【with your eyes】10th shot:中村寛史

【with your eyes】10th shot:中村寛史

【with your eyes】10th shot:中村寛史

同じ時間を過ごしていたはずなのに、あの人が撮る写真はなにかが違う。そんな経験は誰しもにあるはずです。写真は「その人の生き方そのものだ」という言葉があるように、「経験・興味・視点」がレンズを通して露わになるのが面白いところ。誰もが写真を気軽に発信できる時代だからこそ、「記録に留まらない、写真のあり方とはなにか」を、彼らのキャリアを掘り下げることで模索します。


『with your eyes』連載最終回は、アーティストや雑誌の撮影などと並行して、今年の1月に大阪〈LVDB BOOKS〉で展示『中史』を行うなど、作家としての顔も持つフォトグラファーの中村寛史にインタビューを行った。写真の展示といえば、白い壁に額装された写真が等間隔に並ぶ様子を想像するが、中村さんの写真展の会場は大阪の本屋だ。お店の壁の色々なところに、大小様々な大きさでプリントされたスナップ写真が飾られ、まるでお気に入りの写真をコラージュしたみたいだ、と思った。さらに、インタビューの時に見せてもらった展示のためにつくられた同名の写真集からも、似たような雰囲気を感じた。

 

写真集には、2004年の個展のDMになった高校生の写真(この記事のメイン写真)の20年後のような写真や、双子みたいなおばあちゃんの写真、同じ体勢、同じ構図の異なる猫の写真など、「たまたま」が重なった写真がいくつも見られる。中村さんは、人がうっかり通り過ぎてしまうような何気ない風景の中に違和感やおかしさを見つけ、掬い出しているのだ。そういった「偶然」に意味を見出すチカラが、写真にも、それを撮る中村さんにもあるのかもしれない。

中村寛史プロフィール

1981年、滋賀生まれ。大阪芸術大学写真学科中退。東京と大阪を拠点に活動。

 

Instagram:https://www.instagram.com/nkmrhrsi/

大きな網目からこぼれるものを掬って撮りたい

中村さんの写真集『中史』を見ながら
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展示のレポート記事で、写真にはテーマというテーマはないとお話をされていましたが、写真集のページの順番や組み合わせには、何か意図があるのではと思ってしまいます。実際のところ、どうなのでしょうか?

中村

順番や組み合わせによって、写真一枚で見る以上のものが見えたらと思って、すごく考えてつくっています。(パラパラと写真集をめくりながら)これは鍋の中を撮った写真なんですよ。お鍋の中で牛乳が煮詰まったら湯葉みたいなのが表面にできるじゃないですか。あれが洗い物をしてる時に偶然浮いてきて、「あっ」となって撮ったものです。サイズ感とか距離感が分からないし、見ても何かよく分からないですよね。

お鍋の中を撮った写真
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たしかに説明を聞くまで何の写真かわからなかったです。なんとなく、白くてふわふわしていて、クラゲのようにも見えますね。

中村

マクロとミクロの視点を変えるだけで世界はもっと広がるし、解像度を上げて違うチャンネルでものを見れたら、普段何気なく見ている景色やもののおかしいところも見えてくる気がする。そうやって自分なりのチャンネルで世界を見れたら面白いと僕は思います。

──

自分なりのチャンネルですか。もしかして写真集は、中村さんからのある種のものの見方の提案だったりしますか?

中村

提案というより「僕はこういう見方をしています」という発表ですね。みんなが通り過ぎてしまうような何気ない風景や、目立たない一見地味なクラスメートから溢れてしまっている変態性とかマニアックさみたいなものに惹かれるんです。お鍋の中もそうですが、大きな網目の網では掬えないものを掬って写真に撮れたらいいなと思っています。

中村さんがフォトウォークで撮った写真

写真は面白い人に出会うためのツール

──

中村さんは大学から写真をはじめられたんですよね。中学校と高校では絵を描くことが好きだったそうですが。

中村

中学の美術の授業で教科書の絵を描くところを、何かで見たコラージュがカッコ良くて真似してたんです。それを見た美術の先生に薦められて絵を描くようになったんですけど、高校に行ったら僕より絵が描ける上にセンスがいい人もいて、やっぱり自分は絵の才能が無いと思って諦めました。その点写真はシャッターを押すだけだしいけるかなと。10代にありがちな根拠のない自信はあったので(笑)。

──

でも、それでなんで写真を選んだんですか?

