き始めたら岡村詩野さんの音楽ライター講座に出会ったり、そこから『rockin’on』『MUSIC MAGAZINE』の読者投稿欄に送ったりするようになって、意外と向いてるかもしれないと自然に書き続けてきた。バンドをやるより書く方が自分の居場所がつくれると思ったのが大きいんです。

天野

ちょっと近いものを感じますね。ただ、自分は峯さんみたいなコミュニティがないからふわふわしてる。

でも、コミュニティでポジションを語らなくても天野さんはめちゃめちゃ個が立ってる感じがするし、文章もすぐ天野さんだってわかります。

天野

自分が仲間たちと何か一緒にやることをやったことがないので、そっちにいっても自分の居場所はないだろうなという思いがあるからかも。だから個が立っていると感じる。

と言いながら、僕はメディア自体は好きなんですよね。だからメディアで書いていたい。最近では本を出されたり自分の城を建てて活躍される方もいますけど、そういうタイプじゃない。メディアっていろんなものが載ってたりするじゃないですか。そういう雑多なものが好きで、高校生くらいから『ROCKIN’ON JAPAN』や『音楽と人』といった音楽雑誌を読み始め、『snoozer』なんかを強烈に好きになって。ずっとメディアに憧れがあったし、それをずっと自分も続けている。

ずっとメディアを見てこられたんですね。

天野

メディアにはそこに何か秩序というか、社会みたいなものがあるじゃないですか。写真がありテキストがあり、いろんなものが絡み合って生まれるグルーブみたいな。そういうものが好きでしたね。自分のテキストだけで成立させたいっていうより、自分のテキストでその面白い空間の一部を埋めたいみたいな。

一部というところに天野さんの美学を感じます。

何のために書くのか

ライターとして自分が音楽シーンに与える影響やリスナーや読者に与える影響は、どの程度意識してますか。

天野

難しいですけど、そういう部分は、考えすぎてもなって思います。峯さんの音楽ライターとしての出発点を聞いてて思いましたけど、ライターというのは、音楽やさまざまなものにふれて、文章を書く不思議な生き物ですよね。僕はそういう不思議な生き物がこの世界にいて、役に立たなくていいから、そういう存在もいるということをただ漠然と伝えたい。いや、「存在を伝えたい」とすら思わないかも。「いるよ~」っていうくらい(笑)。正直メディアが大事とか、批評論とかメディア論とかに持っていきたくないんです。もっと漠然とした、幼稚な感覚で。 ライターっていう、現実に触れてものを書く、何か考えている人間たちがいて、そういう人たちが何か書き残そうとしている。その生き方が面白いよって。

90年代や2000年代に活躍されていた先輩方はメディアの力も大きかったし、自分の影響力も考えて行動していたと思うんですが、自分もそこまで影響を与えたいとは思わないんですよね。天野さんと一緒でこういう道があるということを常に言っていたい。

楽しいからやっているだけ

天野

僕はなんにもやりたくないからやってるみたいなところがあるんです。上手く働けないとか、社会がわからないとか、コミュニティがわからないとか、まあ、僕は情けないことに、わからないことが多いんです。先生に教えてもらっても、わからない(笑)。だから、そういうものを自分で知っていく手段として、書くことがあったんじゃないかなって思います。 でも、今後自分の文章が何か不思議な形のものになっていったら面白いから、そのために筋トレしながらちゃんと書いていきたいですね。

自分もそれに近いところはあるかもしれません。音楽を書いてるのは楽しいし、なんやかんやで居場所もできたから続けてきてしまった。何かを変えてやろうとか、音楽ライターならばこうあるべきみたいな話だけじゃなく、マイルドなあり方もいいからもっとみんなやろうよって間口を拡げたいんだと思っています。でも一方で、それだから駄目なんだとも当然自覚も理解もしてる。だから自分がすごく引き裂かれているんですよね。 自分は理想的な音楽ライターの像ではない。ただ、多様性という面ではありだと思う。

天野

話していて感じたけど、そもそも自分は自分のことを音楽ライターともあまり思ってないかもしれません。ただ、書き続けていると時折、何か自分にとって新しい言葉が必要になるときがあるじゃないですか。それを獲得しにいけるような瞬間があると非常に興奮したりして。自分は高い目的意識を持ってないですけど、それは高揚することだし楽しいですよね。

意義よりももっと手前に楽しいって感覚があるんですよね。とにかく、楽しいからやってるだけ。

天野

僕がやってることも、峯さんがやってることもこういう場所でスタンスを語り合うことによって、何かを伝えられることではないような気がします。今みんな先に言葉として発したい気持ちが強いと思うんですよ。発するために何かをやろうとする人も多いけど、やってきた上で、やっぱり自分で言葉をつかまえないと。良いこと言おうとしたとしても、するっとした滑る言葉にしかならない。

誰か読んでくれる人がいると信じて書く

ここで今まで黙っていたライターの太田が口を挟んだ。

「もし音楽ライターになりたいって若い人に言われたらどんな言葉をかけますか」

返ってきたのは思わぬ答えだった。

 

 

まずは書き続けたら仕事になるよとは言いたくなくて、それ以前にまずは書き続けてたら絶対何かが動くから、「書き続けろ」かな。 食えるわけじゃないけど、友達が増えたり、憧れの人に正攻法でじっくり関われたり、刺激のあるプロジェクトに巻き込んでもらったり、書きたかった媒体で書けたり、書きたかったことを書けて自分の文章で興奮できたり。そういう楽しい瞬間が絶対あるから。何とかなるかは今自分の人生で試してみてます!って。

天野

「がんばれ」くらいしか言えないかなあ。やれるようになるよとか、こういう風にしたらいいよとか、自分が誰かに何か言ってもらったこともなかったし、どちらかというと、僕は何かから逃げるようにライターをやってきたので(笑)。

もしかしたら書くこと自体が逃避行動なのかもしれないですね。

天野

そうかも。話を聞いていると峯さんもそうなのかもしれないですけど、僕らは「音楽ライター」になろうとしたわけでもないじゃないですか。だから、「音楽ライターになりたい」って言葉自体を疑ってみてもいいかもしれないですよね。とにかく書き続けた上で自分に残るものとして「音楽ライター」という肩書きがあるのかもしれないけど、それはまあ誰かが勝手に付けてくれればいいし、僕も都合のいいときは使わせてもらうし(笑)。 自分にとって音楽を書くことは、生活している中で自分や社会を見つめたり、考えたりすることと、ものすごく重なってることなんです。それは労働と余暇とかに分けられないんですよ。そうやって音楽を聞いて書き続けることで生き続けてきた。音楽ライターとか、何かになろうとした結果でもないんです。

ライターになろうとしたわけでもない。今、目の前にあることをやっていったら自然とこうなった感じはありますね。

天野

働きたくないなとか、就活どうしようかなって時期に、唯一やりたいことこれだなってなって、とりあえず雑誌に投稿したはがきが載ったりして。

はい。自分もその経験はあるけど、嬉しかったですね。

天野

あれ、嬉しいですよね。

これでちょっといけるんちゃうかなと感じたし、嬉しかったからもう1回やってみようみたいな。

天野

うん。うん。

だから今やっていることは、たどり着いたものっていう感じです。 天野さんは楽しいから続けているとおっしゃってましたけど、どういう仕事が楽しいとか、このときのあれは楽しかったみたいな具体的なことはありますか。

天野

言ってしまえば全部楽しいです。ただ、最近は特にそうなんですけど、あまり周りからの反響は意識しないようにやっていますね。 めちゃくちゃ気になる、気になるんですけどね。でも、SNSの反響しか目に入らなくなっちゃうのは怖いんですよ。自分が読者だった頃は、記事がよかったからっていちいちはがきを書いたりしなかったけど、確実に、いろんな記事に感動したり高揚したりしてたんですよね。そういう人たちがどこかにいるだろうし、少なくとも自分はそうだった。だから、読者の心に向かってライティングしているような部分はありますね。

めちゃめちゃいい話ですね。Theピーズの歌詞みたいに、面白がってくれる人は「どこかに ひとりくらいはいる」って感覚でやってるところはあります。

Photo By:ムラカミダイスケ

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EDITOR

堤 大樹
堤 大樹

26歳で自我が芽生え、なんだかんだで8歳になった。「関西にこんなメディアがあればいいのに」でANTENNAをスタート。2021年からはPORTLA/OUT OF SIGHT!!!の編集長を務める。最近ようやく自分が興味を持てる幅を自覚した。自身のバンドAmia CalvaではGt/Voを担当。

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