中村

その時はあまり何も考えてなくて、ただ美術系の大学に行きたかったんですよね。元々、音楽や映画、アート、写真などのカルチャーが好きで、憧れがあって。でも絵は描けないし、音楽もできないし……という風に消去法で選んだのが写真だったんです。カメラも大学に入学する時に買いました。

──

実際に写真をはじめてみてどうでしたか?大学ではどんな風に写真と向き合っていたのでしょうか。

中村

入学当初はまだ写真のことをよくわかっていなかったけど、授業で出される課題に取り組むうちに、「これは自分が撮りたかった写真じゃないな」と思うことが多くなって。それより、『relax』や『STUDIO VOICE』『ROCKIN’ON JAPAN』に載ってる写真とか、佐内正史さんが撮ったくるりの『さよならストレンジャー』のブックレットの写真とかがかっこいいし好きだなと思って、少しずつ自分の撮りたい写真の輪郭がはっきりしていきました。僕にとって写真はカルチャーと一緒にあるもので、それはいまも変わっていなくて。

 

そんな風にはじめは自分の好きな音楽から入って、徐々に写真の奥深さを知って、写真自体も好きになっていきました。いざやってみたら誰でも簡単に撮れる分、仕事にするのは簡単ではないなと気付くんですよ。周りにいる絵を描いたり音楽をやっている友達が自分の写真をかっこいいと思ってくれるのか、そう思ってくれるだけのものが自分にあるかという不安がありましたね。

──

Happeningsのインタビューによると、大学を中退した後はアルバイトをしながらスナップ写真を撮りに全国を周っていたとか。その後スタジオに入ったそうですが、改めて歩みを教えてもらえますか。

中村

当時、全国いろんな所に行って撮ったスナップ写真を公募展に出したんですけど、全然引っ掛からなくて。それでも「まだ沖縄と北海道には行ってないから」と理由をつけて続けてたんですけど、全国を周り終わった時に言い訳ができなくなってきて……。そんな時にスタジオを紹介してもらったんです。年齢も重ねて、同級生が就職して一般企業で働くのを見てたけど、多分自分は会社に行きながら休日に写真を撮るとかはできないだろうなと思って、それならカメラを職業にした方が写真を続けられるんじゃないかと思いました。

──

一つのことを続けるということ自体が難しいと思う中で、中村さんが約20年間、写真を続けられている理由は何だと思いますか?

中村

うーん……。一つは人との出会いがあったからかもしれません。辞めるタイミングは何度もあったけど、その度に展示の機会をもらったり、展示で面白い人たちに出会えたりしてここまで続けられました。ありがたいことに仕事はぼちぼち順調にさせていただいてるので、いまさら他のことをやれと言われても、ちゃんと出来ない気がします。でも、これから10年、20年後にどうなっているかは分からないので、仕事としてもっとやりたいことが出来れば、そっちに転職することもあるかもしれないですね。なんて適当に言ってますが(笑)。だけど、いろんな面白い人に出会えるのも写真をやっているからで、自分がサラリーマンで出会う人より、写真を通しての出会いの方が豊かな気がするので、写真を撮ることは続けていきたいです。

──

いいですね。うちのカメラマンの岡安いつ美は、好きな音楽とずっと関わりたくてカメラマンになったそうなのですが、中村さんにとって写真は面白い人に出会うためのツールなんですね。

中村

そうですね。僕は音楽とか具体的なものじゃなくて、自分が出会ったことがない人に出会いたいっていう感覚で。面白い人に出会いたい。

「エウレーカ」があるたびに解像度が上がっていくのかもしれない

──

話は戻りますが、「大きな網目の網では掬えないものを掬って写真に撮りたい」という部分について、もう少しお聞きしたいです。世界を見る解像度を上げて他の人には見えていないものまで撮りたいということだと思うのですが、そう意識するようになったきっかけはあったりするんですか?

中村

そうですね……。すごくボーッとしてる子どもだったし、子どもの時にいまに繋がるエピソードはないですね。でも、思い出したのが、10年くらい前に「レイコップ」っていうカーペットの上とか布団を掃除する掃除機が流行ったじゃないですか。

──

ありましたね!たしか布団クリーナーですよね?

中村

それをやるのがすごく好きなんです、いまも。見た目にはゴミがあるかわからないけど、レイコップをかけたら布団からめっちゃゴミが出てくるのが楽しくて。「なんも見えてないところに、こんなんあったんや」ってワクワクします。これがもしかしたら「見えてないものを見たい」っていうのに関係あるのかなと考えたんですけど。

──

なるほど、関係ありそうですね。

中村

日常のそういう「なんかおりそう」「よく見たらなんかおった」みたいなものが好きなことが、写真を撮るときにも関係してそうだなって。

──

私も除湿機に水が溜まるのとか不思議で好きでした。どこにあったの?って。他の人には伝わらないかもしれないけど、自分だけの秘密の発見みたいでテンションが上がります(笑)。きっと、一見目立たない地味なクラスメートのマニアックさみたいな言葉にできないものは、写真でしか撮れないのかもしれないですね。

中村

上がりますよね(笑)。写真を撮る時はそういうものを見たい、っていう気持ちに近いかもしれないですね。

中村さんがフォトウォークで撮った写真
──

どうしたら見えないものを撮れるようになるんでしょうか。撮る時の技術面で気を付けていることとか、そもそもそういうものを見れるようにするためにしていることとかがあれば教えてほしいです。

中村

うーん、難しいですね。そんなにいつも撮れてないので(笑)。でも、想像とか妄想することは大事かも。あとは、積極的に受け身になることとか?

──

どういうことですか?

中村

スナップ写真を撮りに色々な所に行ったけど、これを撮りに行こう、という具体的な目標はいつもありませんでした。何処にいても、目の前に起きていることにしっかり受け身を取れるようにアンテナはビンビンにしていること……これ、技術面の話ですかね(笑)。

──

偶然を捉えるためには、受け身で待たないといけない……。他にはありますか?

中村

少し話は変わりますが(笑)、アシスタントの時に機材を倒したりして、よく怒られていたんです。僕はボーッとしてるし、どんくさいのでよく怒られるんだと何も考えずに落ち込んでいました。でも途中から、なんでこうなるのか考えるようになって、準備をして段取りをして、ということをやっと学んで(笑)、ちょっとは仕事ができるようになったんです。他の人にとっては感覚的にできることかもしれないけど、僕にとっては一つの発見で。起きていることの原因を注意深く分析するようになりました。

──

その分析が最初にお話しされていた自分なりのチャンネルで世界を見ることにも影響していそうですね。写真を撮る時も、分析しているんですか?

中村

さっき言ったように想像したりすることもあるけど、あまり何も考えていないことの方が多くて。考えるより反応してるって感じ。仕組みを疑うとか原因を分析することが、仕事以外でもできるようになってきて。人が死ぬって、心臓が止まって血液と酸素が循環しなくなることなんだな、とか。めちゃくちゃ当たり前のことなんやけど(笑)。そういう気付きがたまにあって、その度に自分の解像度が上がる気がします。

──

あ、「エウレーカ」って言葉知ってますか?何かを発見したり発明した時に使う言葉らしくて。もしかしたら、その状態なのかもしれないと思いました。

中村

へえ!それってそういう言葉だったんですね。

──

知識を知っているだけでは起こらなくて、頭の片隅で考えてたことが急に実感としてわかる、みたいなことだと思ってて。仕組みを分析して、さらに一枚剥がした構造自体が見えるようになることなのかな、と。そんな状態で世界を見たら、レンズを通して違う世界が覗けそうですね。

中村

それが直接写真に影響してるかわからないけど、「エウレーカ」が起こると写真もその都度レベルアップできてると思う。あと、写真の技術的な知識だけじゃなくて、さっきの心臓や呼吸の話とか、読んだ本とか漫画、映画、音楽、食事とか色んなことが、写真に繋がっていくと思います。知らんけど(笑)。

──

それと似たような話を編集部でもしたことがあって。人の知識は、興味のあるものだけ調べていても増えていかなくて、距離が遠いものもいくつか知っていくと、網目のようにどんどん知識が増えていくという話です。中村さんは写真だけじゃなくて、音楽だったり、人の構造だったり、いろんなところに興味の網を張り巡らせているから、他の人の網では掬えないものまで掬えるのかもしれないですね。

中村

どうなんですかね。またこんなに色々喋ってしまった(笑)。大したことないのに偉そうに(笑)。もっと写真撮らないとダメですね、こんなこと喋ってないで。でもこういうことに、自分が写真を続けさせてもらってるんだと思っています。

──

今回のインタビューも、いつかの中村さんの写真に活かされるといいんですが。ありがとうございました。

お気に入りの一枚

中村

2004年に初めて個展をした時のDMの写真です。5年くらい前に友達2人を撮ったら、この2人がおじさんになった様な写真で、時空を超えて繋がった気がしました。これからこの2人の様なおじいさんや子供の写真が撮れるような気がしてます。

一緒にフォトウォークをしながら中村さんが撮った写真

普段から日常的にスナップ写真を撮っている中村さんのフォトウォークは、ダンジョンを歩いて宝物を探すようだった。感覚を研ぎ澄ませて「こっちに行きましょう」と面白そうなものに出会えそうな道を見つけてはぐいぐいと進んでいく中村さん。同じ道を歩いているはずなのに、きっと中村さんの目には私の見ている何倍ものディティールで、隠し扉や隠し通路が見えていたのかもしれない。

あとがき

この連載を通じて10人の写真家に話を聞かせてもらってわかったのは、写真を撮る理由、シャッターを押す理由は様々だけど、写真を始めた理由はみんな「写真が面白そうだったから」「自分にもできそうだったから」といったものだった。私もライターを始めた理由はそうで、でもそこから極めていくことの難しさを痛感している。自分には向いていないから辞めようと思うことも何度もあったけど、それでも続けられたのは、その都度出会いがあるからだ。こんないい出会いがあるなら、面白いことが知れるなら、誰かが記事を読んで「いい」と言ってくれたから、続けていいのかもしれない、そう思ってやってきた。はじめるのにも続けるのにも、大義名分はいらない。まずはほんの少しの興味からはじめてみるといい。取材させてもらったフォトグラファーたちも、はじめはそうだったから。

 

最後に、この連載では「記録に留まらない、写真のあり方とはなにか」を彼らのキャリアを掘り下げながら模索してきたが、そのうえで思うのは、写真やカメラは何かのツールでしかないということだ。人とコミュニケーションを取るためのツール、日常のカケラを集めるためのツール、目の前の人を笑顔にするためのツール。彼らの経験や興味を反映するために写真が適当だったとも言えるし、写真があったから得た経験・興味・視点であるとも言える。写真は、誰でも撮れるし誰でも発信できるが、撮った先に何を見つめるのか、そして、どんな行動をするのかが大切なのだと彼らに教わった。この連載を読んで、人によってきっと違う写真というツールの可能性を探してみてくれたらいいなと思う。何のために写真を撮るのかを。

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溝口 日向
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デザインと写真を勉強中の大学生です。犬派です。

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